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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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【さんじゅういち、

 星が瞬くこんな夜に忘れてた事をひとつ

 言いかけてどくん、と跳ねる鼓動

 闇の中一瞬触れた手 キミは気がついてる?

 これってきっと そういう事なのかな


                           星の瞬くこんな夜に/supercell
 
 

 


 
「あー……」

 夕刻。顔を洗おうとしたら、鏡が目に飛び込んできて、そこに映るモノへ無意識に声が漏れた。最初こそ、綺麗だな、でもその綺麗なものが自分にくっついてると思うと気持ち悪いな、零音辺りが見たらこれでもかとこき下ろすんだろうな、と止めどない想いが駆け巡ったが今はそれだけ。人間とは慣れるものだ。

 人並みには見られると信じたい顔と特徴的でもない鳶色の左目。なのに、右目だけが相も変わらず水晶のような菫色に輝いていた。染めやすいように脱色した髪は少し傷み始めている。

 がしがしと適当なシャンプーで髪を掻き撫ぜると、ざりざりと砂が皮膚に擦れた。ちょっと痛い。まったく以て、仕事の最中に砂に突っ込む羽目になるなどとは思わなかった。恐るべし、自由人。恐るべし、紫鳳院のお嬢様。まさか鳥取の砂丘まで飛んでいるとは。

 結局、同僚の先輩方と4人で置いて帰って来てしまったが、問題はないだろう。むしろそんな構図になったら、俺は邪魔者以外の何でもない。報告書は提出して置きますので、ではさようならだ。

 一通りを洗い流して風呂場を後にする。ぼんやり露天に浸かっていても良かったけれど、何となく気分ではなかった。東鬼家使用人専用の通路を使って自室に向かうと、数人の雇用人とすれ違って頭を下げられる。軽く会釈を返しながら、慣れて来てしまったなぁ、とあまりよろしくない傾向に気がついてしまう。

 6畳、畳敷きの小部屋に着いて、適当にラジオの音声を入れて、冷蔵庫から緑のリーフがモチーフのミネラルウォーターを引っ張り出す。テレビがないのは持ち歩けないものを買わない癖のようなものだ。

 ノイズ混じりの雑音に耳を傾けながら、きんきんに冷えた水分を身体に流し込む。

「結局、10年以上も居座ってるのか」

 ラジオが吐き出した今日の日付を指折り数えて驚いた。ついつい、年月を数えることを忘れてしまっていた脳が緩慢ながらも動き出す。ごろり、と寝そべると質のいい畳敷きの床が背中によく馴染んでいた。

「……潮時、だよな」

 零した溜め息は驚くほど白々しく空っぽだった。何だかんだ、奇異も畏怖も向けられないかつての故郷は、俺にはとても居心地のいい場所だったらしい。それどころか、ほのかな愛情さえ注がれるのだから、無理もない――というのは、言い訳かもしれない。

 愛情と希望、期待。1000年間、うず高い壁を造り上げて切り離してきたはずのものが、胸の中で心地良く熱を持っている。その心地良さに甘えるように、10年。

 潮時だと、知ってはいるのだ。答えのない恐怖から逃げ続けるのであれば。

 それでも思い出ばかりを後生大事に抱え続けて、ずるずるとこの場所を離れられない俺を見たら、お前はやっぱり笑うんだろうか。

『……続いて今夜の天気予報をお伝えします。ふたご座流星群の観測が、本日深夜から未明にかけて観測のピークを迎えます。お出かけの際は十分な防寒具を……』

「流星群」

 耳を打ったその単語に、不意に目頭が熱くなる。独りでいた頃は戒められていたはずなのに、どうしても冬の夜空には弱くなる。

 ――決めた。

 出よう。どこかであの日と同じ空を見て、最後にしよう。見出した希望の糧も、今はこの大和にはいないのだ。だったら、どこに居ても同じ。

 どうせまたいつか、旅立たなければならないのなら、さみしさに離れられなくなる前に。

「シリウスくん、ごめんなさい。いる?」

 わずかに戸惑うような声が聞こえて、起き上がろうとしていた俺はひたりと止まった。軽く身なりを整えて、髪に手櫛を通してから細く襖を開ける。行灯の明かりに艶やかな黒髪美人が、困ったような、しかしどこか嬉しげな表情で立っていた。

「どうしました、あきら奥様?」

「ごめんなさいね。あら、どこか出掛ける予定だった?」

「いえ、ちょっと散歩程度と思っていただけですので……で、どうしたんですか?」

「それがね、夜分なんだけどお客さまなの。お疲れのところ悪いのだけど、荷物運ぶの手伝ってもらえるかしら?」

「はあ……」

 生返事をして思わず時計を確認した。深夜というわけではないが、少なくとも常識的な来客の時刻からは外れている。合法から裏稼業まで。生業の多い東鬼家ではあるが、こんな時間に正面玄関からのお客など珍しい。

 肯定の返事をして、上着をもう一枚羽織る。襖を開いて縁側まで下りると、冬の空っ風が首筋をひやりと撫でていった。天上を見上げれば、真っ先に目に入るもっとも明るい一番星。自分と同じ名前をした、希望と讃えられる星。

 “彼女”は何を思って俺にあの名前を与えたのだろうか。

 庭を横切って玄関に出ると、門戸の向こう側に停まったワゴン車に人が集まっていた。夜分だというのに、結構な人数の出迎えではしゃいだ声が届いてくる。

 そんな上客なのか、と踏み出した足が止まった。

 ワゴンのチャイルドシートから、たった今、とんっ、と軽く降り立った小さな子供。女の子。

 ほのかな月明かりに照らされた限りなく透明に近い白銀の糸。厚手のジャケットから伸びた小さな手は、透き通りそうな白。小さな肩よりも少し伸びた髪の一房を、愛らしいバレッタで留めている。

 懐かしい香りが、風に乗って鼻先を掠めた、気がした。

 ――まさか。

 騒がしいはずの他人の声が、まったく耳に入って来なかった。

 浮かんだ期待を振り切ろうとした矢先、子供はあっさりこちらを振り向いた。生命の雫の色をそのまま映し出した真っ赤な両眼が彷徨うことなく俺を見て留まる。息を呑んだ。背中を駆け抜けた、その寒気は恐怖、だった。

 つんとした小さな唇から、何もないかのように紡がれる「はじめまして」が、「だぁれ?」が、ただ怖かった。そんなこと、当たり前のことのはずなのに。

 その、はずだったのに。

 目の前の子供は、小さな唇をにいっ、と三日月の形に吊り上げてみせた。そして、こう言った。

「間抜け面。ちったぁ、男前になってるかと思ったのに、アンタまんま変わってないじゃない」

 そう、言って、お伽話の魔女のように不敵にきひひ、と笑ったのだ。膝丈ほどもない、ほんの小さな子供にはひどくアンバランスな、けれど記憶に焼きついた“彼女”とまるで同じ笑い方。

 期待などするなと戒めた理性と、ただ“彼女”を求めてやまない純粋な心とがせめぎ合う。均衡を保って抑え続けているはずなのに、何故だろう。頬を伝う水滴が、やけに熱いのは。

 誰かに名前を呼ばれた気がしたけれど、まったく聞こえて来なかった。現実から切り離してしまったように、まだ名前も知らない子供しか見えなかった。その挙動から目が、耳が離れなかった。

 子供は一瞬だけ驚いた顔をしてから、これまた似つかわしくない大人びた笑みを浮かべた。年下の、どうしようもない、平凡な少年に向けるような、仕方ないヤツ、そんなことを今にも言いそうな笑顔で、小さなとても小さな手をこちらに差し伸べて。そして。

「おいで、シリウス」

 その瞬間に瓦解したものは何だったのだろうか。涙腺か、理性か、感情そのものだったかもしれない。溢れ返ったものは我武者羅に手を、足を支配して、気が付いたときには、俺は小さな子供の身体にしがみついて、それこそ子供のようにしゃくりあげて泣いていた。枯れ切ったと思っていたのに、子供の細い肩口を濡らし切っても涙は止まらなかった。

「よく頑張りました」

 耳元を擽るように子供は言う。

 きっと、たったそれだけの一言が、俺はずっと欲しかったのだ。

 嬉し涙と言い切っていいのか、それとも他の何かだったのかはよくわからない。ただ、その時に俺の中で頑なに張り詰めていた、あるいは戒めていたものがすべて敗れ去ってしまったことだけは確かだと思う。

 くく、と忍び笑いがした。いっぱいに伸ばされたしなやかな指が、俺の傷んだ無色の髪を一撫でする。すると頑丈に絡んだ糸が解けていくように、するすると俺の髪は元の栗色と艶やかさを取り戻す。

 ああ、そういうことか。

 本当は、戻そうと思えばいつでも戻れたのだ。彼女が愛した“シリウス・シュテルン・ヴァージア”に。それを心で拒んでいたのは、他でもない俺自身だった。

「シリウス」

 間違うことなき彼女のトーンで紡がれたその名前は、すとんと胸の中に落ちて、かちりと収まった。きゃらきゃらとまた笑った彼女が言う。

「――ねえ、流れ星が見たいな」

 振りかざした指先、綺麗な尾を引いた、それはまるで魔法のようで、

 

 

 ほしのまたたくこんなよるに、またであう】

 

 

「――“アルテミス”はここで死んだ。私は“彼”を愛し、愛されるために、生まれ替わりに往く」

                                                                      とある咎人のゲーム盤上にて。

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