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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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武神の姫の恨み唄【弐】

清廉な幼い蓮(はす)が胸に刻むには、それはあまりに苛烈で禁忌だったのだ。

※注:れんかの? いいえ、コント回ですが何か。
 コントなので現実世界の単語をギャグに使用しています。
 いつも言ってる気がしてきたけど本当にまどやんマジごめんなさい。

 っていうかピュアじゃないとさくさく書けるね! 不思議!



 義弟の様子がおかしい。
 忙しい隊士の仕事の合間を縫って、顔を出した生家の修練場で龍彦は――特に親しい者以外にはいつもと変わりないようにしか見えないのだが――密かに眉を顰めていた。
 目線の先では焔のような、夕陽のような髪を汗で貼り付かせた少年が、2つほど年上の訓練生相手に木刀を振るっていた。自身より明らかに大柄な訓練生との間合いを、鮮やかな俊足で詰める。ほんの半秒、反応が遅れた相手の竹刀が弾かれて宙を舞う。真剣を振るう重さで振り上げた木刀の切っ先が、逸らされた訓練生の喉元でぴたり、と止まった。
「そこまで!」
 模擬仕合の審判の声が、夏の青空へ響き渡る。ほう、と周囲から感嘆の息が漏れて、龍彦はなかなかに複雑な気分になった。
 元々、ここは年若い青龍海神の血族に連なる若衆や、家人に才を飼われて入門を許可された子どもの為の道場である。先程、一本を取った少年――武鎧鷹爪の嫡男である武鎧蓮は海神青龍の血族ではなく、かといって正式な入門生というわけでもない。が、才覚は同い年の少年たちより頭一つは抜きん出ていて、だからこそ年上の訓練生との手合せが宛がわれていた。
 かくいう龍彦もその彼には幼い頃から弟のように目をかけていて、だからこそ彼の道場への出入りも許されているわけなのだが。生家の訓練生が年下の義弟にやり込められるというのは、義弟を誉めてやれば良いのか、あの訓練生を扱き倒せば良いのか、そういった意味での複雑さである。
 まあ、そんなことはさて置き、だ。
 何気なく、最近、頓に伸び代を見せている義弟を観察していたら、何とはなしに違和感を覚えたのだ。
 端的に言えば、どこかぼんやりとしている。
 慢心して気が抜けている、という風ならば叱ってやらねばと思うのだが、どうもそういうわけではない。現に模擬仕合の間はいつもの通りに冴え渡っていて、審判の合図を聞き、礼をして相手が壇上を下りるまで一部の隙も見せなかった。
 だが、手拭いを取って額の汗を拭ってふと空を仰ぎ。
 ああ、またか、と思う。
 一瞬ではあるが雲の動きを追って、浅い溜め息を吐く。その瞬間にはいつもの歳の割に引き締まった表情に戻るので、彼の周りに集まる同年の訓練生たちは気がついていないようだった。
 そう、そうだ。溜め息が多いのである。幼い頃から、それこそ赤ん坊の頃から我慢強い性格で気遣い屋であった義弟は、日々の何気ない生活にすら気を抜かない、実に堅物な生き物であった。
 人の話はきっちり最後まで聞くし、単純な頭の良さだけでなく機転も利く。鍛錬、精進については、彼の腕がそっくりそのまま語るところだ。それがどうしたわけか。絵に描いたような模範生であった義弟が何となく、おかしいのだ。
 例えば、先程のように模擬仕合が終わって一息吐いたとき。漢文や兵法書を読み終えて休憩を挟んだとき。たまの泊りで龍彦自身が刀や書物について教えを教授して、そろそろ眠ろうと行灯の火を落としたとき。何とも憂鬱な、それでいてどこかふわふわとした溜め息をひとつ漏らすのだ。
 別にそれで人の話を聞いていなかったということはないし、授業や試験をさぼっているわけではないし、成績が落ちているわけでもなければ鍛錬を怠っているわけでもない。たるんでいるわけではないのだが、どうもいつもの彼らしくない。
 ――何か悩みでもあるのだろうか。
 龍彦は頭を捻ってみる。負けん気が強い義弟ではあるが、人に教えを請う大切さも熟知しているので、鍛錬の仕方や学習書物であれば龍彦に相談してくるだろう。ならば家庭はと思うが、篠田の医療院で耳にする限り、身体の弱い彼の母親の状態も最近は安定していると聞く。友人関係にしてみても、修学院に通い出してからは同年の友人に囲まれて毎日、忙しなく適度に遊びに興じており、『義兄上、義兄上』と袖を掴んできた頃が懐かしく思えるほどなので深刻な悩みを生んでいるようには思えない。
 あと、あの年頃の少年が抱え込むような悩みといえば、何だろうか。考え込もうとして、ふと、天啓のようにもう一つの可能性に気がついた。
「……そうか」
 何故、その問題に最初に行き着かなかったのだろう。それもこれも堅物で真面目過ぎる彼の性格が故だ。
 龍彦は近くの氷水の桶に沈んでいた冷し飴の瓶を取ると、腰掛けで他の仕合を眺めていた彼の傍へ寄った。
「蓮」
「……あ、義兄上。いらしてたんですか」
 ほら、それがまずおかしいのだ。平素から聡い蓮が修練場に現れた龍彦に気がつかないはずがない。しかし、あえてそれには触れずに冷し飴の瓶を差し向けると、蓮は一礼して――いつもなら表情のひとつ、輝かせるものなのだが今はそれもない――受け取った。
 こくりこくり、と喉を潤す彼の隣に腰を下ろす。
「先程は見事だったな。最近は見てやれていなかったが、鍛錬は欠かしていないようで何よりだ」
「あ、はい。有難う御座います。砂領の道場も好きですけど、やっぱりこっちは緊張感というか……勿論、良い意味でですけど雰囲気が違いますね。勉強になります」
「修学院はどうだ? 随分、友人も増えたようだが」
「楽しいですよ。書物だけでは分からないこともありますし。友人は……まあ、あんまり作法とか行儀とかはなってない奴もいますけど、みんな気のいい、いいヤツです」
「そうか。今度、是非、紹介してくれ」
「はい!」
「ところで蓮」
 饒舌になってきたところで本題に踏み切ろうと、龍彦は義弟の様子を窺う。特に構えているわけでもなく、ちょうど冷し飴の最後の一口を飲み干そうとしていたところだった。
「――気になる女子(おなご)の一人でも出来たか?」
 ぶっ。
 控えめに噴き出された冷し飴が、乾いた地面に滴を落とした。気管に入ったのか、口元を抑えてけほけほと咽ている。あまりに顕著過ぎる反応に、訊いた龍彦の方が驚いた。
 この義弟は――傍目にも堅物過ぎる世話役の所為もあるのかもしれないが――どちらかというと色恋には鈍感な方である。自分に向けられた女子の好意を懇意にしている義兄への思慕だとあさってに勘違いしたり、贈られた恋文を今は鍛錬と学業が楽しいからという理由で素気無く断っていたりと、そちらの方面には無頓着で淡泊な印象を持っていた。
 だのに、ここまで分かり易い反応を示してしまうとは、一体、何があったというのか。
 本人も不意打ちとはいえ、あまりな反応をしてしまった自覚があるのか、口元を抑えながらそそくさと木刀を手に立ち上がろうとする。その肩を、龍彦は背後からがっしりと掴んだ。
「今日はあきらが芸妓の稽古に出ていてな。迎えに行かねばならんのだが、それまで少々、暇がある」
「……」
「邑雨の蜜豆を久しく食っておらんでな。しかし、一人でというのもつまらない」
「……」
「そういうわけだ。付き合え」
 うぐ、と唸った蓮はしばらく視線を前後左右に彷徨わせた。だが、しっかり喰い込んだ肩の手からは逃れられないと悟ったのだろう。観念したように、また憂鬱な溜め息を吐いて、小さくこくりと頷いたのだった。


「シャンパン」
「ンジャメナ」
「な……ナポレオン!」
「ンギロ川」
「わ……ワイン」
「ンゴマ」
「ま、マンハッタン!」
「ントウェウェ・パン」
「んか。ん……ん、ん、んんんんって、出るわけねぇだろっ!?」
「はい、また篠田先輩の負けー。おばちゃーんっ、こっち、みたらし団子の皿おかわりお願いねーっ!」
「くそおおおおおっ! 持ってけドロボーっ!」
 ぱしんっ、とやけっぱち半分で緋毛氈の上に叩きつけられた小銭を拾い集めて、瑠那は満面の笑みで団子屋の奥に呼びかける。何度か通い詰めてすっかり馴染みになった初老の女店主は、苦笑を浮かべながらも彼女の注文の品を仕上げるべく奥へと入っていった。
 店先でわいわいと騒ぐのは迷惑、というのは一般論だが、ここの店主は彼女とその連れが何皿となくお代わりを注文してくれる上客だということを知っている。その注文の九割は風変わりな赤い衣を纏った、わずか七つの小さな身体に収まっているのだが。
 同年の少年少女と比べても小さな彼女とは対照的に、すらりと伸びた長身を縮こまらせている篠田円は慣れない手つきで、しかし大分手垢で汚れてきた辞書を捲っている。
「大体、何だよ“ん”有り外国語しりとりって……。俺、“ん”出されたら終わりじゃん」
「分かってるのに性懲りなく“ん”で攻めてくる篠田先輩が悪いんじゃん。しかも何、シャンパンとかワインとかナポレオンとかマンハッタンとか。自分の興味と下心丸出しの単語から覚えてます、って全力で伝わってくるんですけど」
「だって格好良いだろ、ナポレオン!」
「あっさり冬将軍に負けたけどね。わお、焼き団子! ありがと、おばちゃん!」
 軽口を叩いている間に運ばれてきた甘い一皿に、瑠那は毒気を引っ込めて手を合わせた。小さい身体のどこにそんな量が入るのか、通算十皿目が彼女の傍らに積み上げられた皿の塔に加わった。
 串に通された香ばしい団子をもちもちと味わいながら、瑠那はこそりとぶつぶつ辞書をめくる円を窺う。わざと辛辣な物言いをしたが、彼が雅野に瑠那を尋ねてくる度、着実に語彙力は上がっているようだ。しりとりは最初のうちよりも大分長引くようになった。
 元々、物覚えが悪いというわけでもなく、どちらかといえば身体で覚える方が得意、というだけで篠田円は別に馬鹿ではない。というのがここ一年ばかりの瑠那の評価である。端的に言えば、あれだ。『やれば人並み以上に出来るのに反抗心が先に出る』タイプ。
 就職先が決まるまで隊士になるか医者になるかで随分と父親と揉めていた、というから、おそらく彼にとって“机に齧りついて熱心に勉強”というスタイルは、何となく文官や医者という職業を彷彿とさせて嫌だったのだろう。しかし、勝負事には喜び勇んでのっかる性格だから、時折、こんな言葉遊びを持ちかけていたわけだが。
 ――ふむ。そろそろ別のゲームを考えてもいいかも。
 最初に“ん”がついていいしりとりをしよう、と持ち出したときの円の「なんじゃそりゃ」という顔は記憶に新しいが、始めてみればこれが結構、続いてしまうと理解出来たようだ。身と財布の中身に沁みて。
 辞書とにらめっこを続ける青年は、この子どもの気紛れな言葉遊びで知らず知らず同盟国の公用語と、広くカルテに使われてきた言語とを自然に覚えさせられていることを知らない。たらふく団子をたかるその裏で、瑠那が彼の父親からこっそりと“おこづかい”という袖の下を貰っていることも知らない。
 次世代を担う若者の言語習得に協力しつつ、自らの学習にかける費用収入を増やす。うん、いいことしかしていない。実に気持ちの良い商売である。
 最後の団子を頬張り終えると、ふと通りがかりにくすくすと微笑む舞妓と目が合った。皇族周辺の少納言たちが浮かべる嘲笑――家を出て一年経った今でもあの笑いは思い出しては鼻につく――ではなく、何とも微笑ましいものを見たという柔らかな笑いだ。巡り巡ったが随分、居心地の良い場所に辿り着いたとつくづく思う。
 顔馴染みであった舞妓はしずしずとなよらかな所作で瑠那に近づくと、袖を口元に当てて声をかけてきた。
「『野風』んとこの仔猫はんやないの。また篠田の若様と遊んでもろてるん? うらやましなぁ」
「何言うてはるんですか。若様ももう立派な隊士そやし、ほんのこづかいどす。姐はんらの線香減らしたりしまへんよ」
「相変わらず、気ぃ遣いよるんやねぇ。そや、食いもんの運びの旦那がいつもよりちょい遅うなるゆうとったわ。『野風』はんにも伝えたってや」
「そうなん? わかったわ。気ぃつけなあかんね」
「ほな、うちはこれで」
 楚々と手を振って去って行く舞妓を見送る。夏場に食材の配達が遅れるというのは困ったものだが、さて、どうしたもんかなと考え始めて、隣の青年が辞書から顔を上げていたことに気がついた。
「何?」
「……いや、何つーか……。順応早いつーか、すげぇ馴染んだね、瑠那ちゃん……」
「はぁ?」
 串を皿に放り投げて、仏頂面を作る。
「一年も腰落ち着けてりゃあ、そりゃあ住んでる場所にくらい馴れるわよ。今さらそんなこと心配してたの?」
「だって、そりゃあ瑠那ちゃんは賢いと思ってたけどさ。でも、七つの子どもだろ」
「ちゃんと駄々捏ねずに働いて、自分で生計立てて生きてますけど?」
「う“……それ言っちゃう? そういうことじゃなくて、別に西の訛りまで覚えて頑張ることないんじゃねーの?」
 積み上がった皿を女店主が断りを入れて持ち去っていく。その背中を見送りながら、瑠那は左右に首を振った。
 雅野とは芸を売る花街である。瑠那が以前、寝床にしていた場末の花街とは違い、色や花を売る街ではない。名家の女子が芸事を習いに来る街でもあるので、客層も治安も雲泥の差があった。しかしながら、通う旦那方が何を求めて高い花代を払い、雅野へと通うのかといえば、それは夢のような雅やかな酔いであると瑠那は考えている。
 旦那方が座敷に足を踏み入れて、店から一歩お帰りになるまでが一時の安らぎと情緒溢れる心地良い酔い。
 生家にいる間はでくのぼう同然に何も学ばず、生きる術のほとんどを場末の花街で吸収した瑠那は、自分の喋る言葉遣いがお世辞にも綺麗とは言い難いと知っていた。生きる為に外つ国の言葉までも習得し、スラングまで飛び出す口であるが、接客する際はしっかりと弁えている。夢も、酔いも、たとえ下働きである瑠那であっても覚ましてはならないのだ。
 だからこそ瑠那は、早々に旦那方を労わる姐たちの言葉を吸収した。自分の口汚さが遷っては申し訳ないので、禿たちの勉強を見るときさえ彼女らと同じ言葉を喋る。
 身元引受人となってくれた八重乃天神は「そこまでせんでもええよ」と言ってくれたが、染みついた商売根性が妥協を許さなかった。身を置く『野風』の中でも元の言葉遣いで話すのは、雅野に来たばかりの瑠那を知る八重乃か、禿の兆くらいである。
 その根性と度胸を買われて、今では女将や雅野を牛耳る太夫にも存在を覚えてもらえるまでになったのだから、けして無駄なことではなかったと思っている。
「同じ方言てのは、一緒に仕事するに当たって仲間意識を向上させる一手でもあるのよ。そりゃあ、同じ言葉を喋ったからって私が西南人の一人になるわけじゃあないんだけど、連帯感とか、職場意気の維持とか、そういう方面では割と大事なの」
「……何となく、言ってる意味は分かるけどさ。そうじゃなくて」
「じゃあ、何よ」
 尚も不満げな顔で言い募る円に痺れを切らして問いかける。すると、円は辞書を閉じながら割と真剣な表情を作った。
「それって元の瑠那ちゃんはどこに行っちゃうんだ?」
 瑠那はきょとん、としてその顔を見返した。
 特に考えたことなどなかった。もしくはいつもそんなことを考えるより大きな問題が、瑠那の前には常に横たわっていたから。
 大体にして“元の”とは、一体、どこの時点の瑠那を指すのだろうか。瑠那の記憶はどれだけ遡ろうとしても三つでその時を止めてしまっているし、それから生家を飛び出すまでの三年間だって瑠那を腹からひり出した女のヒステリックな金切り声とやたら華美な直垂の爺が吐く嫌な匂いの煙で掻き消されてしまっている。つまるところ、元となった“鐡登羅瑠那”がどんな表情をした人間だったのか、なんて瑠那にだってわからないし、好き好んで思い出を語る大人だっていないだろう。
 じゃあ、特にわからないままで別にいいのではないか。というのが瑠那の解答である。
 そう言うと、何故か円は自分自身が傷ついたような顔して瑠那を見る。このお節介な先輩は、ときどきこんな視線を瑠那に寄越してくるのだが、正直居た堪れない気分になるのでやめて欲しい。
 居心地の悪さに知らん振りを続けていると、やがて円も諦めたのか、瑠那から視線を外した。はぁ、と大仰な溜め息が聞こえて、
「――あれ?」
 突然、怪訝な声を上げた円に首を傾げた。
「今度は何よ?」
「いや、あそこの子なんだけど」
 そう言って円の指差す先を辿って――人を指差しちゃいけません、と茶化したい気持ちはぐっと抑えて――目線を向ける。小さい仔犬と、瑠那よりも小さな女の子がみつめ合っていた。にらめっこの如く。
 首輪もなく、痩せて脇腹の骨が浮いてしまっている仔犬は、おそらく捨て犬だろう。対峙してしゃがみ込んでいる女の子は、炎天下にも関わらず厚い布を被り、上物の襦袢と白衣に緋袴という風体なのでどこかの禿のようには見えない。
 芸事を習いに来たどこぞのお嬢様というところだろう。良家のお姫様というものにあまり良い思い出がない瑠那は眉間に皺を寄せる。いや、何も無差別に良家の令嬢を嫌っているわけではないのだが、実際、顔を会わせたくない相手も多いので条件反射というやつである。
 しかしながら、あまり見ない顔だなと思いながら円へ視線を戻す。
「え、何。篠田先輩の幼女愛好嗜好センサーにひっかかったの?」
「何そのセンサー!? っていうか幼女愛好嗜好って何!? 瑠那ちゃん、最近、確実にあいつに感化され始めてるよね!?」
「失敬な! あんな無愛想が遷るわけないじゃない! 私はただ聞いてて面白そうだな、って部分を確実に記憶しているだけよ!」
「覚えなくていいから、そういうの! ああもうっ、そうじゃなくて! あの子、さっきからずっとあそこにいるんだけど迷子か何かかなと俺は心配になったわけで」
「で、ついでにナンパしようと」
「ちがぁぁぁう! この暑いのにずっとあんなとこで、暑苦しい布被って熱中症になったりしたら可哀想だろ!?」
 ――うーむ、あの無愛想ぶりは感化されたくないけど、ついこの人を弄りたくなる心理は分かるかも。
 逐一、オーバーなリアクションを返してくれる円にそんなことを考える。まあ、彼の相棒とも言うべき無愛想な方の先輩が円を邪険に扱うには、また違う理由が存在するのだが、そんなことはさておいて。
 さすが医者の息子というべきか。特に意識していたわけでもないから、瑠那にはいつから彼女があそこに居座り続けていたか、はっきりとは覚えていない。だが、円の口振りからすると、結構前からあのにらめっこを続けているのではないだろうか。
 名家の令嬢が外出に布を被るという行為は別段、珍しくないが、確かに彼女の被っているそれは他で見るものよりも分厚く、蒸し暑そうな空気を醸し出していた。布に隠れて表情が見えないので、困っているのか、ただ物珍しさで犬と睨み合っているのか、判断出来ない。
「んー……よし!」
 女の子を観察し続けることしばし。唐突に円が立ち上がった。
「何したん?」
「埒が明かねぇ! 話しかけてくる!」
「えー。やめときなって。心に傷を負って帰ってくるだけだから」
「瑠那ちゃん、俺のこと何だと思ってるの!? お兄さん、これで純白な心の持ち主だからね!?」
 ずかずかと形だけ怒りながら歩いて行く雄姿を見送って、瑠那はこっそりと追加のごま団子を店主へと注文して置いた。


 自分の足元に影が出来たことに気がついたのか、少女はずっと犬へ注いでいた視線を円へと向けた。
 ――うわ、こりゃまた随分、綺麗な子……。
 幼馴染である龍彦や、口の悪い瑠那などは容赦なく人を幼女愛好だとか、軽薄だとか、あることないことを言ってくるが、別に本当に円にそんな性癖があるわけではない。円でなくたって二つ並んだ青空を映す瞳を見た瞬間に、そう思わずにはいられないだろう。髪は完全に被った布に隠れていたが、すぐに目を引く瞳だけでなく、柔らかそうな頬といい、すっと筋の通った鼻梁といい、少女の造詣は実に繊細に整っていた。こちらを見たときからずっと無表情というのが些か気になるところだが。
 迷子、熱射病の懸念に誘拐が追加される。そこまで悪心がある奴は雅野にはいないだろうが、放ったらかしというわけにもいかない。
 さて、どうやって切り出そうか。実家の医療院で培った子ども相手の話術を駆使しようと口を開く。
「あのさ、お嬢ちゃん。こんなと」
「きえてください。あなたのことはきらいです」


「……で、どしたん?」
「……心に傷を負った」
「ほれみろ」
 運ばれてきたごま団子に舌鼓を打ちながら、結局、和日傘の下に戻って来た円を突き放す。何を言われたか知らないが、膝に手を置き、額を抑えつつ、背中に哀愁が漂っている。ちなみに女の子の方は顔色ひとつ変えた様子なく、まだ仔犬とのにらめっこを続けている。
 人が良いのは結構だが、何でもかんでも首を突っ込めばいいというものではない。
「男嫌いなんかな……?」
「さあ、知らないわよ。そんなこと」
「なあ、試しに瑠那ちゃん行ってみてくんない?」
「嫌よ。私がわざと余所のお嬢さんとは接触しないようにしてるの知ってるでしょ」
「だって、あんな小さな子……」
 おそらく放って置けないだろ、などと円が続けようとしたときだ。
「すんまへん、道譲ってくれ!」
 昼下がりの雅野にあるまじき騒々しい声が瑠那の鼓膜を貫いた。がらごろと音も喧しく、さして広くもない目の前の路を慌てた様子で空の人力車が駆けていく。時間に遅れたのか、寝坊でも仕出かしたのか、知らないが行動としては戴けない。一体、どこの新人だと呼び止めようとして、目の前で人力車の勢いにあてられた少女がぺたり、と尻餅をつく。
 目深に被っていた分厚い布が、するりと風に落ちた。
 ――げっ。
 夏の日差しを受けてきらきらと輝く、砂金を散りばめたような豪奢な髪。少しだけ吃驚した様子の瞳は珍しいほど淡く、深く透き通った碧眼。纏った沙羅服は随分と着こなれているようなので、まず、間違いなく外つ国の人間ではない。
 少女の目立ち過ぎる容貌に、周囲が俄かにざわめき出す。物珍しい容姿への好奇だけならまだいいが、そんな可愛いもの以外の視線だってある。
 団子の串を取り落して目を見張る瑠那の隣で、円も勿論、言葉を失くし――
「あっ!」
 ていなかった。
 あろうことか、彼は仰向けに尻餅をついた少女に駆け寄ってその隣にしゃがみ込んだのだ。
 ――おいおいおいおい!
「怪我してるじゃねぇか! 包帯取れかかって……あんにゃろ! 痛いだろ、手当し直さなきゃあな」
 ――いやいやいやいや、それはマズイって!
 医者になりたがらないくせに、すっかり医者の息子モードに入った円に焦る。瑠那はごま団子分の小銭を置くと立ち上がった。
「ちょっと、篠田先輩、それはまずいって!」
「? 何がまずいんだよ、女の子が怪我してるんだぞ!?」
 わざわざ小声で呼びかけたのに、さも当然と言い返してくる円に――怪我をした女の子を放置するという男も許し難いが――瑠那の口元が引き攣った。そうこうしているうちに、周囲のざわめきは騒がしさを増していく。咄嗟の事態に強い雅野の人間は、とうに平静に戻っているだろうから、騒いでいるのはもっぱら客の方なのだろう。だが、それが一番まずい。
 ――仕方ない。
 瑠那は大慌てで土に落ちた布を拾い上げて少女に被せると、不自然なまでの大声を張り上げる。
「あああああ、もうこんなところにいたんですか! 探しちゃったじゃないですか!!」
「へっ?」
「怪我してるっていうから、たまたまっ偶然っ店にいらっしゃった篠田の若様にも手伝って頂いて、みんなで探してたんですよ! さあ、稽古に戻りましょう!」
「ち、ちょっと瑠那ちゃ」
 遮ろうとした円を、ガンを飛ばす勢いで睨みつける。円はわずかに顔を引き攣らせて黙った。呑気に胸に飛び込んできた犬を撫でていた少女に肩を貸し、しゃがみ込んだ円に無理矢理背負わせると、ぐいぐいと背中を押す。
「ちょ、瑠那ちゃんどうし」
「しっ! ……説明は後でしてあげるから黙って。『野風』の近くに座敷のあるお茶屋さんがあるから、とりあえずそこで」
「よ、よくわからねーけど、そうしないとヤバイのか?」
「そーよ。わかったら早く!」
 急かして今度は腕を掴んで引っ張りながら歩く。まったくとんでもない拾い物もあったものだ。これだから気心の知れない名家の令嬢とは関わりたくないというのに。
 わずか数分の出来事に異常なまでの疲れを覚え、少女を見遣るが、彼女はやっぱり腕の中の仔犬とにらめっこを続けるばかりであった。

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まwwwどwwwやwwwんwww

円は12歳頃から彷徨と親父に隠れてカルミノ語を勉強しはじめる……と考えていたので、ドンピシャリでした。

龍彦……こいつ、楽しんでやがる……!
お迎えが今日に限って遅くてぷくうしてるあっきーを幻視しますた。
龍彦の思考が楽しかったのでがーちゃ初恋物語で蓮くんに「弟子の様子が(ry」をやらせて貰おうかなとwktkさせて頂きますた(笑)
突然ですが、明日午後から二泊三日でお家に帰ります!
ご都合がよければお相手してくださいな♪
まどやんマジごめんwww

そろそろmmg(まどやんマジごめん)の略語を定着させていいような気がしてきたwww
まどるなは書いてて「何やってんだ、この子ら」とつい突っ込みたくなるハイテンションになります。

たつやんの楽しみ方は……たぶん私の御子息に対する「何こいつ面白い」が表れた結果だと思いますw
あっきーも一緒にあんみつ食べにくればいいじゃない!(さらなるカオスふらぐ)
「弟子の様子がry」が一瞬スレタイのように見えた私は駄目だと思います。がーちゃごめんwww
まだコントのノリから頭が帰って来ていないようです。

おおう、了解しました!(`・ω・´)
気をつけて帰って来てくだしゃー。待ってますよー!^^
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