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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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人よりは悪魔に近く、悪魔よりは人に近く

 もしも、滅ぼしてしまいたい程、この世界のすべてを憎んでいられたら。

 そんなお伽話の魔王みたいな存在になれたなら。

 物語なんてとても簡単で、正義なんて一方的で、それだけで良かったのでしょう。



 ※焔雷というよりは炎環の裏小話のようなもの。伽羅の赤法師さんの扱いが非常にぞんざい。注意。


 人よりは悪魔に近く、悪魔よりは人に近く



「ネクロ・ウォーム、だねぇ」
 人形をした妖異の腸を裂いて、引き摺り出した白い物体を摘まみ上げて鐡登羅瑠那は表情を歪ませる。十を越えて間もない少女が血まみれの刃物を片手に、ぐったりした芋虫のような寄生虫を抑えつけるという光景は、何とも不釣り合いで不気味だった。後宮から無理矢理付いて来た退魔師などは、顔を蒼白にして今にも吐きそうになっている。
 これだから温室育ちのお坊ちゃまな退魔師は使えないのだ。奇異と畏怖、両方の視線を受けながら、赤い衣を羽織った少女は既に息のない妖異の腸や頭部を解体し、同じような奇妙な蟲を引き摺り出しては瓶に詰めていく。刃物ではなく注射器を握ったと思えば、妖異の血液を採取し、出所のわからない薬品と混ぜ合わせて一人、納得したような表情で頷いたり、首を傾げたり。要は、その場にいる誰もが理解の追いつかない行為を繰り返している。
 唯一、涼しい顔で瑠那の冒涜とも不気味とも取れる作業を見届けていられたのは、彼女をこの場に連れて来た海神龍彦本人くらいのものだった。ちなみに妖怪や神獣に親しみを感じている円はあえて立ち会わせていない。
 薄闇が包む森林の中。死屍累々と並べられた妖異の解剖を着々と進めて小一時間。瑠那は多色な体液に塗れた手袋を脱ぎ捨てて、米神に指を当て端的に言った。
「結論から言うと。一匹残らず灰になるまで燃やすのがオススメ。それも出来れば祭事で清められた焔がいいね。土葬は絶対ダメ。向こう百年単位で森がダメになる」
「そうか。それで、その“ねくろおおむ”とやらは、一体、何者だ?」
「無理矢理、沙羅の言葉に直せば絡繰り蟲ってところかな。伽羅風に言えば僵尸[キョンシー]、大陸風に言えばゾンビって奴」
「……つまり、こいつらは朱雀連山を襲った時点で、既に死んでいたということか?」
「うーん……まあ、断言は難しいねぇ」
 瓶やら注射器やら、気色が悪いとしか言いようがないものを風呂敷に包んだ少女は、子供が遠足に出向くような気軽さでそれらを背負う。背後に居並ぶ退魔師たちが一歩引くのをまるで気にせず、瑠那は雇い主の質問にどう答えたものか頭を巡らせた。
「まあ、近い言葉を使えば蟲を使った脳死って奴だよ。口から飲ませれば腸から、手術をすれば頭から、人やら妖異やらを食って体内で繁殖する。寄生虫って奴だね。神経系やら信号器官やらを浸食する。そうやって身体は死んでいくんだけど、脳みその基本部位までは食わないから中には死んだことにさえ気づかない奴もいたかもね」
「随分と回りくどい術式だな……。何の為にそんな面倒な物体を造る必要があるんだ?」
「それがたっくんが持ってた疑問の解答だよ。生殖行動も生活範囲もバラバラのはずの妖異が、何故、統率して朱雀連山を落とせるほどになったのか」
 動かない妖異の身体をぺちぺちと叩きながら、瑠那は指を立てる。
「神経系や信号器官を浸食する、って言ったでしょ? こいつらはそのままそういう部分を乗っ取るわけ。あとは離れた場所から、同じパルスの信号を送ってやれば、強力な術師がいなくとも忠実で頑丈な大兵団の出来上がり。脳みその基本部位までは食わないから、三大欲求――食欲、睡眠欲、性欲なんかはそのまんま。ただし、欲求を抑える抑制器官は破壊されてるから、エグイわけよね」
 氷の如く鋭利な視線が龍彦の瞳に宿る。背後の肝の細い連中からひぃっ、とか細い悲鳴が上がった。戯れに非道を口走ることはあっても、下劣な手口ははっきりと嫌う性分だ。この手の策のもっとも厭らしいところは、手口を看破出来ても憤りの矛先がなかなか見えないことである。つまるところ、どんなに怒りを覚えたところで斬り裁く相手は見つからないことが多いのだ。
 それ故の不満と義憤の表れである。雇い主の深い眉間の皺を数えながら、瑠那は先を追記しようかたっぷり二十秒は悩んだ。
「それと。この蟲を創ったヤツ、相当に用意周到で質が悪いよ」
「……まだ何かあるのか?」
「今、回収した蟲。みんな死んでたんだよね。多分、宿主が完全に死んだと同時に蟲も死ぬように細工されてたってこと。これ、どういう意味か分かる?」
「……まさか」
「そういうこと。大抵、病のワクチンやら解毒薬って生きてる抗体を採取してから分析、製造されるものなんだけど。その免疫抗体って、所詮はタンパク質だから死ぬと同時に無力化して分解されることが多いんだよ」
 派手に舌打ちをする龍彦と反比例して、周囲の目は困惑に包まれる。聡い雇い主ではなく、周りを取り囲む温室育ちへ絶望を叩きつけるために、瑠那は最後の説明を吐き出した。
「つまり、既に死んでるこいつらから予防薬やら対抗術やらを造るのは、ほぼ不可能ってこと」



 その光景を無様と罵るか、凄惨と同情するか。2つの選択肢のうち、少年にはどちらを選んでも良かった。
 焼け爛れた神殿(こちらの国の言葉を借りればヤシロだとか、アラカだとか言うらしい)、枯れ木を通り越して灰になった大きな木(確かゴシンボク、とか言うのだったか)、かろうじて人形を保っている物体に、しかし、生命は感じない。
 まるで場違いな足取りでてくてくと、邑であったものの残骸を進んでいくと、珍しく焼かれていない白い布地を見つけた。目線を上げれば、その衣の持ち主であったろう女の肢体があられもなく転がっていた。死斑の下には無数の鬱血痕。股には破瓜で散らされたらしき赤黒い血液。泡を噴きながら倒れる女の表情は、お世辞にも安らかとは言えなかった。
 残念なことに、それが何事を示すか、分からないほど無知でも無垢でもなかったので、そっと瞼を下ろしてやった。その行為は慈悲ではない。慈悲と呼ぶのなら、この女にとってそれ以上の屈辱はないだろうから。ただ単純に、苦痛に塗れながら死んだ女の濁った眼が見るに耐えなかった。そういうことにして置くに限る。
 焼けて歪んで開かなくなった蔵の扉を蹴飛ばせば、積み上がった米俵と酒樽は蔵ごと駄目になっていた。少年は信心者ではない。だから神の供物として保存されていたそれらに、特別な感情はない。だが、愚かだとは思った。女の清純を奪う暇はあったくせに、兵糧として使える供物は奪わなかったのか。
 焼け残った社の階段を上っていくと、不意にぱりん、と鏡が割れるような音がした。傾いた鳥居を見上げて、初めてそれが淡く残っていた祭司の結界が破れた音だと気づく。儚くも呆気ない音だった。
 無様と罵ることも出来たし、凄惨と同情することも出来た。何しろ、この惨状は少年の属する国が引き起こしたことでも、蹂躙されたことでもない、所謂、他人事であったので。
 破壊の限りを尽くされた社の中身は空であった。これだけ一つの集落を蹂躙して置きながら、肝心な目的の御神体は幼い子供に持ち去られたというのだから、如何な他人事でも僅かばかりの腹正しさを覚える。
「こ、皇太子殿下……」
 舌打ちをくれてやると、震えるか細い声が背後から自分を呼んだ。ああ、そういえばいたんだっけ。その程度の感想を抱きながら振り返ると、石畳に赤い法衣の男が傅いていた。大袈裟なほど、恐怖に身を震わせながら。どうやらこちらが怒っていると誤解しているらしい。
 馬鹿げた誤解だ。最初から何も期待していない人間の失態に、怒りなど覚えるはずがない。覚えるのはただただ途方もない呆れと、無駄な時間を割いてしまった疲労感だけである。さて、どうしたものか、と考えを巡らせたその結果。
「がっ――!?」
 傅く腹の下を、爪先で蹴り飛ばしてみたところ、男は吐瀉物を撒き散らして苦悶の声を上げた。僅か十ばかりの子供に頭を垂れて、呵責される気分はどういうものだろう。想像しようとして、やめた。
「……朱雀の御神体を入手出来れば、シュアラは北より崩れ去る。駒さえ動けば包囲も難くはない。だから、少しばかりの知恵とカカシの兵隊を借りたいと申し出たのはどの方でしたかな、赤法師殿」
「も、申し訳ありません……! しかし、」
「言い訳は結構。我が君は能書きと自己弁護を嫌います。そんなものに貸す耳があるなら、新しく良策を考えなさいませ。でなければ、彼の国も此の国も私が落とします」
「そ、それではお約束が……っ!」
「あなたの国と我が国との同盟が五分のものであると、誰が言いましたか?」
「……っ!」
 踵を返して階段を降り始める。背後の気配は言葉を詰まらせたまま、だが、恨みつらみの籠った視線を背中へぶつけて来た。国同士の取り決めといえ、十の子供に言われ放しは余程、応えたらしい。
 ――まあ、どうでもいいんだけど。
 妖は死んだ。仕込んだ蟲も死んだ。間もなく、シュアラの援軍が到着する頃合いだろう。持ち去られた神器はそのまま、向こうの都へ辿り着く。この場に留まる理はもう、ない。
 すたすたと邑を後にする少年を、赤法師の男は追っては来なかった。
『いいのぉ、殿下。あの男、殺して置かなくて』
「いつでも出来るようなことを、今やる必要はないよ。エリシア」
『おお、怖い怖い』
 姿を隠した側近から入った茶々を受け流しながら、森を歩く。歩いてみたのは、ただの気紛れだった。所詮、この戦は少年の戦ではない。無様と罵るか、凄惨と同情するか、すべては自由であったので。
 ふらふらと、目的もなく、味方の陣でも敵の陣でも出歩く放浪癖は、最早、病気で、やめる気も無ければやめる必要もなかった。何故なら少年は大抵の人間に必要と言われながらも、忌み嫌われていたので、何かが起きたとしてそれを憂う人も思いつかなかったのである。
 神さまの森である、と説明を受けた森林が、今は邪気と清涼が入り混じって混沌になっている。ところどころで神の気が強く、身体が軋むこともあれば、流れを止められた邪気が少年の存在にぶるりと震えることもあった。
 しん、と静まり返った昼なお暗い森。永遠に靜が続くかと思えば、森の蠢く気配が木々を通して伝わって来た。
「……?」
 なんとなく。好奇心で爪先の方向を変えてみる。一歩、一歩、踏み出す度に身体が鉛のように軋むので、たぶん、どこか神聖な場所に向かっているのだろうな、と茫洋と思った。がさり、と茂みの中から抜け出すと、とても高い石の鳥居が目の前に現れた。鳥居の周りをぐるぐると妖が回っている。時折、鳥居の向こうへ爪を立てるも、何か見えない壁に阻まれたかのようにがちがちと不快な音が鳴るだけだった。
 壁にじゃれつく妖には目をくれず、鳥居に近寄って手を差し出した。じゅう、と音を立てて手が焼けた。少し痛かった。巻いた包帯が焼け爛れた掌を見て、少年は一歩だけ退いてから鳥居の向こうを見やる。
 小さな、自分の半分ほどの年頃の少年が2人、身を寄せ合うようにして目を閉じていた。魘されながらも胸は上下しているので、眠っているだけらしい。そして、両手にはそれぞれ大切そうに布に巻かれた大きなものを抱き締めていた。
「……」
 少年は腕を組んで、思想した。耽るうちに周囲をぐるぐる回っていた妖は、鳥居の向こうの獲物を食えない鬱憤を少年で晴らすことにしたらしい。牙を、爪を、血走った目を剥いて、少年に襲い掛かろうとして、
「君たち」
 少年の発したたった一言で、石のようにひたり、と動きを止めた。
「少し五月蝿い」
 悲鳴も何もなかった。最期の声すら挙げることを許されないまま、妖たちはぐしゃり、と潰れて砂になった。土に還ることさえなく。死んだ、というよりは滅んだ、と称した方が正しい。そんな砂には用はなく、少年は改めて鳥居の向こうの少年たちに目をやった。
 広大な森林を駆けずり回ったのだろう、疲労感と膨れ上がるだけ膨れ上がった不安感が渦巻いている。一口、食べてみるとはちみつのように甘かった。無垢な子供の負の感情はそういう味がするものらしい。
 さてはて、どうしようか。
 考えながら、鳥居をくぐってみることにした。じゅう、じゅう、と皮膚が焼ける。痛い。痛いが、絶望的なほどではない。絶望的な痛みは身体の痛みなどではないことを、少年は既に知っていたので、身体の痛みなぞとうに忘れていた。
 身体の少しばかりを灰にしながら、鳥居をくぐって幼い子供の前にしゃがみ込む。気配を消しているからなのか、それとも子供たちがこちらに勘付くほどの気力を持っていないのか。おそらく両方だろうと思う。
 山伏の風体をした、良く似た子供の片方は規則的に胸を上下させている。けれども片方の息は細く、にも関わらず胸に抱いた布地の中身は着実に子供の精力を吸い取っているらしかった。おそらく、次に目を覚ますことはないくらいには。
「……」
 ふむ、と頷いて、少年は袖口で布の塊に触れないように(さすがに直に触れたら手がまるごと灰になりそうだったので)、子供の額の脂汗を拭ってやった。
「……とう、ちゃん……にい、ちゃ……」
 僅かに身じろいだ子供は、少年がとうに失くしたものの名前を呟いた。とてもとても、大切な声色で。そして傍らの温もりに縋るように身を寄せた。
「……大丈夫だよ」
 ふと漏れた声に自分自身で驚いた。未だ、自分がこんな声を出すことが出来たのか、という純粋な驚きだった。子供の表情はかすかに和らいだようだった。
 大丈夫と言ってしまった手前、本当にどうしようか。
 ――仕方ないな。
 少年は焼け爛れた手で少年と相反する気を放ち続ける布の塊に触れた。案の定、手首が捥げた。捥げた先から指先までが灰になって塊に降り注いだ。無くなった腕を袖にしまい(きっと3日もすれば生えてくると思う)、立ち上がる。
「彼らが目覚めるまでそれでも喰ろうて満足なさい。神であるあなた方には、悪魔の肉は御馳走でしょう」
 二度目の鳥居くぐりは、痛みを伴なかった。入るのではなく、出るという行為なので、吐き出されたというのが正しいのだろう。きっと、この鳥居は嫌々ながら受け入れて、喜びながら追い出したに違いない。
 背を向ける少年の耳に、また森のざわめきが届いた。これ以上、何かと鉢合わせるのはさすがに気が引けるので、早々に去ることを決意する。
 その光景を無様と罵るか、凄惨と同情するか。2つの選択肢のうち、少年にはどちらを選んでも良かった。何しろ少年は人よりは悪魔に近く、悪魔よりは人に近く、何より、この景色は故郷の国にはまるで関係のない、所謂、他人事だったので。 


 何をどうしようと、自由だったのだ。

 

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れーくんやばす

容赦ない雰囲気のれーくんに痺れました……! やはりれーくんはこうでなくちゃ!

そして神器に腕あげちゃうれーくん(゚Д゚)
ありがとうれーくん(´・ω・`)

赤法師無能ざまぁwwwwww
人生投げ出し気味のじゅっちゃいですw

ブラックれーくんは最低にして最高の悪役をモットーにして書いていますw
赤法師さんマジごめんねwwww

この頃のれーくんなら2,3日もあれば勝手に生えてくるから大丈夫だお(`・ω・´)b
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