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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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【習作】烈火の華娘の花ひとひらの【序/2】

※本編には関係ないですが、璃音イメージソング 境界の彼方/茅原実里 歌詞→
コンセプトは「解けた呪いは血になる。融けた楔は涙になる。流れた血も涙も君の中で、きっと何より輝く璃(かけら)となるでしょう」
華音のときは黒翼として発現していた天良の武神ですが、璃音くんには白い翼へ変幻しています。


書きたいところ&書けるところだけ書いてみた習作です。
チャットでわちゃわちゃしたいなー、というところ等、割愛。がーちゃとの会話もなりチャでやりたい。そしてギャグに巻き込んでごめん、がーちゃ。

あ、最後の沙音の独白はヒロやんが左大臣家の縁の娘さんとお見合いすると聞いて、結果まではまだ知らないけど良い縁談だし、きっと纏まるんだろうなぁ、と彼女は思っている体で書いています。



「…――今春、ここに集ってくださった方々の中には、様々な想いを抱いた方ばかりかと思います」
 風の結界で拡張された自身の声を聞きながら、沙音は一度、言葉を切った。目線を上げて飛び込んでくるのは、場に漂う仄かな緊張感に顔を引き締めたまだうら若い十を出たばかりの少女たち。各々胸の前で拳を握っているその様は、
「お家の威光を失わんが為、または自身の力量を測りたい、上を目指して志を成し遂げたい、身銭の安定を案じて居られる方もいらっしゃるかもしれません」
 胸に降って来た懐かしさに目を細め、場の空気を和らげようと努めて微笑みを浮かべる。
「慣例、習わし、儀礼作法。既に習得されている方も、これから学ぼうとしていらっしゃる方も居られると思います。あなた方の身に付けられるそれは、後宮や各御所で必ず必要となるものでしょう。されど忘れないでください。私たちは儀礼や習わしを守るために組織されているのではありません。儀礼や習わし、そして日々の営みを作ってゆく為の人を守るためにここに集っています」
 腰を下ろしている少女たちは、複雑そうな難しい顔をしてひそひそと呟きを漏らし始めた。その言葉の端々を拾い上げ、沙音は締めの言葉を述べる為に息を吸う。
「今、その差異を考えた方は、その思考を大切にしてください。いつの日か、あなたの目の前に迷い事、憂い事が現れたとき、どうかここで聞いた言葉を思い出してください。そして、あなたが出来る、あなただけの決断を選ぶ。――私はそんな皆さまの未来を望みます」
 こくり、と誰かが唾を呑んだ。最前列で前のめりになって耳を傾けていた新米姫兵に、にこりと笑んで、沙音は改めて背筋を伸ばした。
「……それでは、これにて私、飛鷹二番隊特例後宮衛士官、天武沙音の講義を終わらせて頂きます。御清聴の程、ありがとうございました」
 そう締めくくった刹那、けして狭くはない講堂からは拍手の波が轟いた。


「いやー、お疲れさま沙音! 大好評だったよ、本当、ありがとうね!」
「悠姉様」
 控室を出て真っ先にかけられた、姉として慣れ親しんできた声に、沙音ははにかんでわずかに頬を染めた。振り向くと同時にぱん、と軽く両肩を叩かれる。その手に込められているのは親愛の情だ。
「いえ、こちらこそ。私なんかの話がお役に立てたかどうか……。やっぱり悠姉様のお話の方が、登用したばかりの姫兵方には良かったのではないですか?」
「いやぁ、あたしはいつも叱る立場だし、それに最近の子は目的意識? みたいなのが欠けている子も多いからね。沙音みたいな、まだ若い子の言うことだと逆に良く聞いたりする奴もいるんだよ。その点、沙音はしっかりしてるし、上から物を言う子じゃないし」
 うんうんと頷きながら、誇らしげに語る義姉に、沙音は少しだけ肩を竦めた。頼られるのは素直に嬉しい。褒められるのも勿論、嬉しいのだけれど、そんなに持ち上げられるとむず痒い羞恥心が先に顔を出す。
「本当、毎年、来て欲しいくらい。最近じゃあ、男の衛士の方でも公演してくれないか、って蒼牙や新が言ってたよ」
「ふぇっ!? え、あ、あの、そんな、いくら何でも畏れ多いです。私、そんなに偉くないですし、自分のことを喋っちゃってるだけだし……」
 赤面してぶんぶんと首を振る沙音に、黄竜軍の姫筆頭は何故か大きく溜め息を吐く。緩く首を振っていたかと思えば、やや困り顔で頭を撫でられた。
「美徳と言えば美徳なんだろうけど……何だろうなぁ。沙音のそういうところは、何だかホントに昔の華音姉を見てるみたいだよ」
「母様の……ですか?」
「うん、まあ。ともかく、沙音はもっと自分に自信を持っていいんだよ? 本当はもっと出世の打診も来てるのに、って華音姉や桜も心配してたし」
「あ、はい。ええと、まあ、そうなんですが……」
 誤魔化すように苦笑いを浮かべる。実際に沙音の立場はそれ程、高くはない。父を将軍とした天武飛鷹軍二番隊、天武の姫兵で結成された通称華隊の第三席。今は後宮内の姫兵との連携事業に組み込まれて、特例後宮衛士官の肩書を頂戴し、新兵訓練や主に女性の要人警護に助力している。
 真面目で品行方正、武芸や芸事にも通じ、(本人に自覚はないが)その存在には華がある。父譲りの焔にも、黄昏にも例えられる髪は美しく、母譲りの瞳は空とも海とも著され、見る者の目を潤しては慈愛深く細められる。あえておまけを言うのであれば、今上帝が重用する天武飛鷹軍の娘でもある。少女であった頃は侍女の兼任を勧められたし、今は典侍にならないか、との言葉を頂いたこともあった。
「何というか……。主上には申し訳ないのですけれど、後宮には――正確には神宮ですけど、璃音くんがいるし、私自身は今の仕事が楽しいし、遣り甲斐もありますので、当面はこのままが良いなぁ、と」
「ふぅん……うん、沙音が言うなら仕方ないけど」
 「勿体無いなぁ」と呟く悠に曖昧に笑う。実際、それ程、沙音には出世欲というものがあまりなかった。この辺りはかつて神童と呼ばれながら、周囲の期待を完全に裏切って国を出奔した双子の姉に似ているのだろうか。加えて、今の沙羅にはおよそ権力というものは絶対的に必要でないものに見えるのだ。それに姉が国外に出奔し、弟が神宮に入っている今、小姫である沙音の視点は別の場所にあるべきだと直感的に思っている。
 そのことを語ると、よく芸事や家事仕事を教授してくれた義姉は、何かを懐かしむように、「華音姉にそっくりだけど、やっぱり蓮兄の子なんだよなぁ」としみじみ言った。
「まあ、沙音の人生だし、何よりまだまだ沙音だって若いんだからね。でも、何か特別にやりたいことが出来たら、あたしにも遠慮なく相談しなよ」
「はい、ありがとうございます」
 ぺこり、と一礼して、この後の予定を考える。予定が伸びても構わないよう、半日空けてしまっていたから、仕事は詰まっていない。二番隊の姫兵の視察をするべきか、それとも神宮にいるはずの弟を訊ねてみるか、はたまたご無沙汰をしていた父の養家に久しぶりに顔を出すか。少しの間、悩んでいると、
「あ、居た居た! 沙音ちゃん!」
 これまた聞き馴染んだ声に名前を呼ばれて振り返ると、楚々とした所作を崩さずに、しかしこちらに駆けて来る姿があった。沙音はぱっと顔を輝かせて、彼女の名前を呼ぶ。
「繭姉様!」
 幼い頃からおままごとに付き合い、年頃になってからは沙音の化粧や着付けの先生であった歳の近い幼馴染だった。長髪を綺麗に結い上げてしゃらしゃらと簪を差し、女官の正装を着こなす彼女は、今も昔も沙音の理想の女性像だ。
 その彼女は沙音の許に駆け寄ると、安堵したように息を吐いた。沙音は一瞬だけ悠と顔を見合わせて、首を傾げた。
「どうした、繭。そんなに慌てて」
「今日、沙音ちゃんが姫兵詰所で講義してるって聞いたから、急いで来たの。良かった、まだ帰ってなくて」
「……? あの、私に何か御用でしょうか?」
「主上と斎宮がね。是非、この後、茶会を一緒にどうか、って。それと、大事なお話もあるみたいよ」
「大事なお話……?」
 艶やかな色香の中に茶目っ気を含ませて言った繭の言葉に、沙音はやっぱり、こてんと首を傾げたのだった。


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※ゆっきーや鈴たんから藤娘をやってみない?と言われたり、ヒロちゃんが左大臣家筋の娘さんとお見合いすると聞いたり、昔、父親に片想いしていた詩亜に話を聞いて吹っ切れた気持ちになったり云々。

 ↓の最中で思いついたりっくんの満面の笑顔についてのギャグ
「璃音くん、またやっちゃったの? 駄目よ、璃音くんの笑顔は不用意に振り撒いたら危険なんだから」
「何で姉さんたちの中で、俺は愛想悪くないと兵器みたいな扱いになってるんですか」
「私たちが子供の頃に取った統計だと、あなたを連れ歩くと青龍のおじ様や篠田先生からお菓子を貰える確率が増える。セルリアに耐性が無くて、猿が軽く流しただけだったのは少し意外だったわね」
「蒼牙兄様と橘兄様は一瞬、かちんって固まってたよねー。新兄様が一番、立ち直り早かった!」
「人が赤ん坊のときに何してるんですか、あんたら! 暇人か!」


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「…――以上の所以ありまして、将軍殿。貴殿の小姫殿も既に年頃。我が主の若様も甚く、望んでおられまして、是非にとも結納をお許し願えないものかと」
 良くもまあ、一言で簡潔出来る科白をここまで回りくどく、そしてゴマを擦り上げながら言えるものだ、と天武蓮は煙管の煙を吐き出した。柔和な笑顔を浮かべながら頭を垂れる遣いの男は、何を達成した気になっているのか、したり顔で両手をついている。
 恐らくは外堀を埋めた気でいるのだろう。冷泉帝の改革を経て、天武飛鷹が頭角を現してから、都は随分と自由な気風に包まれた。それ自体は良い風だと思っている。しかし、海神青龍という大家が本家を東国に遷してから、その自由な気風に便乗して明らかに調子づく輩が増えたな、とも考える。
 例えば、目前の男がその典型だ。
 沙羅人は場の空気を読む、と誰が言ったのか。目の前の男は、長話を途中から聞き流してこの後の予定をあれこれと組み直していた蓮の挙動には、ついに気がつかないままだった。
「不如帰、」
「――は」
 静かに間を置いて吐き出した蓮のそのたった一言に、男の笑顔が凍りついた。口は達者だが、その分ぼろが出るのも早いな、と半ば呆れながら再度、口を開く。
「が、少々小五月蝿い季節になりましたな」
「は……はは、そ、そうでありますな……」
 時期は春の暖を感じ始めて間もなく。不如帰が都に渡ってくるには、やや季節は早い。にも関わらず、男は引き攣った顔で、乾いた舌で、蓮の言葉を肯定した。そそくさと居住まいを正した男は、低く低く頭を垂れて今度は震える声を紡ぎ出す。
「と、とはいえ小姫殿のお気持ちもありましょう。また日を改めて、本日は失礼させて頂きます」
「おや。それは残念。檀(まゆみ)、客人がお帰りだそうだ」
「はい」
 一片の動揺も見せずに、控えていた女中が即座に荷と羽織を差し出す。天武が未だ天良と呼ばれていた時代から、この邸の者の教育は徹底されている。
 ようやく自身が入り込んではいけない巣に居ることを自覚したのか、足早に帰り支度を整える男の背に、釘を刺す。
「そうだ、御客人」
「な、何でしょうか?」
「後日、訪れるまでに是非、其方の主人に問いて置いてはくれませぬか?」
「な、何を、でしょうか?」
 すっかり萎縮した男の背に、しかし、慈悲などは感じない。女を、それも最愛の華室(はなむろ)との娘を泥沼へと誘おうとした男にくれてやる慈悲を持ち合せるほど、寛大ではない。
「“ご自分が不如帰に為らざるを得ぬ御気持は如何なものか”と」
 男はごくり、とあからさまに喉を上下させて、そのまま背を向けて座敷を後にした。去り際の一礼もないとは、忙しない。いや、胆力のない男だ。
「……茅(ちがや)、椋鳥(むく)」
『は』
 壁一枚を隔てて漸く届くか、という小声で名を二つ囁くと、背を向けた襖の向こうから男女の是の声が唱和する。
「追って叩け。埃の二つや三つ、出て来れば上出来だ」
『御意』
 そう独り言のように呟けば、すぐさま応の声が返ってくる。そして小気味良いほど鮮やかに、一瞬で二つの気配が消えた。
 煙管を咥え直し、やや膝を崩して、蓮は青竹の香が漂う煙を吐き出す。俄かに清涼を取り戻した座敷から、立ち上がるでもなく顔を上げると、障子の向こうへと声をかけた。
「待たせてすまんな。入れ」
「……今の、何?」
 答えて膝を揃えて入室して来たのは、かつての愛弟子である現・津鬼家当主の津鬼蒼牙である。歳を重ね、大斎院の正室を迎え、今や一家の父親となった男は、昔のあどけなさを貫禄と精悍さに塗り替えながらそこに在った。
 それでも舌足らずの時分から何かと面倒を見ていた身には、些か不快に曲がった唇が、拗ねているように見える。
 否、現に機嫌を損ねているのは確かなのだろう。蓮が赤子であった蒼牙の面倒を見ていたように、蒼牙は蓮と飛鷹の華室の間に生まれた三人の姉弟を我が子か兄弟のように可愛がっていた。どこの馬の骨と知れない輩が未だ祝儀の決まらない小姫を貰い受けたい、という話に良い顔はしまい。
「隣室で聞いていただろう。沙音も仕事に精を出すばかりだが、あれで年頃だ。最近、特に増えてな」
「それもだけど。不如帰がどうの、って。何?」
「ああ、あれか」
 詰まらなさげに片膝を付き、胡坐を掻く蓮はわずかに目を細める。
「言われてみれば、あの頃、お前はまだ七つか八つだったか。まぁ、それ程に昔の話だが、俺が青龍一番隊副隊長に任じられて初めて後宮に参内したときの話だ……何方とは言わないが、俺が名を申し上げた際、『まるで不如帰のように愛らしい囀りだ』とお褒め頂いたことがあってな」
 語ってやれば蒼牙は、大層難しい顔をして身震いした。勿論、褒め言葉というのは皮肉である。当時の蓮は幻狐衛士・浅葉総一郎の凶刃に父母ばかりか、幼い妹までを討たれて久しく、交流の深かった海神青龍の後ろ盾の許に命を繋いでいたようなものだ。
 不如帰という鳥は托卵、つまり他の鳥の巣に雛を生みつけ、寄生することで生を繋ぐ。
 その昔、それを口にした人間は蓮を揶揄したのだ。龍の巣に取り入らなければ地面に落ちるだけの不如帰の雛であると。
「その後に少々、問答があってな。今では後宮で暗黙となっているが、あの頃に重鎮であった人間に通ずる者なら誰もが存じて居られるだろうよ。だから、少々、訊ねてみたくなったのさ」
 “あの時に不如帰と罵った若造の巣に、卵を産ませてくれと頭を垂れるその気持ちは斯様なものか”。
 無論、何の下心もない無垢で一途な若者が相手であれば、意味を為さない世間話である。しかし、腹に抱える者からすれば不如帰という単語そのものが呪詛同然に響くだろう。天武飛鷹は今や沙羅の都において、知らぬ者はいない大武家の一員である。
 悪戯に鷹の巣を突き、謀ろうとしたあの男は数日と待たずに喉笛を食い破られることだろう。
「……本当、昔の蔑称や逆境をそこまで利用出来るのは蓮くらいのものだよ」
「何か可笑しいか?」
「いや」
 蒼牙は苦笑に留めて首を横に振った。
 その参内の場にいた何人が想像したことだろうか。飛び立つことはないと蔑まれ続けた雛鳥。その小童が今上帝の懐刀として飛鷹の冠を頂戴し、海神一門が中央政界から手を引いた後も迷い子のように彷徨う新たな都の地盤を整え、今や皇家はもちろん、五臣将や神宮からも意見を仰ぐ者が後を絶たないという現状を。
 都に吹いたあの旋風を想う度に、蒼牙は誇らしくなる。一門の垣根を越えて、師として仰いだ彼の目に狂いはなかったのだ、と。
「して、今日は何用だ?」
 蒼牙が師として選ばれた際に、儀礼的な師弟としての絆は切れた。それでも彼は程良い、適切な距離から蒼牙を見守ってくれていた師に変わりなく、義兄弟と呼ばれても何ら違和感は抱かない。
 すぅ、と息を吐いて蒼牙は頭痛の種を言葉に乗せる。
「龍浩が結納を結ばないんだけど」
 かりっ、と煙管の吸い口を噛んだ。
 眉間に皺を寄せること三秒。何とも呑み込み難い顔で灰を落とすこと五秒。長く煙を吐き出すこと七秒。
「諦めろ」
「せめて十秒くらいは考えてくれよ!」
 七秒で投げ出した蓮に、蒼牙は思わず声を荒げて抗議した。
 眉間を抑えながら煙管を離し、脇息に大柄な身体を預けつつ、蓮は緩く首を振る。
「ぶっちゃけると巻き込まれるのが嫌だ」
「ぶっちゃけ過ぎだろ! 確かに蓮からすればあんまりいい思い出ない話題なのかもしれないけどさぁ」
「何を言う。別の娘に懸想していると知られながら、戯れと他人への牽制の為に婚約者と結納しろと口走られ、その所為で神宮斎院衛士から行動を注視された挙句に、本命からは『お似合いの夫婦になれる』と打診された過去を思い出として語れる程度に寛大だぞ、俺は」
「滅茶苦茶くっきり根に持ってるじゃん……。龍浩のことなんだから、この際、義兄上のことは切り離して考えてよ」
「切り離せと言われてもな。どうせ『父上が母上と結納されたのは、二十五を過ぎてからのはずです』とでも言っているのだろう」
「う……」
 蓮は伊達に長い事、海神の巣に飼われていたわけではない。今は離れた吾妻の都で暮らしているだろう、幼馴染とかつて義兄と仰いだ(かつてであり、血縁でもないのだが年に何度か顔を合わせて、青龍殿と他人行儀に呼ぶと何故か拗ねられる)海神青龍将軍の嫡男の気質はよくよく知っている。
 良くも悪くも父親そっくりに産まれて来た嫡男は、確かにとうの昔に元服を過ぎ、父親に劣らぬ知勇兼備で名を馳せている身。懸想する娘は都にも吾妻にも多々いるだろう。それで決まった娘の名が聞こえて来ないというのは、どうにも過去の父親の影が見えてしまうのは致し方ない。
 半分は愚痴の心算で言って来たのだろう。蒼牙は大仰な溜め息を吐きながら腰を下ろし直した。
「本家の嫡男の結納が決まらない、っていうのは、それはそれで面倒なんだけど。どっちかっていうと次男の健彦の方が気の毒でさ」
「ああ、確か健彦の想い人は都の女史だったな」
「うん。龍浩の結納が決まれば、鏡の家に養子に行って結納することになってる」
「いつまでも遠距離というのは確かに可哀想な気もするが。だが、蒼牙。海神の男児は絆の導で結納の相手も選ぶのだろう」
 まだ年端もいかぬ頃、その導きで蓮を師として選んだのは蒼牙だった。その弟子がかつて語った弁に寄れば、将来の伴侶もまたその導に顕れるという。蒼牙はその指摘に頷きながらも、憂鬱に溜め息を吐く。
「それはそうだよ。でも、蓮だったら解るだろ。相手が見つからないのと、見つける気がないのとは別だ。義兄上も姉さんも、とんとのんびりして叱るわけでもないしさ」
「と、青玻様が胃を痛めていらっしゃったと」
「……変なところまで似なくて良かったのに、だって」
「俺が説法したところで何か変わるのか?」
「しないよりはマシかと思って相談してるんだよ」
 障子の向こうの膨らみ始めたこぶしの蕾に目を遣りながら、蓮は瞑目する。とんとん、と節くれ立った指が脇息を叩いた。
「藤娘の舞踊上覧にでも兄弟で誘えばどうだ。健彦も都の恋人に逢えるなら喜ぶだろう。あそこには嫁取りに血気盛んな若いのがごまんと集まるからな」
「……それに触発されてくれる、とは思えないんだけど」
「まあ、やらぬより良いだろう。仲睦まじい弟夫婦を見れば、何かしが思うことがあるやもしれんしな」
「それはまぁ……」
 言葉を濁しながらも蒼牙が沈思し始めたところで、渡り廊下の向こうから忙しない足音が響いて来た。しかし、蓮も蒼牙も動じない。門からこの座敷まで、誰にも咎められずに駆けて来られる人間は限られている。そしてこの軽やかな足音は既に耳に馴染み深い。
「父様、父様!」
 一息の間もなく、障子が開き、顔を紅潮させながら座敷に飛び込んできた小柄な少女に蓮は眉を顰めた。
「沙音」
「え? ……あ、ごめんなさい。来客中に」
「来客って言っても俺だし、気にしないよ。元気そうで良かった。また少し大人っぽくなったな、沙音」
「えへへ、ありがとうございます……いらっしゃいませ、蒼牙兄様」
 頬を薔薇色に染めながら、兄と慕ってくる小姫に微笑まれ、蒼牙もつられて少しだけ頬を緩ませる。世辞なく、年頃を迎えた双子姉妹の片割れは、愛らしさはそのままに随分、綺麗になったものだ。姉と猫の鳴き真似をしながら、背に引っ付いて来た頃が懐かしまれるくらいには。
 蒼牙がふと昔に想いを馳せていると、沙音は不意に畏まって父へ一礼した。
「父様、あの、主上と斎宮から正式にお誘いを頂きました」
「そうか。それで、どうするんだ?」
「はい。お受けしようと思います!」
 母親譲りの真っ直ぐな気質で明るく頷く。首を傾げる蒼牙の傍らで、親子はさらに会話を交わす。
「なら、軽く荷を纏めて置け。仕事もひと月は空けても良いように調整を忘れるな。例年通りなら夏初月の始めには宇治の離宮で禊の儀となるだろうからな」
「はい!」
「は?」
「では、失礼致しました! あ、蒼牙兄様、今、お茶を淹れますからゆっくりしていってくださいな」
 訪れたときと同じ忙しなさで、沙音はぱたぱたと廊下を駆けていった。その背を見送りながら、蒼牙は首を傾げながらも蓮に問う。
「宇治の離宮で禊って……何の為に?」
「藤娘の舞踊上覧の為だろう」
「いつの?」
「今年の」
「誰が?」
「沙音が」
 律儀に丁寧に答えてくれる将軍に、蒼牙は表情を引き攣らせる。
「……俺、聞いてないんだけど」
「だろうな。俺も今朝、雪路と小雪に意見を訊ねられて、俺の意見ではなく、当人の意志を仰いでくれと言ったばかりだからな」
 かちゃり、と蒼牙が帯刀していた鞘が鳴った。数拍の沈黙。蒼牙は踵を返すと、廊下の向こうに消えた少女の背中を追った。
「ちょっと待って、沙音! ちょっと!」
 特に止めることなく、やけに慌て出す弟子の背中を見送った蓮は、思い出したように煙管を咥え直した。一服、ゆっくりと煙を吐き出す。
「本家の嫡男も、此方の小姫も、と。あれも苦労性だな」


 軽く荷を纏めて置け、との言葉を受けて。沙音は単衣や履物、小物の整理に手を出していた。芸事や化粧、礼儀作法は幼少から雅野で学んで来たが、常は武芸を生業としてきた沙音である。主上や斎宮はああ言ってくれたが、見目麗しい藤娘たちと衛士官である自分とでは見劣りしやしないか。せめて、五人の姫の中で浮いてしまうことくらいは避けたい。そう考えると、やはり九条の姫主(詩亜のこと)や繭に新しい反物や小物選びに付き合って貰うべきだろうか。
 うんうん唸りながら考えて、開いた戸棚の隅に、ひっそりと、大事に仕舞われていた箱に気がついた。はっとして何とはなしに手に取る。ずっと同じ舘で同じ部屋で同じ桐箪笥を使っていた姉と部屋を分けたい、と初めて想ったのはこれをどこかに隠して置きたいと思ってからのことだった。
 漆の小箱を開ければ、そこには宝石でも、輝石でもない、ただ綺麗なだけの石が緋色の飾り紐を通されて鎮座している。
 小さな頃の淡い思い出を後生、大事に仕舞っている自分は重いだろうか。初恋は叶わないものであり、沙音のそれも例外に漏れず、相手は遠い国で立派になり、相応しい女性と結ばれようとしているのに。そう思うと、どんどん自分がうじうじとみっともない女に思えてくる。
 それでもこの欠片さえあれば、この欠片が母胎に宿ったときから一緒だった姉さえ知ることのない、沙音だけが知る欠片であるのなら、小さく芽生えた心だって殺せると思ったのだ。
「……捨てちゃうことは、ないよね」
 九条の姫主は言っていた。想いは捨てるものではない。優しい思い出に変えるものだと。だからこれは、沙音の思い出の一つにしてしまえばいい。
 いつか、この石護りの送り主の吉報を聞いたら、そっと返しに行こう。そしてそんなこともあったな、とあの子――否、もうあの人か――が懐かしんでくれたならそれでいい。それで、沙音の中のこれは思い出となっておしまいだ。
 少し考えてから小箱を元の場所へと戻す。門出の旅に連れて行ってはいけないものだ。準備を続けようと他の場所に目を向けたとき、
「沙姫様」
「楪(ゆずりは)? なぁに?」
「津鬼家の蒼牙様が、沙姫様と話したいと……楓の間にお通ししております」
「蒼牙兄様が? 今、行きます」
 てっきり父と仕事の話かと思っていたのだが、違ったのだろうか。台盤所で茶を淹れて、邪魔にならぬよう、自室に下がってきたのだが、何かあったのだろうか。首を傾げながら障子の向こうの世話役に応えると、沙音はそっと戸棚を閉めた。

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しゃのちゃカワユス(*´∀`*)

悠と繭の描写が細かくて嬉しい限りです。だが繭の腹の中はまっくrげほごほがはっ
沙音ちゃんの淡い想いにきゅんときました。
あざますーっ(*´∀`*)

家族揃って何か変人ばっかりなので、とても全うに可愛く育ちましたw まゆまゆはそれが魅力なんだお!(`・ω・´)
母親が鈍感朴念仁な分、娘たち(?)は普通に恋する乙女です。
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