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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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花籠の庭に鷹は囀る

※『君、ありてこそ
 の師匠Side裏話。

 ほんのり悲しく、それでも師匠と弟子で在りたかった。




 煙管の吸い口から唇を離し、ふぅ、と吐き出した煙は咲き初めの紫陽花の香りに溶けて消えた。毎年、青竹で造らせる煙管の味は、清爽の中に若干の苦みを蓮の舌に残していく。
 梅雨の霧雨が降り止んだ晴れ間。蓮の視線の先では、数人の石工衆がやれそれ言い合いながら大振りの石を庭へと運び込んでいる。粗方を運び終えたくだりで、石工衆を束ねる頭領が縁側に座する蓮へ声をかけて来た。
「この辺りでよ御座いますか、飛鷹の旦那ぁ!」
 飛んで来た訛声に、首肯ひとつ。石工衆は、一度は止めた手をまた忙しく動かし始める。雨が降ればまた作業は止まる。蓮が相場の倍を払ったこの拡張工事は、石工衆にとって来る冬の蓄えになるはずだ。威勢の良さはその所為だろう。
「失礼致します、父様」
 鈴の転がるような音で襖が開き、楚々とした所作で下の娘が顔を覗かせた。ちらりと目を走らせると、手には盆。一刻前まで、蓮の許を訪れていた客人に出した茶器を片しに来たのだろう。
 津鬼家当主・津鬼蒼牙が夏の到来を待たずして没してから、天武家の別邸として建てられたこの邸の門を叩く者は後を絶たなかった。短い合間に両親を失った津鬼の姉弟をはじめとして、先年の永佳院の崩御より神宮の守護である津鬼家と繋がりを持っていた貴族、武家の当主がこぞって天武蓮を来訪した。
 もっとも、それらに対する蓮の応えは至って簡易的なもので、彼らがこの邸で導き出していく道は、元々彼らの中に眠っていたものだ。蓮は彼らの不満と不安に耳を傾け、言葉少なに彼らの選択を肯定していくだけで良かった。
 特に邸に足繁く通っていた青牙は、兄を退けて次期当主となるに大層な不安と責任を抱えていた。否、責任を感じているということは、つまり、それだけのものを背負う覚悟を要すると理解しているということだ。何も難しいことはない。そうして、何時か彼は彼自身の決断と決意で帰っていくのだろう。
 やれ、四十年も遡れば誰がこんな状況を予測しただろうか。
「父様? どうかなさいましたか?」
 煙管を咥えたまま、少々、耽り過ぎてしまったらしい。茶器を片す手を止めた沙音が、小さく首を傾げてこちらを覗き込んでいた。
 親の贔屓目か、それとも天武初代の先駆けとなった女流武家の姫の血か。おそらくは両方だろう。蓮が二十半ばを前にして生まれた娘は、齢三十を重ねても尚愛らしく、それでいて気配りの利く女性に変じていた。
「……何か俺の顔についているか?」
「いえ」
 沙音はゆったり首を横に振って、父の傍らに少し間を空けて座った。幼い頃は喜んでころころと膝の上に飛び込んできたものだが、聡い娘は年々と年相応に親愛の示し方を覚えて、小姫から女性になっていった。そしていつの頃からか、こうして少しの間を空けて腰を下ろすようになった。
「父様」
「何だ?」
「蒼牙兄様が、父様の弟子になられた頃の話を聞きとう御座います」
 娘が強請った随分と昔の話に、蓮はもう一度、竹香の煙を吐き出した。
「蒼牙兄様の生前は、終には聞かせて頂けませんでしたので……」
 津鬼蒼牙。蓮がその名の子を抱き上げた時は、その子供は未だ海神と呼ばれており、蓮に至っては鷹の名を借りた雛鳥に過ぎなかった。それこそ、片田舎を起とする寂れた日和見主義の小武家の小僧が、都中の貴族や武家の意見番になろうとは誰一人として予測していなかった、それ程に昔の話。
 不意に口元が弧を描いた。墓場まで持っていくような話ではなかろうに、幼い姉弟の兄として胸を張っていたがった弟子は、自ら口にするのは我慢がならなかったのだろう。
 たった七つの幼い背姿を追いかけて、舌たらずの言葉遣いで、我武者羅に振るわれる若輩な刀に目を輝かせていた時代のことを。



 何度、季節が巡る前のことだったか。
 極寒の任地で背中と腹に傷を負いながら、養生の足らない身体で愛弟子はこの邸を訪れた。馬酔木の木を遷し終える前のことだった。沙音が茶を淹れるよりも先に、傍目にも憔悴して見えた彼は、目通りするなり切り出した。
「桜の面倒は、俺が看たい」
 愛弟子の妻であり、蓮にとっての義妹のような存在であった前・斎宮――櫻内親王が病に伏せたのは、ちょうど同じ頃合いだった。その時もちょうど同じ、その年の竹の煙管を吹かしていたか。
 当主であった蒼牙と唯一の正室である桜の身体の世話を、と申し出る人間は多かった。津鬼が神宮守護という役目を仰せつかる家だから、というばかりではない。神宮衛士長であった蒼牙と、斎宮として多くの者を慈しんだ桜の世話を是非に、と申し出る人間は少なくなかった。時代の変革を経て、信用に足る人間もたくさんいた。
 だが、愛弟子は膝をついてまるで頼み込むようにそう言ったのだ。それが嘆願などではなく、宣言なのだと理解していたのは何人だろうか。
 さて、どう返答したものかと、刻々、蓮が考えるうち、蓮はそれを“視た”のであった。
 ――りりん。
 久しく正座をして顔を付き合せる弟子の傍らに、鈴のついた紅葉のべべを纏って、真似っこのように微笑む3つほどの幼子だった。何故だか霊験に鋭い蒼牙には隠れ、蓮の目にだけ姿を現したちぃ姫は、にこにこと笑ったまま蓮を見ていた。
 ――“鈴”。
 その影が幼くしてこの邸で命を落とした妹子のものだと知った時に、蓮は理解したのである。
「黄龍篠田の名が立たなくなる」
「もちろん、検診や往診は願い出るさ」
「桜はお前の傷を憂いているだろう」
「一緒に治せばいいだけだ。桜一人、そんな負担にならない。何年前からあいつを守って来たと思ってるんだ」
「何年経って何時の時から独りきりで守って来られたわけではないと悟った」
「蒼太や青牙にもちゃんと頼ってる」
「東嘉門院は御身を霊山に隠された。神宮省は次に斎院が遺す神遺物に飢えている」
 淡々と言い連ねていた言の葉が切れて、蒼牙の喉がひくりと上下した。庭から移した視線が合うと、愛弟子は観念したように強張らせていた肩から力を抜いた。揚々、こちらがその腹までを解したのを知ったのだ。
 蒼牙の顔が、罰が悪そうに、幼い頃に失敗や悪戯をして、叱られるのを待っているそのままの表情に崩れた。
「……みんなに、神宮や篠田にも本家にも、天武にだって迷惑をかけない。勿論、蒼太や青牙にだって」
「お前は幾つになれば正しく母国語を発音出来るようになるのだ?」
「は?」
「神宮に手を触れさせたくはない。海神としてではなく、津鬼としてではなく、師や弟子の縁を以てではなく、“翠の小君”でありたいのだろう。迷惑をかけないのではなく、我儘を聞いてやりたいのではなく、我儘を貫きたいのだろう」
 残り少ない灯であるのならば、誰にも解かれない絆の糸を結んで旅立ちたい。
 「違うか?」とつとめて穏やかに問いかけると、彼は押し黙った。万物に避けて通れぬ別れの不条理に涙するような歳ではなかったから、涙の代わりに幼い頃のように少しだけ袖を掴んで、久方ぶりに笑んだのである。
「……我儘で、最期なのに、ひとつだけ、どうしようもない、考えても、考えても、どうやったら迷惑にならないかわからないことがあるんだ」
「何だ」
「……師弟の縁を、結ばなかったり、呪(まじな)いの絆ではなく、別に師を選んだりした海神の子は、短命であった、って」
 自分が遺してしまうかもしれない天武蓮という武将の汚名が怖いのだ、と彼は言った。確かに存在した縁が、なかったことにされてしまうことが悔やまれるのだ、と言った。
 蒼牙にとって天武蓮という士(つわもの)は、傷だらけの身体で、折れた刀で我武者羅に明らかに高すぎる壁に挑み続けていたあの日のままなのだろう。
 頼んだ茶が随分、遅い。そんな器量を蓮の娘が持つようになってもまだ、蓮は師である心算だった。そして蒼牙は弟子だった。歴代の海神の師弟の中で、確かにこの縁は因果めいて特殊なのであるのかもしれなかった。
「――己の道を」
「……?」
「己(お)の道を ながらいていく 我らなれ 都桜の 散らぬうちにぞ」
「……」
 青い竹の管を通して吐き出される煙は、愛好のそれではなく、特別に調合された香薬である。わざと面を伏せる弟子の顔に吹き付けてやると、煙が目に染みたようで、随分と大きくなった子供は袖でぐい、と目を覆った。
「……幽世(かくりよ)の 道はひとすぢ 桜とも 今は惜しまぬ 身となりにけり」



「父様は、蒼牙兄様が儚くなられたのは御自分の所為だとお考えなのですか?」
 とつとつと古い話を語り終えると、娘が漏らしたのはそんな問いかけだった。少しだけ当惑したような表情だった。これは贔屓目なく、昔より、心優しき娘であったから、思い処をどこに見つけて良いのか解らないのだろう。
 蓮は煙管の灰を皿に落としながら、そっと目を伏せた。
「さて、どうだろうな。だが、そうだとして何も変わりはしないだろうよ。俺の所為であるかもしれないし、因果の天命であったかもしれないし、はたまた単に偶然だったかもしれぬ」
 さあ、と水の音が響いた。石工衆が囲いに置いた石の中に、汲み上げられた清水が流されていく。砂と泥を巻き上げて注がれていく清水の池は、梅雨が明ける頃には澄んでいるだろう。そして来年の春には、頭上に頭を垂れる桜の花の受け皿となるのだろう。
「しかし、良かろうと悪かろうと、あれは俺の弟子だ。ただそれだけの真実が遺れば、それで良い」
 かたん、襖が開かれた。弾かれるように振り向いた沙音が、襖の向こうにあった姿に目を見開いて立ち上がる。
「母様! なりませんっ、お身体に触ります!」
「大丈夫よ。今日は少しだけ体調が良いみたいなの」
 煙管を手離し、振り返った蓮の口を封じるようにして華音は微笑みながら縁側へと近づいて来た。病に罹っているとは思えないしっかりとした足取りで、袖を振りながら陽の光を浴びる。もう齢数えて五十を超したというのに、娘も娘なら母も母。蜂蜜を垂らして糸にしたような金色の髪は美しく煌めき、少々青白くはあるが白い頬は柔らかそうで、唇はほんのりと桜貝色に膨らんでいる。
 あの蓮華の花畑で、初めて幼い蓮の心を揺らしたそのまま。
 母の頑固さを知っている沙音は、溜め息をひとつ零すと、ふたつみっつと小言を添えて襖の向こうへと退いた。華音はそろそろと蓮の座る縁側へ近寄ると、間を空けることなく甘えるように身を委ねて来た。何を言おうと、聞かぬ伴侶であったから、蓮は褥に戻れと忠言するのを諦めて、自身の羽織を大分、細くなってしまった肩に掛けてやった。
「随分、寂しくなっちゃったね」
「……そうだな」
「私、泣き疲れちゃったよ」
「……そうか」
「死んじゃうかと思った」
「……冗談にしては笑えないぞ」
「だからね」
 身体を委ねながら、華音は何時になく少しだけ甘えた声を出す。
「寂しい想いをさせないでね、蓮」
「……ああ」
「寂しい想いをさせないから、皆に寂しい想いをさせないでね」
「……ああ」
 年々、華に彩られていくその庭で、華音はゆっくり満足そうに微笑んだ。義妹の身体を焼く焔の前で泣き、義弟の亡骸の前で泣き暮れた妻は、泣き暮れた後に子守唄を紡いだ。彼女は言の葉の歌が得意ではなかったから、贈る歌の代わりに声を紡いだのだろう。
「それ、あきらからの返歌?」
「……ああ。蒼太が遣いに来てくれた」
「じゃあ、大事にしないとね」
「……無碍にする心算はないが、どうした?」
「だって、今は蒼牙に餓鬼とか莫迦とか言っていると思うけど、あきらが男に返歌したなんて、そのままにしていたらいずれ龍彦義兄様の焼きもちで燃えちゃうよ」
「……そうかもな」
 公の場で厳格で楚々とした話し方を覚えたはずが、ここ数年は無邪気な子供のような話し方が目立つようになった。懐かしくもあり、寂しくもあり、そして何より愛おしいのだ。
「秋になったら菜の花と蓮華を植えようよ」
「……ああ、勿論」
「それと次の晴れには椿と南天を植えよう。雪ばかりじゃあ寂しいよ。藤は冬に咲かないのかなぁ」
「……咲くだろう。多分な」
「うん、そうだね」
 愛しさから生まれた御身であったから、愛しさを抱きながら散るのだろう。大海を見て来た。高い山上から望んだ都を見下ろした。振り返れば満足げに微笑む父の姿も見た。
 我武者羅だった小童は、途方もなく遠くまでを臨むことが出来るようになっていた。
 けれど今だけは。
 少しだけ寂しいこんな晴れの日は。
 小さな井の中に創り上げたこの花籠で、蜜のように甘い香りと温もりを享受しても良いだろう。



 

『己(お)の道を ながらいていく 我らなれ 都桜の 散らぬうちにぞ』
(己の道を身勝手に生きた私の弟子だからこそ、身勝手にいくのでしょう。都の桜が散り終えてしまう前に)


『幽世の 道はひとすぢ 桜とも 今は惜しまぬ 身となりにけり』
(幽世(かくりよ)への道を桜と共に前にして、今、惜しまぬ身となりました)

 

※身勝手に生きた自分の弟子だから、あなたも身勝手に決めたのだろう。(短命であろうが、それが私の弟子であった何よりの証拠ではないか。)→(その言葉を聞いて)桜と共に散るあの世への道を前に、憂いがなくなりました。(あなたも“華”には何度となく命を懸けた人なのですから)   ・・・という妄想。

 

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師匠ぉおおお( ;Д;)

師匠と蒼牙のやりとりにぐっときました。
かのちゃもあいあとね(´;ω;`)
あっちで爆発してるから心配しないでくだしあ(笑)
名前書き忘れたw

NONAMEですが小春でございまする(笑)
しゃのちゃ可愛くて、ますます龍浩の嫁に欲しくなりました←
優良物件ですw

ばあちゃんもゆっきーもセルリアも瑠那ちんもいない場所で、段々と眠る準備を整えている師匠です。
振り返ることのない人生だったけれど、振り返れば途方もない人生だったと、誰かを失う度に思うのでしょう。

しゃのは小さい頃から零音のことでしょちゅう、ヒロやんに相談しているという妄想。
身体も精神も強い自慢の姉だけど、年頃になるにつれてずっと一緒だったのにやることがズレて来て、しゃのがお稽古の間に零音が泥塗れで帰って来ていたり、金髪碧眼なのに神おろしが出来ないので揶揄されていたりするんだけど「お姉ちゃんを馬鹿にしないで!」と思う一方で「お姉ちゃん、日頃何やってるんだろう」と心配になったりコンプレックスになったりちょっと複雑な乙女心です。

実際、零音は農村に出てほっかむりしながら田畑耕したり斧で木こりしてたりしますw(THE 自由人)
無題

お庭をつくっていましたもんね……。
そして突入するあっきーとの寿命合戦www

しゃのちゃとヒロやん、もうちょっと煮詰めたいですね―。
お姉ちゃんまじ電波wwww
でもそんな零音ちゃんが可愛いよ。がーちゃはなんやかんやすごく可愛がってたから、駆けつけてきてくれたらとっても嬉しく思かと。゚(;Д;)゚。
ところで年号適当に使い分けてるんですけど……、ま、いいか!!←
長生きしろばーか!

とか2人いい歳して延々、言い合いするんですねww

しゃのちゃは普通の女の子に見せかけて、あの家族の中で生きているのできっと肝が据わっているはず…!
お姉ちゃん(むしろ姉夫婦)はマジ電波ですw
きっと前触れなく現れて、湿っぽいのは苦手だからダイナミックお焼香(何それ)してくれると信じてる。
三途の川のほとりで呆れながら見ていてくだしゃいww

年号は私の方もかなり適当なので…(特に未来世代)
何かあれば修正加えますん(`・ω・´)
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