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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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【再逢編】

※ギャグオンリー転生パロ 高校生1年生再会編になります。
 基本的に言葉遣いが汚いのでR15ランク注意。


【再逢】

 皆々様は、レテの河というものをご存知だろうか。
 近年、収束と悪化を繰り返しまくっている宗教派閥はさておいて、古代ギリシア人の一部に信じられていた忘却の河。死者があの世でその水を口にすると、現世での出来事を忘れ去るという。産まれ来る次の現世の為に。
 前置きが長くなったが、とどのつまり、僕が何を言いたいかというとだ。
 今世の僕はそのレテの水を飲み忘れてきたらしい。産まれた直後はぼんやりと夢に見る程度だった前世の記憶が、物心つく頃にははっきりと記憶として脳に根付き、10歳程度になる頃には「ああ、駄目だこれ自分の記憶だわ」と妙な悟りさえ開けるようになった。
 とは言ったものの、前世の記憶がある以外は極普通の――大財閥の会長の愛人の子供として生を受け、認知問題で揉めに揉めた果てに養子という形で収まりがついたこと以外は、極普通の子供である。前世でも妾の子どもとして生まれて、ろくに母親の顔も見ることなく育ったので、またかよという感想以外は特にない。っていうか、一夫一妻制って意外と面倒くさかったんだな。
 前世で魔改造された僕が死んでから死神になって働いたり、地獄の底で拷問してくる悪魔を返り討ちにしたりしている間に、一応、人間も進歩はしていたらしい。便利なものだ。憲法とか、裁判とか、警察とか、セ〇ムとか。
 さて、養子として収まったといっても、当然、家での僕の立場とか待遇とかは危ういものなわけで。実家から離れた全寮制の高校入学を勧められたときは四の五の言わず飛び付いた。財閥の御曹司とか財産とか権力とか勿論興味なかった。というか、転生管理のあの世の役所はいい加減、僕を庶民にしろ。庶民ばんざい、平和平凡大歓迎。例え父親がリストラされるような家系でも、どうにか生き抜く自信はあるというのに。
 閑話休題。
 兎にも角にも、僕は両親と異母兄弟の兄の許を単身離れて、隣街の私立高校を受験することになった。受験と言ったって、どうせ誰かが裏から手を回すのだろうから、形だけの受験だ。悲しいかな、裏口入学という時代錯誤極まる現状は実在のようである。
 試験的に「駄目だわ、こんな成績じゃ受かんねーよ」と鼻で笑われそうな点数を狙って採ってみたのだが、3月の桜咲き始めの季節の合格者掲示板には、しっかり僕の番号と名前が載っていた。うん、進歩はしても人間は根本変わらない。僕はこの寝首を掻かれる心配は左程ない、比較的平和的な世界では平々凡々と平和的に穏便に生きて死ぬ。よし、今決めた。
 合否に一喜一憂して胴上げやクラッカーが鳴り響く雑踏の中、人生を決断すると、一応、建前で両親に合格の連絡をしようとスマホを取り出した。どうせ留守電だろうな、と思いながらもコール音が鳴る間、ぼんやり掲示板を眺めて。
 そこに見つけてしまった名前に、軽く10秒は停止した。おかげで留守電に残した声は上ずってしまったが、まあ“合格に感激した出来の悪い息子の伝言”なのだから問題ない。
 いや、落ち着けレアシス=レベルトもとい、大宮寺怜吏。世の中、同姓同名なんていくらでもいる。いちいち気にしていたんじゃあ、前世の胆力が泣くぞと願い続けて1ヶ月。
 入学式。中学生に毛が生えた程度の同級生が、全員、緊張するアリーナで、耳が勝手に焦った教師陣の声を拾い上げていた。「おい、新入生の式辞の子はどこ行った!?」「それがどこにも見つかりませんで」「保護者は!?」「おいでになりません!」「誰か代わりの子を」「しかし、式の前に入学試験首席の子をと説明してしまっているので、なかなか」etc。ちなみに壇上では最上級生と思われる生徒が祝辞を読んでいる。欠伸が出そうなくらい不自然に間延びした声で。何とか時間を稼げと命じられたんだろうな。可哀想に。
 その真ん中で深く深く深ーく溜め息を吐く。
 ああ、さようなら。3月に決意した平々凡々と生きると誓った僕。悲壮過ぎる英断と共に席を立ち、僕は慌てふためく教師陣に一言。
「お困りなら代理を務めます」
 かくて、アドリブで式辞を完璧に務め、流されるままに学級で委員長に抜擢され、トントン拍子に何故か生徒会長まで押し付けられることとなる。自分のお人好し加減が嫌になった瞬間だった。


「何ていうかさ、もう乾いた笑いしか出て来ないよね。何、何なの? 僕なんかした? いや、そりゃあ前世では色々やらかした自覚はあるよ? 順風満帆な毎日を寄越せとは言わないさ。だからってここまで世間を狭くされる謂れはないよね!」
「朝から元気だな、お前」
「僕には平然と現実を受け入れられている君が解らない!」
 無駄に豪奢な造りの――何せ全寮制のお坊ちゃまお嬢様学校であるからして――回廊を歩きながら、ぽろぽろと愚痴を零す。もう毎朝恒例になってしまっているので、隣を歩くルームメイトも深くは突っ込んで来ない。
「いいんじゃないか? 狭いおかげでルームメイトに関しては気兼ねせずに済んで」
「それはそうかもしれないけどね」
 精悍な顔つきで至極冷静に、黄昏色の髪をした彼は言う。染めているのではなく、イタリア人のクォーターらしい。世間的に見れば鋭い目つきは健在なのだけれど、僕の目には“昔”より少しばかり柔らかくなったように見える。1年生にして陸上部のエースを瞬く間に掻っ攫った身体能力は正直、化け物だと思うけど。
 そう素直に口にしたら、「お前も丸くなったな」と言い返された。それもそうだ。あれだけトラウマだった化け物という言葉を自然に使える程度には、僕も彼もこの平和な時代を謳歌しているのである。
 東鬼蓮。
 合否判定の掲示板に名前を見つけて、まさかと思った1人めの名前である。何の縁があるのか、ルームメイトとして同室になった僕らは互いに前世の記憶を持ったままだった。前世で彼は僕の部下で、恩を売った相手で、敵(だった)国の客人で、ほんの少しだけ友人だった。そのほんの少しを大切に仕舞いこんでいた僕のお願いはすんなり叶えられ、晴れて僕は高校での初めての友人を手に入れた。
 ルームメイトがそうだというのは結構、気楽なもので、ついぽろっと前世の記憶を零してもお互いに気にならない。それをいいことに、こうして無茶苦茶な理屈で愚痴を吐いていてもオールオーケー。うん、いい時代になったものだ。
「何で不合格すれすれの成績で入学した“設定”の僕が、1年生で生徒会長とかやらなきゃいけないの? おかしいよね? 確かに大宮寺財閥の名は大きいけどさ。僕、次男だよ。家継がないよ」
「完全ぶっつけ本番なのにも関わらず、入学式の答辞をさらっとこなした上に、自棄になってその後もたついた式の段取りやら、学級割振りの不手際やら、さくさく仕切って片付けしたことで化けの皮が剥がれたせいだなざまーみろ」
「剥がれて地位向上する化けの皮って聞いたことないんだけど! あとさり気ない罵声が痛い!」
「それだけ人の上に立つ器に成り切っているんだろ。諦めろ」
「そんな器いらないから、一般人としての安らかな慎ましい生活が欲しかったよ、僕は……」
 はぁ、と溜め息を吐いたタイミングで僕らは同時に足を止めた。90度振り向いた先は、僕たち一般生徒が暮らす部屋よりもワンランク、豪華な扉。慣れてしまったもので、この部屋の主はいちいち鍵なんてものをかけないし、ノックをしたところで何があっても反応しない。それを知っていた僕は扉の取っ手を引いた。引いてしまった。
「きゃ……っ!」
 扉を開いた先で可愛らしい悲鳴が上がった。8畳はあるダイニング。充満するあまり表現したくない匂い、閉め切った遮光カーテン、カーペットに散らばる衣服と投げっ放しのティッシュ。ゆったり3人掛け出来るソファから顔を上げたのは、少し童顔気味で少し猫毛の栗髪がチャーミングな女の子。ただし、綺麗な撫で肩は剥き出しなまま(おそらくはその下も全裸のまま)、真っ赤になってふるふると震えている。
 ちょっと米神付近で血管がキレる音がした。ソファが背を向けてくれていて本当に良かったと思う。
「せ、生徒会長、あの、その、これは……」
 真っ赤になった後は可哀想なくらい真っ青になって、涙目でこちらとソファとを見比べる女の子。うん、分かってるさ。別に僕はそこまで悪趣味じゃないし、非道じゃない。
 無言で一度、扉を閉める。ばたばたと騒音が聞こえて、待つこと数十秒。震えながら部屋から出て来た制服姿の少女は、まるで幽霊でも見たかのような怯えっぷりで僕に頭を下げる。
「す、すいません! あの、生徒会長、これは違うんです!」
「うん。そーだね。違うんだろうねぇ。僕も面倒事は嫌いだから、今から遅刻せずに教室に向かえば今見たことは忘れるよ。あと、制服はちゃんと着替えていこうね」
「は、ははははい……っ!」
 我ながら随分と丸くなったものである。昔の僕だったら何が違うのか、小一時間は説明を求めただろうなぁ。何とも言い難い感傷を噛み締めながら、走り去る少女の後ろ姿を見送る。不意に隣の蓮がじっと少女を観察していたことに気がついた。
「好みだった?」
「まさか。胸がなかったな、と思っただけだ」
「そうだね。惜しいとこついてたね」
 傍から見ればド失礼な会話を交わして扉に向き直る。よし、憂慮はなくなった。
 勝手知ったる他人の部屋とばかりにソファに近づく。毛布一枚で未だに夢の中にいる部屋の主に舌打ち。
 つーか、もう一枚ドアを跨げば寝室だろうが。わざわざダイニングでヤるとか意味が分からない。朝っぱらから何つー面倒くさい。生徒手帳にはしっかりと不純異性交遊禁止項目があると知ってはいるけど、まあ、そこはそれ。0.02㎜のお約束さえ遵守してくれれば、そこまで堅物になる気はない。なる気はないのだけれども。
 僕はあまり吸い込みたくない部屋の空気を目いっぱい吸う。腹式呼吸で腹の底から声を張り上げて、
「Gooood Morning!!!」
 生真面目に辞書と教科書を詰め込んだ鞄を鳩尾目掛けて振り下ろした。カエルが鳴くようなひしゃげた悲鳴が聞こえたけど、そんなものは知ったことじゃない。
 前世を覚えていようとも、僕もいっぱしの純な高校生。見苦しい物は見たくないので毛布をそのままに、相手の首の下と足の下に手を差し込んで、横四方固。よし、いける。
「昨晩はお楽しみでしたね。とか言った方がいい? 残念、僕、宿屋じゃなくて今生徒会長なんだよね。そうそう、生徒会。君は会計として男子寮に女子生徒を招くのは厳禁の項目知ってる? 知らない? 身体で教えてあげようか? つか、株とアフィリエイトで十二分に稼いでるんだから、ヤるなら素直に学区外のラブホで済まして欲しいんだけど聞いてるー?」
 横四方からの腕ひしぎ十字固め、最後に崩れ袈裟固め。関節技に移行しなかっただけ、今朝の僕は温厚である。毛布下で何やらもごもご蠢いているけど知るもんか。
「女の子と付き合うなとは言わないけど別れ方とフリ方には注意してよね。フリ方といえば君、去年のミスコン優勝の先輩に告られてフッたってねー? まあ、ミスコン云々とか去年のことなんか知らないけど、『顔が好みじゃねぇからお前には勃たねぇ』はないでしょ。何で僕が君への苦情のあれこれを聞かなきゃなんないのさ。本当、そんな学習能力で首席とか世の中嘆かわしいったらないよねー」
 あ、何かヤバめな音がした。したけどいいよね。自業自得だ。
 繋げて縦四方に移行しようとする僕と、毛布の下からばしばしとギブアップを伝えてくる部屋の主。そんな僕らを放置して蓮の方はとても綺麗で(綺麗にしているのではなく、単純にあまり使われていないという意味で)広いシステムキッチンに立つ。
 うん、今日もいつも通りの朝である。


 ほかほかの炊き立てご飯。綺麗な賽の目切りの豆腐と鮮やかな斜め切りにされた長ネギの味噌汁。程よい焦げ目がついた鮭の切り身。潰れることも破けることもなく、ふっくら仕上がった出し巻き卵に青々としたほうれんそうのお浸し。
 見本のような一汁三菜である。僕ら2人がじゃれ合っていた約30分の間に、ささっと3人前ダイニングテーブルに出来上がっていたのだから、尚のこと完璧だ。
「毎朝思うけど、何ていうか、どこに嫁に出しても恥ずかしくないよね」
「そうか。そんなに今日を命日にしたいのか。よし分かった」
「ノーセンキュー」
 濯いだばかりの包丁を血まみれにするのは憚られたので、丁重に辞退した。さすがに作ってくれた本人より先に手を付ける無作法はしたくないので、蓮がまな板を乾燥機に突っ込んでつまみを捻るまでを待つ。と言っても時間にして1,2分なんだけど。うん、作りながら出来上がりとほぼ同時に調理器具の片付けが完了してるところまで完璧だよ。来世があったら、女の子に生まれて来たらいいと思う。命は惜しいから口に出さないけど。
 対面の席に友人が座るのを待ってから、箸を持ち上げていただきます。湯気の立つ味噌汁をすする。甘すぎず、辛すぎず、絶妙の塩加減。煮干しとかつお節の風味が鼻孔を擽って、食欲を掻き立てる。じっくり味わってから、鮭の身に箸を伸ばすと柔らかくほろりとくずれて、口の中でこれまた丁度良い塩加減でご飯が進む。
 ちっぽけな幸福と言うなかれ。美味しいご飯はささくれた心を癒してくれるものである。
「あー、蓮の家の人がここの受験を大反対した理由がよく分かる」
「お前、その話続けたら味噌汁の中に山椒一瓶ぶちまけるぞ」
 僕じゃなかったらそれだけで人が殺せそうな視線が飛んできた。慣れてるから死なないけど。
 家の人。つまりは蓮の実家の親権を預かっている人、ということなんだけれども、聞きかじった限りでは少々複雑らしい。
 彼が前世を思い出したのは11歳のとき。何の因果なのか、前世で両親を失ったその年齢に、彼の両親は飛行機事故で他界した。彼の記憶が巻き戻ったのは、その直後のことだという。そこだけ聞けば、波乱万丈な人生に聞こえるけれども、幸いにして蓮を引き取った先の名家の皆さまは彼を溺愛して育ててくれたのだそうだ。
 だからこそ、全寮制の高校を受験すると告げたときはちょっとした騒ぎになったようだ。養子になったと言っても、その家は別に跡継ぎに困っているとか、そういったことは一切なかった。むしろ男の養子なんて面倒事になりかねない状況だったとは彼の弁。だからこそ、彼は本家と距離を置くために全寮制の高校を選んだわけだが、義父はおろか義理の兄妹たちからも大反対にあったとかなかったとか。
 最終的には「蓮がいなくなったらパパ、蓮の味噌汁飲めなくなっちゃうじゃん!」という義父の御託にラリアットをかまして出てきたらしい。
 以降、それを話題にすると彼の機嫌は底辺まで落ちる。まあ、初めて聞いたときに僕とこの部屋の主と、心ゆくまで指差して笑ったのが一因といえば一因かもしれない。
 でもそうやって飛び出してきた割に、テスト期間の義妹さんのヘルプや、はなまるをもらった義弟さんの誉めてメールに律儀に応じてしまうところが甘いなぁ、と思う。
「……どうかしたか?」
「ん? なんでもないよ?」
 なんてね。僕も一回くらい、兄という人に誉めてもらったりしたかったなぁ、とか思ってしまう辺り、僕も十分平和ボケしている。今世では兄や義母がきちんといきているだけでも僥倖なのだから、贅沢を言い出したらキリがないんだ。
 そんな考えを振り捨てつつ、ふわとろの出し巻きに舌鼓を打っていると、バスルームのドアが乱雑に開いた。ちっ、生きてた。
「おはよう。シャワーで溺れてくれて良かったのに、本当残念だ」
 暴言を吐き出しながら、用意していたクリーニング済のYシャツとスラックスを投げつける。我ながらただの友人にするにはお節介すぎる行為だとは思う。しかし、せっかくの美味しい朝食。横をボクサーパンツ一枚なんかで歩き回られたくない。いや、まあ、元々彼の私室なわけだからどんな格好をしていたところで自由と言えばそうなのだけど。
 べり、びり、とビニールの破かれる音がして、十数秒後にはタオルを頭に被った彼が隣に腰を落とす。あ、またろくに髪も身体も拭きやがらなかったな。クリーニング屋が懸命に仕上げたのりが台無しである。
 無駄に綺麗な顔立ちと色素をした彼の出で立ちは、確かに水も滴る何とやら。そこら辺の雑誌モデルが裸足で逃げ出す妖艶さと端整さ。なのだが中身の残念さを熟知してしまっている僕としてはテーブル下で長い足を蹴り飛ばす以外の選択肢はないのだった。
 大して堪えていない涼しい顔で、未だに若干眠たげな彼は、片手でipadをタップしながら味噌汁と胃に流し込んでいる。初回こそ叱ったけれど、もうその行儀の悪さは諦めた。それでも僕と蓮がわざわざ毎朝、彼の部屋で朝食を摂る理由は、この馬鹿は放置すると栄養補助食品のみで一週間とかいう生活を平気でやり始めるからだ。それに特待生クラスの一人部屋の方がダイニング広くて綺麗だし。
 しばらく無言で箸を進めていると、軽快にipadの画面を叩いていた指が何か思い出したように止まった。
「そういやあの女どうした?」
「今っ!?」
 食事中に大声で突っ込んでしまった僕は悪くない。
「僕らが来て、君を叩き起こして、バスルームに突っ込んで、あれやそれや洗い流して、何事もなかったかのようにテーブルについて、今日のニュースと株変動とアフィリエイト収入を確認して、ネット銀行の残高確認した、今!?」
「てめぇ、どんだけ人の行動観察してんだよ。気持ち悪い」
「隣でご飯食べてただけでストーカーみたいな扱いやめてくれる!? じゃなくて、今朝のあの子は君の中でどんだけ優先順位低かったの!?」
 聞くと彼はそれはそれはげんなりした表情で、深い溜め息を吐き、
「『1度だけの関係でいいから』って自分で断言したくせに、『もう1度だけ』とかあんまり五月蝿いから相手してた」
「うわぁ」
 声が出た。だって、出るもん。思いっきり引いた。ドン引きである。
 何にドン引きって行いそれ自体にもだけれど、炊き立ての美味しいご飯を頬張りながら暴露する神経にもドン引きだ。うん、知ってたけどね。君がそういう人間だって。朝ご飯くらいは平和に美味しく食べさせて欲しかった。
 僕の不快オーラが伝わったのか、彼はふんと軽く鼻を鳴らしただけでipadの操作に戻る。
 佐伯村主。村主と書いてスグリと読む。前世の記憶を引き摺ったまま、“カシス”と呼んでしまったら「英語出来ますアピールか?」と盛大に馬鹿にされたのだけど、面倒だからあだ名としてそのまま呼んでいる。
 彼こそが僕がこんないらない称号を押し付けられた元凶にして、学年首席の優等生様(笑)である。まあ、分かってた。あの3月の合否結果を目にしたとき、そして入学式で新入生答辞は試験の首席が務めると聞いたとき。どうせこんなことになると悟ったさ。僕の知るまんまの彼が、真面に入学式なんて出るわけがない。そして憶測通り、彼は僕が知るまんまの彼だった。
 魔道という現世ではお伽話と化している力を自由自在に操っていた代わりに、今世ではその化け物染みた能力を科学や電子という分野で発揮しているらしい。天才の名を欲しいがままにする様は相変わらずだ。
 そんな彼がどうして大人しく順当な年齢で高校入学なんてものにチャレンジしたのか。答えは簡単。実際、順当に受験したわけではなく、MIT(かの有名なマサチューセッツ工科大学)を卒業し、株証券とアフィリエイト収入を足掛かりにファイナンシャルプランナーの資格を取得した時点でストップがかかった。保護者であるところの親戚のおじいさんから「きちんとした青春を送って学校で友達を作りなさい」と諭されたのだという。この村主の身内にそんな真面なことを言ってくれる人がいて、その真面な説法を村主が承諾したのがびっくりだ。
 まあ、彼の両親は化け物染みた頭脳を持った彼を不気味がって、早々に育児放棄したらしいので、そんなところも関係しているのかもしれない。
 さて、これだけ詳細に語ってしまったけれど、彼には僕らのように前世の記憶がない。驚きである。何が驚きって、覚えていようがいなかろうが、取扱いについては前世も今生も大して変わらないところが驚きの上に大問題だ。三つ子の魂百まで、なんて諺が裸足で逃げ出してしまう。
 それでもまったく覚えていないかと言えばそうでもないらしい。元々極端にパーソナルスペースが広かった割に、僕と蓮の2人に関しては割とあっさり懐に入れてくれたのがその証拠である。ついでに栗色の猫っ毛で、小柄で、少し童顔気味だけど綺麗と可愛いの2つの形容を併せ持つ女性が好み、というところは悲しいくらい変わっていない。
 前世を経てやっと対等の友人になれたルームメイトと、前世から呪いのように腐れ縁が続く学年首席。
 これが今の僕を取り巻く今生の環境だ。遠慮のいらない友人を持てたことに感謝すべきか、はたまた浅からぬ因縁を恨むべきなのか。
 溜め息を吐きたい気持ちと、今生でも彼らに出会えた少しの喜びを噛み締めて、今日も僕は味噌汁を飲み干すのだった。
「って、カシスそれ僕の出し巻き! せっかく取って置いたのに!」
「後生大事に取って置くのが悪い。原則先物取引の青田買い、先送りは美味しくねぇんだよ」
「それ何に対しての話!?」
 ごちん。
「うるせぇ、黙って食え」
『ごめんなさい』

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