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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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決断のentrance(クライマックス習作)

※沙羅編、クライマックス習作。後半が駆け足なので修正したい。一応、出演メンバーは、レアシス、カシス、蓮、華音。小春ちゃん家の沙羅メンバーから悠ちゃんと新くん。しかし、悠ちゃんと新くんの言動・行動に自信がないので突っ込んでやってください^^

蓮と華音が決闘しています。ちょこっと鬱注意。
 
この後に来るのが「きみのこえ」。
 
 目の前で金糸の束が煌めくように舞う。金の糸の向こう側、やや伏せた面に光るのは、見間違う筈のない碧く、碧く輝く双眸。だが、その澄んだ空色に光は無くて。ただ鮮烈で、空虚な眼差しがこちらを見据えて睨んでいる。
 憎悪すら灯らない、焦がれた筈の瞳に心臓が疼く間もなく、容赦のない銀の刃が、迷いなく蓮の心臓を目掛けて繰り出された。
 ぎぃん!
 重い手応えの一撃を、握り慣れた刀で受け止める。目の前の碧い瞳は、空虚な感情で、しかしどこが胡乱げに噛み合った刃を見た。
「華音……っ!」
「……」
 無駄と知りながら、凶器を振るう少女の名を呼んだ。2年振りに口にした名前に、しかし、無情にも彼女は眉一つ動かさない。
 きりっ――噛み締めた奥歯が小さな音を生む。刃を振り切った彼女は、そのまま掬い上げるように蓮の脇腹を狙った。唇を噛みながら跳び退り、肉を抉ろうとした刃を軽く弾く。弾かれた反動に乗って、彼女もまた間合いを取った。
 見慣れない、慣れる筈もない鮮やかな衣装を翻し、彼女は尚も正眼に刀を構える。そこにあるのは敵意ですらない。ただ、命じられるまま獲物を刈り取ろうとする、透明な殺意だけ。
 理解した刹那、心臓が千切れるような吐き気が蓮を襲う。情の灯らない彼女の瞳が、これ程冷たく、切ないものとは思わなかった。
 言葉を口に上らせる間もなく、彼女は石の床を蹴る。刺突に刃を構え、真っ直ぐに蓮を目掛けて踏み込んだ。刺突を避けるには退るか、軸をずらして逆に斬りかかるか。だが、少女のそれは安易に退って避けられる速度を超えている。蓮は反射的に身体を右にずらした。が、
「……っ!」
 ぎっ、と冷たい眼差しが定位置から彼を貫いた。本来ならば躊躇いなく振り上げられる刀の一撃が、ぴったりと彼女の肌に届く寸前に止まる。
 斬っ!
「――っ!」
「蓮兄ぃっ!」
 焼け付くような痛みが、脇腹を貫いた。胸当てで急所を逸れた少女の一撃は、しかし、蓮の脇腹を抉って鮮血を撒き散らす。苦痛に表情を歪めながら、蓮は腹を抉った刃に、突き立てるように自分の刀を振り下ろした。
 重い音を立てて刃が弾かれる。足のばねで退いた蓮は、刀を握る手とは逆の手で脇腹を抑えた。ぬるり、と生温かい感触が、手布越しに伝わる。少女の向ける刃の切っ先から、ぽたり、と赤い結晶が一滴、滑り落ちた。
 
 
「蓮にっ」
「抑えなさい」
 堪らず駆け出そうとした悠の手を止めたのは、冷静に差し出された黒袖の少年の腕だった。言葉柔らかく、しかし、細い見た目に似合わず力の籠った静止の手に、悠の足は止まらざるを得なかった。
 悠は自らを止めた少年の面を睨みつけた。だが、彼はただ平然とした顔で、一つ目の黒い瞳を交わされる刃に向ける。押さえつけられた腕に、悠は僅かに爪を立てた。
「どけよ……っ、こんなの、こんなの……っ」
「おい、落ち着け、悠」
「新……っ! だって、こんなの、こんなのって……!」
 噛んだ唇の上に、勝手に溢れていく滴が塩辛い。頬から落ちた温かい滴が、ぽたぽたと黒袖に斑紋を作った。
「こんなの、無いよ……っ! 何で、蓮兄ぃと華音姉が、何で2人が戦わなきゃなんないのさっ! 華音姉っ!」
「悠!」
 少年の制する黒袖に噛み付く勢いで身を乗り出す悠を、今度は背後にいた新が肩を掴んで止めた。彼女の肩越しに見える戦いでは、足を伝う鮮血を振り切りながら、蓮が“彼女”の刃に上段を叩き込むところだった。
 悠の肩を怒りと、切なさと、ぐちゃぐちゃに絡まり合った情が揺さぶった。
「やだ、こんなのやだよ……っ! 何も、何も覚えてないのかよ、華音姉……」
「悠……」
「蓮兄ぃのことも覚えてないなんて、そんなの、そんなの……っ!」
 新は唇を引き結んで、刀をぶつけ合う2人を見る。悠も、そして新も解っていた。伽羅に支配された施設と、彼女に埋め込まれた粗悪な精神を犯す石。澱み、瘴気、呻き。彼女は元々、そんなものを操るだけの不可思議な力があった。そして、それだけに、利用されたのだ。
 難なく彼女の中に融合した瘴気の石は、根深く彼女の根幹までを犯した。今の彼女には、声も、言葉も届かない。
 解っていた。
 いつも彼女の傍らにいた。いつも彼女の一番、近い場所にいた蓮の言葉さえ届かないのなら、自分たちの言葉も届く筈がないのだ、と。
 ぎぃんっ!
 鋭く、重たい音が空を揺さぶる。普通であったなら。もし、ここが良く晴れた御所や修練場の決闘場で、2人がしているのが殺し合いでなく、喧嘩であったなら。
 きっと何よりも武人としての心を昂ぶらせただろうに。
 少女の冷たく静謐過ぎる瞳と、悲しく響く切ない剣戟が伝えるのは、ただ望まない殺意と報われない懇願の痛みで。
 どちらが勝っても報われない。どちらが勝っても負の情が収まるわけでもない。
 不毛な戦い程、切ないものは無いのだと、悟る。
「蓮兄ぃ……。どうするつもりなんだよ……っ」
 悔しげに親指の爪を噛みながら、獲物にかけた手の力を抜けないまま、新は小さな声で吐き出した。
 
 
 “彼女”は鬱陶しげに小さく息を吐き出した。
 崩れない。一向に急所に刃が入らない。薄い傷はいくつも負わせているはず。脇腹、腕、足、様々な箇所に刻んだ掠り傷はじわじわと敵の血と温度を奪っていっているはずなのに。なのに、
 ――何故、倒れない?
 本来ならば、先程の脇腹を抉った時点で膝を突いていていいはずだ。肋骨の折れる音は確かに聞いた。けれども目の前の男は、膝を突くどころか、全身から鮮血を流しながら向かって来る。前座として置かれていた駒もいただろうから、これがここへ来て初めての戦というわけでもない。とうに体力も限界を超えているだろうに。
 ――それに……。
 彼女はこの局面に来てまで、自分が無傷であることが不思議で仕方がなかった。どうして。一本を取れる時機は幾らでもあったはず。いや、納得し難いことではあったら、力と急所を突く速さは明らかに敵の方が上をいっている。だが、彼は何度刃を振りかざしても、こちらの肌に届くより先にその動きを止める。
 そしてさらにおかしいことに、彼はこちらの先手を読んだように、一番適した迎撃態勢を取る。手傷は負わせられても、急所に届かない。歯痒い。口惜しい。苛立つ。
 ――……馬鹿にされているのか?
 僅かな憤りが、彼女の中に生まれた。それはこの伽羅の施設で目覚めて、初めて湧いた衝動だ。彼女は名前も知らない感情に、刀を握る力を強くした。肺の空気を空にして、何度目か、石の床を蹴る。
 敵は正眼、逆刃に刀を構えていた。逆刃。刺突か。こちらがしたことをそのまま返すつもりなのか。あまりに芸がない。もういい。
 ――なら、この一撃で……っ!
 彼女は柄に絡めた指に力を籠めた。本気で立つ気がないのなら、早々に消してしまうまでだ。正眼、逆刃。刺突されるより先に、刀の背の方に回り込んで、血の集まる鳩尾を狙えばいい。
 駆け出して、避けられる方角を読み、刃を持ち上げて、
 ――え?
 刃を振り翳す1秒前、彼女は愕然とした。動かない。動こうとしない。1㎜たりとも。長身の、目の前の、敵の大男は。
 代わりに男が繰り出した刺突は、彼女の頬の脇を傷つけることなく通り過ぎた。同時に吹き上がった風に、髪が弄られて視界が狭くなる。しかし、その狭くなった視界の中でも、はっきりと見えた。狙った通りの、砕けた鎧の狭間から、自分の繰り出した銀の刃が吸い込まれるように突き刺さっていく。
 ずん……っ!
 肉の裂ける音がした。重いものを斬る感触が、掌に響いてきた。突き刺さった刀の切っ先が、男の鎧の向こう側までを貫いた。
 赤く。
 赤く、赤く、赤く。
 傷口から噴き出した鮮血が、刃を、服を、そして掌を温かく、熱く、濡らす。けれど、その温かさとは反するように、時間までを巻き込んで、空間が、凍る。
「っ……ぁ、が……っ!?」
「……!」
 男の唇から一筋、血が流れたと思えば、詰まった咳と共に血粉が吐き出された。びたり、びちゃり、と白い石床を濡らす命。突き刺さった刀から、噴き出して、溢れて止まらない。刀越しに伝わってくる、不規則に乱れた鼓動。
「蓮兄ぃっ!!」
 彼の肩越しに見える見知らぬ少女が、悲痛な叫びを上げる。追撃をかければ、そのまま息の根を止められるだろう。あと一撃、あと一撃を、叩き込めば。だが、
 ――何故、避けなかった……?
 体が動かない。動かせない。どうして避けなかった。この男の速度ならば、十分、急所を外せたはずだ。なら、何故、避けようとすらしなかった。何故、外した。何故、斬らなかった。何故、
「……?」
 頭の中を支配しかけた逡巡が止まる。
 はらり、と目の前が真っ白いもの遮られた。払おうと手を伸ばすより先に、それは力なくはらはらと華音の身体を滑り落ちて出来たばかりの小さな血溜まりの中へ沈んでいった。
「……」
 それは白い布きれだった。不思議な煌めきが縫い込まれた白いリボンに、造り物の桃の花が誂えてある。華美ではなく、程々に綺麗で、上品で。だがそれは、血溜まりに舞い落ちた瞬間に、穢れた赤黒い斑紋に染まって役目を終えた。はらり、はらり、と支えを失った彼女の金の髪が、頬に落ちて来る。
 ――……ああ、私のか。
 漠然と、そう思った。男が繰り出した刀の切っ先が、留めていた紐を千切ったのだろう。ただそれだけの。ただ、それ、だけの。
「……」
 それだけの、こと、だったのか。どうしたのか。体が動かない。赤く、赤く染まっていく真っ白なただの布きれから、目が離せない。
「ぐっ……」
「っ!」
 腹の傷が内臓を抉ったのか、男は夥しい量の鮮血を吐き出した。反射的に身を引く彼女の肩を、しかし、刀を手放した男の手が砕けそうな程の力で掴む。男が投げ出した刀が、血だらけの石の床に落ちて、乾いた音を響かせた。
 男の手を払おうとして、それすら出来なかった。
 完全に硬直した彼女の肩を抱きながら、血粉に塗れた唾を飲み下して、か細く、息を吐き出した。その吐息が声を形作る。
 微か過ぎて、消え入りそうだった。だが、確かに耳に届く。
 
“かのん”と。
 
「――っ」
 どしゃり、と男の身体が崩れ落ちた。少女に縋るようにして崩れ落ちた男の返り血が、少女の服を重たく濡らす。頬に飛び散る鉄錆の滴を拭うことすら出来ず、男に突き刺さったままの刀を滑り落として、彼女は立ち尽くしていた。
「蓮……兄ぃ……?」
 膝を突いて倒れ伏した男を呆然とした目で眺めながら、目の前の少女が呟く。信じられない物をみる瞳で。男の名前を呟く。名前。この男、何という名前だったっけ。あれ?
「うそ……だろ、蓮兄ぃ……っ」
 少女の肩ががたがたと震え出す。後ろから彼女を抑えていた少年もまた、真っ青な顔でこちらを見つめていた。
 沙羅の衣装を纏った少女の小さな唇が、もう一度、か細く『蓮兄ぃ』と告げる。れん。ああ、そうか。この男の名前だった。そう、この男の……?
 ――……?
 見下ろした先に男の紅色の髪が血に沈む。その合間に見え隠れする、赤に染まった白い髪飾り。浮いては沈み、浮いては沈み、もう元の色なんてわからない。そんな些末なものなのに、視線が、逸らせない。戻せない。どうして、外せない。
 琴線に触れる言葉を飲み込むよりも先に、少女の表情が変わった。大きな両目から流れ出した涙をそのままに、瞳に、怒りが、擦り切れる慟哭が、宿って苛烈する。
「華音姉ぇえええっ!」
 男が口にしたものと同じ名前を、少女が口にする。ぐちゃぐちゃになった顔のまま。擦り切れた叫び声のまま。
「何で、どうしてっ!! そんなの華音姉じゃねぇ! どうして、蓮兄ぃのことまで覚えてないんだよ!!」
「……」
「一番、いちばん大事なひとだったじゃないかっ! あんだけ、大事にして、大事にされてたじゃねぇか! 華音姉の馬鹿っ!! 思い出して、思い出せよぉおおっ!!」
 ――う……っ!
 
『そんなのいいって。髪切っちゃえば、済む話じゃない』
 
「いっぱいいっぱい、一緒だったじゃんか! 華音姉ぇっ!!」
 頭が痛い。痛い。体が、全身が、心臓が、痛い。頭に響く。痛い痛い痛い。
 
『駄目だって、勿体無いって。こんな長い髪切ったら罰が当たるってば。ねぇ、蓮?』
『罰って何よ、罰って……』
『ほら、あんたもボサっと突っ立ってないで。何かないの、何か!』
『何か、ってな……。そもそも入隊の隊服を合わせるだけなのに、騒ぎ立てて身の回りのものまで揃えると言い出したのはお前たちだろう』
 
「……あ」
 濡れている。血溜まりに、落ちている。白い、白い、真っ白だった、あの、布きれは、あのリボンは。
 
『ほら、鏡の方向く!』
『もう、何で瑠那が主導権握ってるのよ!?』
『……頭を振るな。変に結ばれることになるぞ』
 
「……あ、あぁ、……あ……」
 目の前に落ちる金の糸。長い長い糸。それを梳いていたのは、いつも、同じ指。結わえていたのは、同じ飾り。
 
『……痛いか?』
『ううん、平気』
『うしっ! さすが、デリカシーはないけどセンスは一丁前よねぇ』
『……殴るぞ』
『ほれ、どーだ。お姫様』
 
 
 
 ――そう言って幼馴染が差し出した鏡には、流すだけだった髪が、綺麗に整えられていて。真新しい白いリボンの髪留めがひらひらふわふわと揺れていて。とても隊士が付けているものと思えなくて。でも、後ろに佇んでいた彼が頭を撫でながら、似合っていると言った気がして。だから。だから。だから。その日から。他の人にその髪飾りを触れられるのが何となく嫌で。でも同じ結い方をして刀を振っていると、いつでも背中は守られていると信じられて。いつのまにか、胸を張れるようになって。そして、そして、それは、それが、今は。
 
 
 
「聞こえないのかよ、華音姉ぇぇぇっ!」
「……悠、待て!」
 叫び続けていた悠を押し留めて、新は佇むだけの彼女を凝視した。悠はその手に気が付いて、頬を拭えないまま声を止める。
虚空を眺める彼女の瞳が、ゆっくりと、足元に落ちた。
そこには、濡れた白いリボンが転がっている。赤黒い血液に、彼の血に汚れた彼女の証が、誇りが、くしゃくしゃになって、打ち捨てられて。
「あ、ぅ、あ……」
 空虚な少女の瞳に、たぷん、と斑紋が広がった。全身の血が逆流を始める。身体に組み込まれたプログラムと、人としてのプログラムが、力と感情とが逆流して激しく彼女の中で激流となってぶつかり合った。
 感知出来ない感情が広がっていく。何、覚えていない。何もわからない。あれは何。あれはどこの記憶。どこの風景。ないはずの記憶。なかったはずのもの。知らない。知らない知らないしらないしらない、ない、ないないないないナイナイナイナイ、わすれた、わすれた、わからない、わからない、わからない、わからないわからないわからないわからないワカラナイワカラナイワカラナイ……!!
「あ、あ、あ、あ・………ぁ、ああああああああアアアアアアァァァアっ!!」
 劈くような叫びを上げて、華音は光の灯った瞳孔を広げて狂ったように頭を抑えつけた。その瞬間に、ずしんっ、と重い音が天井に響く。一部の羽目板が粉々に砕け散る。高い天井から躍り降りた影は、綺麗な弧を描いて着地すると、両手に構えた銃口を狂ったように叫ぶ華音へと向けた。
「瑠那姉っ!?」
「我望む、来たれりは道化を縛る生命の鎖、縛れナバールチェイル!」
 悠の声には答えずに、瑠那は叫び様、召喚した何本もの光の鎖で狂乱に陥った彼女の全身を絡め取った。混乱の末に暴走を始めかけた彼女の背後に、天井からもう一つの影が飛び降りて、拘束された彼女首筋に容赦のない手刀を撃ち込んだ。
「――っあ……」
 例え、妙な手術をされていても人間の体であることに代わりはない。崩れ落ちる少女の身体。しかし、降り立った影は彼女から引き剥すように、血溜まりに沈んだ蓮の大柄な体を引っ張り上げた。
「カシス!?」
「ギリギリ間に合ったか……」
 銃を構えたまま、瑠那は微かな安堵の息を吐き出した。そのまま倒れ込んだ幼馴染の少女の身体に駆け寄る。
「華音姉! 蓮兄ぃ!」
 レアシスの拘束を振り切って、悠が物見台の上から飛び出した。新も彼女の後を追う。一拍遅れて、ようやくレアシスもその背中を追った。
 錫杖を構えたカシスが、舌打ちをして異国語の長い言葉を唱え出す。淡く薄緑色の幻光を纏った錫杖が、力なく倒れ伏した蓮の傷口に当てられた。
「ちっ……馬鹿じゃねぇか。もろ急所に喰らいやがって」
「深さは?」
「ああ、ちとやべぇな。動かさずに応急処置出来れば、何とか」
 血を失って白く目を閉じる蓮に駆け寄った悠は、その冷たさに表情を歪めた。彼の傍らに膝を突いて、術を唱え始めた異国の医者に問い正したくなったが、悠も医者の娘。それが何より、治療の邪魔になることを知っていた。
「どれ程かかる?」
「……こいつの馬鹿みたいな体力が無くなればアウト。血が足りねぇ」
「……マジかよ」
「でも、そんなに時間は待っちゃくれないわよ」
 昏倒した少女を抱え上げた瑠那が、苦い表情で近寄ってくる。悠は、『どうして』と尋ねようと口を開いた。その刹那、
 
 どぉんっ!!
 
「っ!」
「悠っ!!」
 唐突に、耳を劈くような轟音がその場を揺るがした。地震のように揺れる石造りの施設。どこかで岩が砕けるような音が響いて、断続的に地面が震える。
「ちっ……始まったわね」
「始まった……?」
「元々、ここは伽羅と奴ら教団が作った末端施設。バレれば保身の為にいくらでも切り捨てる」
「研究道具を奪われて、尚且つ、機能破壊しちまった以上、残しておく必要なんかないわな」
「じ、じゃあ……」
 悠の表情は見る間に青くなる。新は平静を保ちながらも、汗を一筋、頬に流した。
「新! 外に九重たちがいる! この馬鹿と悠を連れて、さっさとここを出なさい!」
「お、おおっ」
「そっちの御大、道中護衛頼んだわよ!」
「はいはい、了解致しました」
 瑠那は言い放つと抱え上げていた華音の身体を、新に向かって投げ放った。その乱雑さに冷や汗を掻きながら、何とかその身体を受け止める。受け止めた身体は、驚く程、悔しい程、軽かった。新は唇を噛んで、片手に彼女の身体を抱えながら悠の手首を握る。
「行くぞ!」
「ちょ、待てよ、蓮兄ぃは……っ!」
「まだ動かせねぇ。血が足りな過ぎる。限界ギリギリまでここで粘るしかねぇな」
「ま、待てよ! そしたらあんたは……っ」
「雇われ医者はな。給料分はきっちり仕事するもんだ。駄賃分はしっかりと仕事するもんなんだよ」
「で、でも……っ!」
 渋った悠に瑠那は息を吸う。噛み締めた奥歯を鳴らして、一気に声を張り上げた。
「いいから行きなさい! こんだけ必死扱いて来たんだから、その娘、連れて帰らないと意味がなくなるのよ!! あんた、また”華音姉さん”を殺したいの!?」
「!」
「こっちの馬鹿は私が何とかする……っ! だから、そっちは頼んだわ」
「……っ!」
 やるせない涙を溜めたまま、悠は言葉を詰まらせた。痺れたように体が動かない。一際、強くなる揺れに、新がまた彼女の腕を引いた。
「早く行くぞ! そうしねぇと……」
「……」
「悠さん」
 沈黙を保っていた漆黒の異国の皇太子が口を開いた。彼は蓮の傍らでひたすら呪を紡ぎ続ける部下を見た。ちらりと、一瞬だけ視線を混じ合わせると、小さく頷いて見せる。
「今だけで結構です。お気持ちは解りますが、蓮のことはあれを信用してください」
「殿下……。瑠那姉……っ」
「早く行きなさい!」
 再び、瑠那の激昂が彼女を貫いた。唇を噛み締めながら、彼女はだんっ、と石の床を蹴ると、逆に新の手を引き摺りながら踵を返す。
「お、おい、悠……っ」
「絶対、絶対だからな! 瑠那姉も、蓮兄ぃも、ちゃんと……ちゃんと帰って来ないと許さないからなぁっ!!」
 振り返られないまま、彼女は瑠那のものと殆ど変らない程の大声を上げた。張り上げた声の余韻が、崩れ落ちる瓦礫の音に紛れて、切なく聞こえなくなる。レアシスはちらりと背後を振り返った後、悠と新が消えた物見台の向こうの小さな洞穴へと身を躍らせた。
 そしてその洞穴の穴――最深奥への出入り口は、彼らが通り抜けたと同時に、天井から降り注いだ岩が、無情にも塞いでくれた。
 
 
「あらら……結構、余裕ないわね」
「逃げられるうちに逃げて構わねぇんだぜ」
 白髪の医者は、錫杖を握る手を休めないまま、形の良い顎で挑発するように天井の穴を差した。通気口から魔道術を駆使して岩肌を削り、繋いだだけの簡単な潜入口だ。塞がるのは時間の問題だろう。
 瑠那はその挑発的な表情を目にして、口元を歪める。
「馬鹿を言わないでくれる? 私はあんたを信用してないの」
 そう吐き出して、自らも幼馴染の身体の横に座り込み、治療術を紡ぎ始めた。彼が唱えるそれよりは、かなり微々たるもの。だが、気休め程度にはなる筈だ。
「あんたがちゃんとこいつを連れ帰って来るのかどうか、分からないまま逃げるわけにいかないでしょ」
 カシスは彼女の不遜とも言える態度に、むしろ唇を吊り上げて笑った。どこかで岩が破壊される音が、耳に響いてくる。小石は絶えず頭上から降り注ぐ。それでも紡ぐことを止めなかった。流れ出す血液が止まるまで。白く冷たくなった彼の身体が、再び熱を取り戻すまで。
 2年も待ったのだ。
 せっかく、取り戻せるチャンスが掌に舞い戻って来た。
 逃して、たまるものか。楽に、死なせてやってたまるものか。
 人の気持ちも知らないで、勝手をやりまくった責任を、あんたたち2人はまだ何一つ取ってない。
 このまま楽になるなんて、許さない。
 また、どこかで洞窟が壊れる音が、一つ、響き渡った。



※沙羅編/Ren×Kanonイメージソング「決断のentrance」
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おはようございますです。

いま起きてチャトログを見直してから、鷹の羽を開いたら新作が…///
わくわくしながら読ませていただきました。
悠と新を使っていただきありがとうございます^^
激昂する悠を意外に冷静な新が宥める構図が二人らしくて嬉しかったです。

悠は素直にならないメンツ(桜、蒼牙、新)が多い代わりに、怒ったり、泣いたりと素直に感情を隠さない子です。対して新は切羽詰まった状況になればなるほど、感情が冷める子なので、爆発する悠の抑止力にはぴったり。ふりまわされてるけど(笑)ドエムなので計算済み←

れーくんかっこいいです。
そして瑠那ちんも、かっけえ。姐さん素敵です。
必ず帰ってきてください。みんな、一緒に。
良かった^^

あらたんは何か、感情的な動作とか昂ぶりは冷めていくんだけど、”悲しい”とか”悔しい”とか、けして感じないわけではなくて。でも吠えられない自分が役割としてはいいけど、あんまり好きになれなくて、みたいなイメージで書いてます。激昂とかはしないけど唇噛んだり、くらいのことはしてそう。
しかし、ドwエwムwww

殿下、あんまりお仕事してないけどね! 働け!(笑)
瑠那視点はエイロネイア寄りなので、鷹羽では書かないと思いますが、どこかで書けたらな、と思います。
れーくんはいるだけでいいのです!

加筆修正版「きみのこえ」読みました。
セルがイケメンだわ、蓮くんの無茶する姿に果てしないほどの愛を感じとり「どうしてこのまま手を出s…くっつかなかったのか…!」ともゆみたく机をすぱあんしたくなるわ、セルがイケメンだわで、色々な意味で泣きたくなりました。

新に対して香月さんが深く考察してくださってとても嬉しいです( ´艸`)
新は自分のポジションをよく理解してその通りに動きます。けれど決してそんな自分が好きではないんです。
私は新の明るさって、底の知れない暗い感情を裏に持ってるからこそでてくるものなんだろうなと考えています。だから本当は彼、闇側の人間です。(厨2臭いwww
悠に本気で勝負を仕掛けないのも、大部分はその性格のせいです。仕掛けないまま、だけど確かに悠の気持ちを攫って、勝手にバイバイして記憶喪失で帰ってくるような野郎です。(支部にあげた『君の記憶のかけら』参照)
髪形も性格も描きにくいったらしゃーない子なのです(笑)
いるだけwww

落ち着くんだ、もゆもゆ(笑)。蓮の恋愛イメージは1/3の純情な感情だから。1/3も伝わってないんだから(笑)。

そしてらーちゃに怒られるのか…とかするっと思ってしまった。ごめん、あらたん。あらたんはちょっと深く書いてみたいキャラクターであります。髪の毛描きづらそうだけど、好きだよ、愛してるよ、あらたん!
なんて嬉しいお言葉を…///

新は、若干練り込み過ぎて一時放置プレイしていたのですが、最近は「どうすっべか」と本腰いれてる状態なので、なんだか嬉しいです。

らーちゃに怒られるwwwwありそうで怖いww
普段怒らない子が怒ると怖いですよねwww
髪の毛描きづらいのは私の描き方が安定してないせいだとおもいます。ちゃんと描こう。面倒くさがらずに。
新と橘と悠のお話もどこかで紹介できたらな、と思います^^
長いので割愛(笑)
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