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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。
汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。
証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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魔女の出てくる物語は、必ずめでたしめでたしで終わるのです。 「――はぁあ……っ」 日暮れを迎えて、無駄に高級で柔らかいソファに沈みながら、シリウスは特大の溜め息を吐いた。ひと月の期限まであと一週間。今朝は他でもない、シリウスの生みの両親――つまり伯母の姉夫婦が訪れ、母は妹の姿を見るなり顔を覆って静かに泣き暮れた。 伯母はけして幸せな生まれではなかったそうだ。 鐡登羅の家では、永佳院と天武家飛鷹将軍が発起した乱が起こるまで、神通力を持たない子供は大層酷い扱いを受けていたらしい。巫女の素養を持ち、後に後宮の典侍となった母が可愛がられる一方で、生まれついて当時の沙羅では嫌悪の対象にすらなっていた魔道の素養を持っていた伯母は、六つで生家から見放されたという。 普通の子供ならそこで攫われて、どこかに売り飛ばされそうなものだ。しかし、伯母は髪や着物を売り払い、場末の花街で日銭を稼ぎながらもしぶとく生き延びていたらしい。 そういった壁に阻まれて、母と伯母の間には姉妹でありながら分厚くも繊細な壁が立ち塞がっていた。時代が移り変わって、ようやく普通の姉妹として笑い合えたと思っていたのに。そう言って涙を零す母を支えながら、父は憧憬に近い眼差しで幸福そうに眠る義妹夫婦を眺めていた。 帰り際、シリウスを呼びつけて父が言うことには、 「お前は義妹に似ちまったよ。本当に、因果って怖いな」 だそうだ。 確かにシリウスもまた、神通力には恵まれずに生まれて来た。シリウスの手には、わずかな風を得物に絡ませて小手技を振るう程度の力しか宿らなかった。しかし、かといって伯母のように魔道の素養を授かったわけではないし、頭脳も、刀の才覚も、凡才の域を出ず、唯一の才能といえば周囲に溢れた天才のおかげで、努力と根性だけは怠らずに生きてきたことだろうか。 自問していると、父は昔、よくやったようにシリウスの額を弾き、「ばぁか、違ぇよ」とわけのわからない顔で笑い、わけのわからないまま去って行った。「アルテミスちゃんをしっかり支えてやれよ」という声援を残して。 理解のある父親だとは思う。何せ、シリウスはまさしくその為だけに鐡登羅の名家から籍を抜き、努力の前に差し出された風雅軍補佐官の地位を蹴り、さらには本来の名前である“星一”という親から授けられた沙羅名さえ放棄した。所謂、親不孝でろくでなしの放蕩息子である。母には泣かれたし、弟には憎まれ疎まれた。だが、父は苦笑ひとつで追い出してくれた。おそらくは、一生、頭が上がらないことだろう。 ――瑠那伯母さんに俺が似てる、ねぇ……。 絶対に違うと思いながらも、遺伝した栗色の髪の毛を摘まんでみていると、急に首元が締め付けられた。正確に言うなら襟首を引っ掴まれて後ろへ引っ張られた。ぐぇ、と呻き声を上げつつ、上下逆さの朱い猫目と目がかち合う。 ――あ、拗ねてる。 めっちゃ拗ねてる。何かわかんないけど。 今にも舌打ちが聞こえて来そうな父親そっくりの悪人面で、目を吊り上げた恋人がそこにいた。 恋人といっても世間一般の恋人という枠に惜し嵌めてしまっていいのか、という良心の呵責はある。一応のところ旅先で「お前のコレか?」と小指を立てられれば頷くし、強行に否定されたことはないし、ヤるべきことはヤっているし、「愛はあるのか」と問われたらシリウスとしてはあると言える。と、そんないい加減だが、どうにもぴったりと収まってしまった間柄である。 天才的で、向こう見ずで、不養生で、感情の上がり下がりが測り辛くて、行動基準が猟奇的。現在、その猟奇的な部分がかなり顕著に出て来てしまっているらしい恋人は、シリウスに逆らう気がないことを判断すると、幾らか溜飲を下げた表情でそのまま彼を連行する。 ちらりと目線を滑らせたもう片手に握っていたのは、清潔そうなバスタオル。足で蹴破ったのは大陸造りのいくらか高品質なバスルームのドア。引き摺っていた手を離して、恥も外聞もなく馬乗りになってくる。嫌な予感がしたというか、嫌な予感しかしなかった。 「おい待てお前ちょ……っ!!」 ばしゃんっ。 慣れた手つきでシリウスのシャツとカーゴパンツを剥ぎ取った彼女は迷いなく、いつの間にやら湯が張られていたバスタブへ彼を放り込んだ。咄嗟に身体を支えたおかげで、タイルに頭を強打するのだけは免れた。 撥ねた湯に咽ていると、いっそ潔いまでに自ら衣服を脱ぎ捨てて、白い肢体を惜しげもなく晒したアルテミスが足の合間に割り込んで来る。まるで座椅子の代わりにするかの如く、仏頂面のまま背を預けてきた。 猟奇的で突発的で恥じらいの欠片もない所業ではあるが、本能的にシリウスは剥き出しの肩の華奢さも、手に収めれば色づく双丘の滑らかさと柔らかさも、ほっそりとした足の合間の異様な艶めかしさも知っているわけで。反射的に生唾を呑み込んで、正直な性に引き摺られそうになる愚息を叱咤する。 だがしかし、その努力を嘲笑うように彼女はふん、と鼻を鳴らすとまだうら若い臀部を股の中心に押し付けるように座り直した。 「何よ。せっかく全国男子の夢の一つである女の子から一緒にお風呂のお誘い、っていう願望を叶えてあげたんだからもっと喜びなさい」 「……お前、お誘いって言葉を辞書で引いて来い」 「つまんない。一回くらい慌てふためいて、「従姉さん、俺たち姉弟だから」とか青少年らしい初心な反応して見せなさいよ」 「現代の国の法律では従姉弟の交際や婚姻は違法じゃありません。お前がいなかったら俺だって同期の連中と初めて買う春画の背徳感とか、花街でドキドキな初体験とか、普通に初心だったよ」 ぴくり、と背を向けた華奢な白い背中が揺れた。明らかに下降した彼女の機嫌を見て、失言に気がつく。 「……ごめん。今のは俺の言い方が悪かった。正直なところ、憧れがなかったわけじゃないけど、お前とのことを後悔してるとか、そんなんじゃねぇよ」 顔半分を湯面に沈めて、分かり易くぶくぶくと拗ね始める年上の恋人に息を吐く。彼女の身体が傾かないよう、腕を伸ばしてシャワーヘッドを引き寄せると、コックを捻った。昼間のうちに温められた湯が出ているのを確認すると、ややくせ毛の白髪を梳きながら湿らせる。 伯母が愛用していたらしいシャンプーを適量、手のひらに落とし、粟立たせて目の前で揺れる髪を解していく。伊達に年単位で恋人をやっていないので、コツは心得ている。 「目閉じてろよ。泡入るぞ」 「ん」 答えた声はわずかに微睡んでいて、少しだけ安堵した。 弔問や今生の別れに訪れる人々を見続けながら、彼女は普段の減らず口を忘れたかのように静かだった。彼女は激しく泣くこともしなければ、どん底まで沈み込むこともなかった。 端的に言えば、おそらく怒っていたのである。 年下の恋人のことを世界で四番目くらいには大事、と豪語する彼女である。直接、訊ねたことはないが、その一位と二位には彼女の両親がずっと居座っていて、三番目には彼女自身が来るのだろう。彼女にとっては彼女という存在を形成する二人の存在が不可欠で、その一位、二位を一気に失ってしまって。 誰かに八つ当たりしたところで、気が晴れるものではなかった。だからこの一ヶ月、彼女は仏頂面の下で喪失感だとか、苛々だとか、ムカつきだとか、そんなものを全部噛み砕いて、呑み込んで、理解して、整理して。しっかりお別れの準備を整えてきたのだろう。寂しさや悲しさに引き摺られて立ち止まるような女ではないから、しっかりとこれからを生きるために。 ――そういうのが、何となく解っちまう俺も俺だよなぁ……。 砂や埃をシャワーの湯で泡ごと洗い流し、香油代わりのトリートメントを手に取った。艶とハリがなくなってしまっていた髪に馴染ませていく。時折、うなじのツボを刺激するのが気持ちいいのか、んーと眠たげな声を漏らしながらうつらうつらし始めた。 「身体は?」 「まーかーせーるー。あらってー」 「却下。それはさすがに我慢できない」 「この状況でなんで我慢するかな。据え膳じゃん。美味しく食べろって言われてるようなもんじゃん。っていうか、さっきからちゃんと勃ってるじゃん」 「こんな狭い中でわざと密着されたらそうなります。俺は不能じゃありません。でも却下」 「何で」 「ここにはスキンがない。今のお前の体力で避妊薬(ピル)は禁止。避妊、大事。危険行為、ダメ、ゼッタイ」 「ヘタレ。草食。甲斐性なし」 「あのな。万が一があって、旅先でぶっ倒れたら、しんどいのはお前なんだぞ」 「何で妊娠するのって女だけなんだろ。神代には男だって子供産めたわけでしょ。根性出せば男でも産めるもんだと思わない?」 「お前がそういうこと言うと、何か洒落じゃなく聞こえて怖いからやめろ」 軽く髪を流してやって、凝り固まった肩を解してやっていると、唐突に胡乱げな目を向けられた。 「あんたって本気で私に甘いっていうか、お人好しっていうか、馬鹿だよね」 「はぁ?」 「普通の男、避妊なしでヤろうって言われたら、責任取らされるってビビるでしょ」 思わずた溜め息が出た。甘やかしている自覚はあるし、人に頼まれると断り切れないという欠点込みで自分は人が良い人間なのだろうし、アルテミスと比べられたら人類のおおよそが馬鹿で括られてしまう。 「あのなぁ、アル。何度も言ってるけど、俺は自分でひくくらいにはお前に惚れてるんだよ。例えばの話、もしお前が赤ん坊を産んで、俺にその子を押し付けて、無責任にどっか姿を暗ましたとしても、俺はその子を育てながら性懲りなくお前を探す程度には好きだと思ってるし、ちゃんと愛してる」 「重い。そしてかっこつけ」 「ヘタレの凡人には、これくらいしか取り柄がないし、何も言わないでお前を誰かに盗られるのも嫌なんだよ。お前の我儘には世界の果てまで付き合うよ。でもそーゆーので、お前をしんどくさせるのはナシだ」 ふーん、と気のないように相槌を打って、彼女はぽてり、と胸板に頭を預けて来た。凡人の域を脱せなかったシリウスでも、神童やら天才やらと崇められた幼馴染に施された、手加減無し死線ぎりぎりの鍛錬のおかげでそれなりに胸板は厚く、腹は割れている。元々、体重の軽いアルテミスを水の中で受け止めるのは容易い、のだが。 ――この状況で寝るか、普通? 実に気持ち良さげに寝息を立て始めた恋人に、がくりと項垂れる。緩く首を振りつつも、それだけ気が緩められるようになったなら良い事だと、持ち前のプラス思考を働かせる。彼女の猟奇的な行動にいちいちヘビーになっていたら身が持たない。 湯冷めしない程度に温まらせてから引き揚げよう、と算段を立てながら、ふと今し方、自分自身で口にした台詞に引っかかる。 世界の果てまで。 各国の首都から外れ、交通の便も最悪なこのアパルトメントは、ある意味では世界の果てと呼べるのではないだろうか。伯母夫婦がどんなつもりでこの地を最期の住まいとして選んだかは、シリウスの与り知らないところだが、こんな世界の隅っこで息を引き取って、あまつさえ他人に触れられない硝子の箱に閉じ込められた伯母は果たして不幸であっただろうか。 それを考えると、シリウスには不孝ではあっても不幸ではないような気がするのだ。 伯母の沸点はけして高くなく、そして伯父は伯母を怒らせることに関して天才の無駄遣いを惜しまなかったが、もしも先に逝ってしまったらしい伯母が伯父の所業を知ったとして。呆れはせずとも、怒りはしないような気がするのだ。 ――ああ、そうか。 伯母たちの様を悼む人々を目の当たりにしながら、どうしてそう思ったのか。答えは単純明白で、自他共に伯父にそっくりだと認める恋人が、将来的に同じようなことを自分にやらかしても怒らないと思うからだ。自分の死を悼んでくれる人々に申し訳無さを抱きながらも、きっと溜め息ひとつで許してしまう。父親の伯母に似てしまった、という言葉はつまり、そういうことなのだろう。 ――もしかして、不安、だったのか? 胸板に頬を寄せながら眠る恋人の頭を抱きながら、彼女の情緒不安定は、父親の凶行とも言える行動を理解出来てしまったからなのではないか、と推察する。理解出来てしまって、同じ血が流れているのだと、納得してしまっていたから。 苦笑を漏らして、小柄な身体を横抱きにしてバスタブから上がる。投げ出されていたバスタオルで身体を拭ってやりながら、ガウンを羽織らせる。少しだけ強く抱きしめながら、確かめるようにもう一度、口にする。 「心配しなくても、俺に他に行く場所なんてないさ。世界の果てでもな」 この関係はいい加減で、壊れていて、間違っているかもしれないけれど、もうそれ以外には選べないこともシリウスは知っていた。
未だ明るい夕焼けを拝みながら、円は吾妻の都の土を踏んだ。沙羅の大家で、円にも馴染みの深い海神家が本家をこの東国の都に遷してしから、もう随分と経つ。
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鷹羽全章
鷹羽全章:初章【武鎧聖】 《若鷹、美高の地にて敗戦を知る》 《鷹爪暗殺》 鷹羽全章:初章【天良舞】 鷹羽全章:本章【天武蓮】 壱 弐 参 終 《鷹雛、後宮の催事にて歌を紡ぐ》 前 中 後 花 鷹羽全章:後章【天武紫音】 Ren × Kanon きみのこえ。 たりないのはひとつだけ。 決断のentrance(習作) 華歌残照 1 2 3 4 花 武神の姫の恨み唄 壱 弐 Sellria × Karla an evening calm The HAWK Soldiers Restoration_~沈黙の空~ 1 咎を抱えた鷹の雛。 鷹羽Au revoir →解釈付き 華にもなれない、鳥にもなれない The Moon of the Witch 孤独な生きもの prologue 1 2 3 4 5 6 zero 年貢は硝子の棺のその中に 前 中 後 漫画 たとえばこんなきょうだいげんか 蓮と華に纏わる唄・序 らくがき らくがき。壱 らくがき。弐 らくがき。参 【デザイン】紅鷹 外伝 人よりは悪魔に近く、悪魔よりは人に近く 花籠の庭に鷹は囀る 最新コメント
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二連と猫さんが締め……。涙腺爆発しちゃいました……。
ところで村主さんってどちらさまでしたっけ? 記憶力弱くてすみませぬ(´・ω・`)
がーちゃsideのるなちん死ネタをちょろちょろ書いたので、家に着いたらのせますねー。あと、ゆっきーのじじさまと雪音っちのお話も出来上がったので良ければ是非是非。
初恋がアルテミスで、幼馴染に繭たんがいて、教練指導(という名のサンドバッグ)に零音がいたら…どうしようもねぇ(逃げ場ゼロの意味で)
まどやんはこの為に出張って頂きました。
エマさんが来たときに瑠那ちんが最初に教授したのが沙羅風の三行半の突き付け方で、
まどやん「要らんことするなよ!」
たつやん&瑠那ちん「大事なこと(だ)!」
まどやん「( ゚Д゚)」
っていうネタを挟められなかったのだけが残念です…(←)
村主とはスグリ(植物)のことです。つまりカシスの実を指します^^
今週もおかえりなさい(*´∀`*)
楽しみに待ってますよー!