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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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年貢は硝子の棺のその中に(後編)

魔女の出てくる物語は、必ずめでたしめでたしで終わるのです。
作業用BGM(鎮命歌-しずめうた

※前半一応【R-15】くらい。
絵面的に脱いでるし、会話があけすけで下品注意。
でも致してるわけではないのでエロくはないです。シリウスが悟りを拓いていますが、これでも二十ちょうどくらい、のはず。
 
尚、シリウスは実弟には憎まれ疎まれたとありますが、シリウスの思い込みで実際には「兄様の馬鹿! もう知らないっ!」みたいな感じです。



「――はぁあ……っ」
 日暮れを迎えて、無駄に高級で柔らかいソファに沈みながら、シリウスは特大の溜め息を吐いた。ひと月の期限まであと一週間。今朝は他でもない、シリウスの生みの両親――つまり伯母の姉夫婦が訪れ、母は妹の姿を見るなり顔を覆って静かに泣き暮れた。
 伯母はけして幸せな生まれではなかったそうだ。
 鐡登羅の家では、永佳院と天武家飛鷹将軍が発起した乱が起こるまで、神通力を持たない子供は大層酷い扱いを受けていたらしい。巫女の素養を持ち、後に後宮の典侍となった母が可愛がられる一方で、生まれついて当時の沙羅では嫌悪の対象にすらなっていた魔道の素養を持っていた伯母は、六つで生家から見放されたという。
 普通の子供ならそこで攫われて、どこかに売り飛ばされそうなものだ。しかし、伯母は髪や着物を売り払い、場末の花街で日銭を稼ぎながらもしぶとく生き延びていたらしい。
 そういった壁に阻まれて、母と伯母の間には姉妹でありながら分厚くも繊細な壁が立ち塞がっていた。時代が移り変わって、ようやく普通の姉妹として笑い合えたと思っていたのに。そう言って涙を零す母を支えながら、父は憧憬に近い眼差しで幸福そうに眠る義妹夫婦を眺めていた。
 帰り際、シリウスを呼びつけて父が言うことには、
「お前は義妹に似ちまったよ。本当に、因果って怖いな」
 だそうだ。
 確かにシリウスもまた、神通力には恵まれずに生まれて来た。シリウスの手には、わずかな風を得物に絡ませて小手技を振るう程度の力しか宿らなかった。しかし、かといって伯母のように魔道の素養を授かったわけではないし、頭脳も、刀の才覚も、凡才の域を出ず、唯一の才能といえば周囲に溢れた天才のおかげで、努力と根性だけは怠らずに生きてきたことだろうか。
 自問していると、父は昔、よくやったようにシリウスの額を弾き、「ばぁか、違ぇよ」とわけのわからない顔で笑い、わけのわからないまま去って行った。「アルテミスちゃんをしっかり支えてやれよ」という声援を残して。
 理解のある父親だとは思う。何せ、シリウスはまさしくその為だけに鐡登羅の名家から籍を抜き、努力の前に差し出された風雅軍補佐官の地位を蹴り、さらには本来の名前である“星一”という親から授けられた沙羅名さえ放棄した。所謂、親不孝でろくでなしの放蕩息子である。母には泣かれたし、弟には憎まれ疎まれた。だが、父は苦笑ひとつで追い出してくれた。おそらくは、一生、頭が上がらないことだろう。
 ――瑠那伯母さんに俺が似てる、ねぇ……。
 絶対に違うと思いながらも、遺伝した栗色の髪の毛を摘まんでみていると、急に首元が締め付けられた。正確に言うなら襟首を引っ掴まれて後ろへ引っ張られた。ぐぇ、と呻き声を上げつつ、上下逆さの朱い猫目と目がかち合う。
 ――あ、拗ねてる。
 めっちゃ拗ねてる。何かわかんないけど。
 今にも舌打ちが聞こえて来そうな父親そっくりの悪人面で、目を吊り上げた恋人がそこにいた。
 恋人といっても世間一般の恋人という枠に惜し嵌めてしまっていいのか、という良心の呵責はある。一応のところ旅先で「お前のコレか?」と小指を立てられれば頷くし、強行に否定されたことはないし、ヤるべきことはヤっているし、「愛はあるのか」と問われたらシリウスとしてはあると言える。と、そんないい加減だが、どうにもぴったりと収まってしまった間柄である。
 天才的で、向こう見ずで、不養生で、感情の上がり下がりが測り辛くて、行動基準が猟奇的。現在、その猟奇的な部分がかなり顕著に出て来てしまっているらしい恋人は、シリウスに逆らう気がないことを判断すると、幾らか溜飲を下げた表情でそのまま彼を連行する。
 ちらりと目線を滑らせたもう片手に握っていたのは、清潔そうなバスタオル。足で蹴破ったのは大陸造りのいくらか高品質なバスルームのドア。引き摺っていた手を離して、恥も外聞もなく馬乗りになってくる。嫌な予感がしたというか、嫌な予感しかしなかった。
「おい待てお前ちょ……っ!!」
 ばしゃんっ。
 慣れた手つきでシリウスのシャツとカーゴパンツを剥ぎ取った彼女は迷いなく、いつの間にやら湯が張られていたバスタブへ彼を放り込んだ。咄嗟に身体を支えたおかげで、タイルに頭を強打するのだけは免れた。
 撥ねた湯に咽ていると、いっそ潔いまでに自ら衣服を脱ぎ捨てて、白い肢体を惜しげもなく晒したアルテミスが足の合間に割り込んで来る。まるで座椅子の代わりにするかの如く、仏頂面のまま背を預けてきた。
 猟奇的で突発的で恥じらいの欠片もない所業ではあるが、本能的にシリウスは剥き出しの肩の華奢さも、手に収めれば色づく双丘の滑らかさと柔らかさも、ほっそりとした足の合間の異様な艶めかしさも知っているわけで。反射的に生唾を呑み込んで、正直な性に引き摺られそうになる愚息を叱咤する。
 だがしかし、その努力を嘲笑うように彼女はふん、と鼻を鳴らすとまだうら若い臀部を股の中心に押し付けるように座り直した。
「何よ。せっかく全国男子の夢の一つである女の子から一緒にお風呂のお誘い、っていう願望を叶えてあげたんだからもっと喜びなさい」
「……お前、お誘いって言葉を辞書で引いて来い」
「つまんない。一回くらい慌てふためいて、「従姉さん、俺たち姉弟だから」とか青少年らしい初心な反応して見せなさいよ」
「現代の国の法律では従姉弟の交際や婚姻は違法じゃありません。お前がいなかったら俺だって同期の連中と初めて買う春画の背徳感とか、花街でドキドキな初体験とか、普通に初心だったよ」
 ぴくり、と背を向けた華奢な白い背中が揺れた。明らかに下降した彼女の機嫌を見て、失言に気がつく。
「……ごめん。今のは俺の言い方が悪かった。正直なところ、憧れがなかったわけじゃないけど、お前とのことを後悔してるとか、そんなんじゃねぇよ」
 顔半分を湯面に沈めて、分かり易くぶくぶくと拗ね始める年上の恋人に息を吐く。彼女の身体が傾かないよう、腕を伸ばしてシャワーヘッドを引き寄せると、コックを捻った。昼間のうちに温められた湯が出ているのを確認すると、ややくせ毛の白髪を梳きながら湿らせる。
 伯母が愛用していたらしいシャンプーを適量、手のひらに落とし、粟立たせて目の前で揺れる髪を解していく。伊達に年単位で恋人をやっていないので、コツは心得ている。
「目閉じてろよ。泡入るぞ」
「ん」
 答えた声はわずかに微睡んでいて、少しだけ安堵した。
 弔問や今生の別れに訪れる人々を見続けながら、彼女は普段の減らず口を忘れたかのように静かだった。彼女は激しく泣くこともしなければ、どん底まで沈み込むこともなかった。
 端的に言えば、おそらく怒っていたのである。
 年下の恋人のことを世界で四番目くらいには大事、と豪語する彼女である。直接、訊ねたことはないが、その一位と二位には彼女の両親がずっと居座っていて、三番目には彼女自身が来るのだろう。彼女にとっては彼女という存在を形成する二人の存在が不可欠で、その一位、二位を一気に失ってしまって。
 誰かに八つ当たりしたところで、気が晴れるものではなかった。だからこの一ヶ月、彼女は仏頂面の下で喪失感だとか、苛々だとか、ムカつきだとか、そんなものを全部噛み砕いて、呑み込んで、理解して、整理して。しっかりお別れの準備を整えてきたのだろう。寂しさや悲しさに引き摺られて立ち止まるような女ではないから、しっかりとこれからを生きるために。
 ――そういうのが、何となく解っちまう俺も俺だよなぁ……。
 砂や埃をシャワーの湯で泡ごと洗い流し、香油代わりのトリートメントを手に取った。艶とハリがなくなってしまっていた髪に馴染ませていく。時折、うなじのツボを刺激するのが気持ちいいのか、んーと眠たげな声を漏らしながらうつらうつらし始めた。
「身体は?」
「まーかーせーるー。あらってー」
「却下。それはさすがに我慢できない」
「この状況でなんで我慢するかな。据え膳じゃん。美味しく食べろって言われてるようなもんじゃん。っていうか、さっきからちゃんと勃ってるじゃん」
「こんな狭い中でわざと密着されたらそうなります。俺は不能じゃありません。でも却下」
「何で」
「ここにはスキンがない。今のお前の体力で避妊薬(ピル)は禁止。避妊、大事。危険行為、ダメ、ゼッタイ」
「ヘタレ。草食。甲斐性なし」
「あのな。万が一があって、旅先でぶっ倒れたら、しんどいのはお前なんだぞ」
「何で妊娠するのって女だけなんだろ。神代には男だって子供産めたわけでしょ。根性出せば男でも産めるもんだと思わない?」
「お前がそういうこと言うと、何か洒落じゃなく聞こえて怖いからやめろ」
 軽く髪を流してやって、凝り固まった肩を解してやっていると、唐突に胡乱げな目を向けられた。
「あんたって本気で私に甘いっていうか、お人好しっていうか、馬鹿だよね」
「はぁ?」
「普通の男、避妊なしでヤろうって言われたら、責任取らされるってビビるでしょ」
 思わずた溜め息が出た。甘やかしている自覚はあるし、人に頼まれると断り切れないという欠点込みで自分は人が良い人間なのだろうし、アルテミスと比べられたら人類のおおよそが馬鹿で括られてしまう。
「あのなぁ、アル。何度も言ってるけど、俺は自分でひくくらいにはお前に惚れてるんだよ。例えばの話、もしお前が赤ん坊を産んで、俺にその子を押し付けて、無責任にどっか姿を暗ましたとしても、俺はその子を育てながら性懲りなくお前を探す程度には好きだと思ってるし、ちゃんと愛してる」
「重い。そしてかっこつけ」
「ヘタレの凡人には、これくらいしか取り柄がないし、何も言わないでお前を誰かに盗られるのも嫌なんだよ。お前の我儘には世界の果てまで付き合うよ。でもそーゆーので、お前をしんどくさせるのはナシだ」
 ふーん、と気のないように相槌を打って、彼女はぽてり、と胸板に頭を預けて来た。凡人の域を脱せなかったシリウスでも、神童やら天才やらと崇められた幼馴染に施された、手加減無し死線ぎりぎりの鍛錬のおかげでそれなりに胸板は厚く、腹は割れている。元々、体重の軽いアルテミスを水の中で受け止めるのは容易い、のだが。
 ――この状況で寝るか、普通?
 実に気持ち良さげに寝息を立て始めた恋人に、がくりと項垂れる。緩く首を振りつつも、それだけ気が緩められるようになったなら良い事だと、持ち前のプラス思考を働かせる。彼女の猟奇的な行動にいちいちヘビーになっていたら身が持たない。
 湯冷めしない程度に温まらせてから引き揚げよう、と算段を立てながら、ふと今し方、自分自身で口にした台詞に引っかかる。
 世界の果てまで。
 各国の首都から外れ、交通の便も最悪なこのアパルトメントは、ある意味では世界の果てと呼べるのではないだろうか。伯母夫婦がどんなつもりでこの地を最期の住まいとして選んだかは、シリウスの与り知らないところだが、こんな世界の隅っこで息を引き取って、あまつさえ他人に触れられない硝子の箱に閉じ込められた伯母は果たして不幸であっただろうか。
 それを考えると、シリウスには不孝ではあっても不幸ではないような気がするのだ。
 伯母の沸点はけして高くなく、そして伯父は伯母を怒らせることに関して天才の無駄遣いを惜しまなかったが、もしも先に逝ってしまったらしい伯母が伯父の所業を知ったとして。呆れはせずとも、怒りはしないような気がするのだ。
 ――ああ、そうか。
 伯母たちの様を悼む人々を目の当たりにしながら、どうしてそう思ったのか。答えは単純明白で、自他共に伯父にそっくりだと認める恋人が、将来的に同じようなことを自分にやらかしても怒らないと思うからだ。自分の死を悼んでくれる人々に申し訳無さを抱きながらも、きっと溜め息ひとつで許してしまう。父親の伯母に似てしまった、という言葉はつまり、そういうことなのだろう。
 ――もしかして、不安、だったのか?
 胸板に頬を寄せながら眠る恋人の頭を抱きながら、彼女の情緒不安定は、父親の凶行とも言える行動を理解出来てしまったからなのではないか、と推察する。理解出来てしまって、同じ血が流れているのだと、納得してしまっていたから。
 苦笑を漏らして、小柄な身体を横抱きにしてバスタブから上がる。投げ出されていたバスタオルで身体を拭ってやりながら、ガウンを羽織らせる。少しだけ強く抱きしめながら、確かめるようにもう一度、口にする。
「心配しなくても、俺に他に行く場所なんてないさ。世界の果てでもな」
 この関係はいい加減で、壊れていて、間違っているかもしれないけれど、もうそれ以外には選べないこともシリウスは知っていた。



Side-M

 未だ明るい夕焼けを拝みながら、円は吾妻の都の土を踏んだ。沙羅の大家で、円にも馴染みの深い海神家が本家をこの東国の都に遷してしから、もう随分と経つ。
 東の拠点地のひとつとして長らく発展を止めていた都だったが、夜を控えた黄昏に染まる街はにわかに色づいて、活気づいていた。本都に比べて、まだまだ整備自体は不十分なものではあったが、年々、人口と共に華やかさも増していっている。目的の屋敷を目指して中心街の大通りを歩く円にも、商売時を狙ってかけられる声は多かった。物売りならば適度に冷やかし、“花”売りならば既婚者だからとやんわり交わす。もう若くはないのに、お声はかけられるものなんだな、と本当に若かった頃には、そんなことを考えるようになるとはついぞ思いもしなかった自分を思い出して苦笑する。
「ちょいと、そこ行くお兄さん」
 軽やかな足取りで円の行く先に、大きな竹籠を提げた少女が現れた。歳の頃なら十に届くか否か程。まだあどけない童顔の中に、一欠片の強かさを覗かせて、籠の中から丁寧に折られた手毬の折り紙を差し出した。
「うちは花売りやないよ。そう身構えんといてぇな。お兄さん、領屋敷のお偉いさんに会いに行く人やろ?」
 人懐っこそうな、しかし、しっかり営業用の笑顔を浮かべる少女の手から受け取ったそれは、甘味茶屋の宣伝だった。どうやら茶屋の傍らで、細やかな芸事を披露する小店らしい。春の新作と銘打たれて、桜餡の菓子名が並ぶ。
「暇やったらよろしゅうに。ご夫婦や恋人とご一緒もええで。御屋敷の大将や若様によろしゅう言うてやぁ」
 ほな、さいならなぁ、と立ち塞がったときと同じ軽やかさで少女は通りの向こうへ駆けていく。円を吾妻の御殿の客と知りながら、贔屓を狙って声をかけて来たのなら、歳の割に相当強かで抜け目のない少女だ。結い上げた一つ結びの髪がひらり、と揺れて人並みに紛れるのを見送って。その後ろ姿に、つきん、とした痛みが円の胸を刺した。
 そう、彼女もまた、そんな少女であった。
 あどけない童顔で、人懐っこそうな笑顔を振り撒いて、歳に見合わない強かさで自分の弱さも他人の弱さも隠し通して。心配ばかりをかけるくせに、記憶に残る姿は甘えて懐に飛び込んでくるでもなく、こちらを見て嬉しそうに微笑むのでもなく、両手をすり抜けるように去り、駆ける、先程の少女のような後ろ姿ばかりなのだった。
 唐突に届けられた一人の女の訃報は、都を震撼させるほどではなかったが、それでも多くの人間の心を揺さぶった。後の歴史に名を刻むことをしたわけもない、戦死や殉職したというわけでもないから碑や社が建てられるようなこともない。あと三代ほど経ってしまえば、その女が沙羅出身であったことさえ、誰も覚えていないかもしれない。
 それでも、彼女の死は今を生きている人間の胸を打ち据えた。そのあまりに若すぎる死から約一年。
 円の歳は着実にまた一歩、五十の大台に近づいた。最期を見送りに赴いた蒼牙や萌や八尋の話を聞いた。後続や息子たちを育て上げる忙しさの合間を縫って、彼女の娘が慎ましく建てた墓に参りもした。夏には村主と月を描いた二つの精霊(しょうろう)を流した。時間が経過すれば実感も湧くだろうか、と思って一年、やっぱり信じ難い気持ちは消えなかった。
 整備途上にある吾妻の都の華やぎは、その昔、若さのままに駆け回った都の花街に少し似ている。だからなのか、円は今でもその辺りの庭木や屋根や路地裏の影から、ひょっこりあの赤い塊が顔を出して、お説教という名の駄目出しをして、授業料と称してみつまめを強請ってくるのではないか。そんな気がしてならないのだ。
 甲高くも、憎たらしく、五つも上であるはずの円を笑っていた小生意気な声が、懐かしくて仕方がなかった。
 ――本当に、人の気も知らないで、勝手な奴……。
 都を伝って早馬で届けられた訃報に、龍彦はきつく歯を噛みながら、「年上の立て方を躾けられなんだ、あの馬鹿娘」と瞑目した。
 彼女は知っていたのだろう。栄え始めた吾妻の御殿から、龍彦が離れるわけにいかないということを。
 彼女は解っていたのだろう。度々、あきらの往診の為に吾妻と本都を往復していた円が仕事に忙殺されていることを。
「おお、これはなんとうつくしいひめぎみだろう!」
 舌足らずな声を聞いて、ふと顔を上げると、空き地に集まった童たちが即興のごっこ遊びに興じていた。
 昔、子供が多く集まる生家の医療所では、円の父親が集めた大陸の童話に準えたごっこ遊びが流行っていた。茨姫、白雪姫、灰かぶり姫、美女と野獣、カエルの王子様。誰だってお姫様をやりたがり、誰だって王子様をやりたがる。仕方がなしに円は集まる子供の人数分だけ、馬車だったり、お城の兵士だったり、のっぽのくせに小人だったりした。
 その様をからからと笑いながらも、まだ少女であった彼女は、ある時は糸車の針を用意し、あるいは毒りんごを子供に差し出し、あるいはガラスの靴を授けて、あるいは王子を獣やカエルに変えた。自ら名乗った通りに、そんなところまで“魔女”という役割に固執した。
 お伽話の中でくらい、お姫様をやっても罰は当たらないだろうと、円が声をかけると、彼女はお伽話の魔女こそ魔女たる本分だと語ってみせた。時には慈悲を、時には罰を、姫と王子が出会うきっかけを生み出す存在でありながら、姫と王子が幸福そうにダンスを踊るカーテンコールの中にその姿はなく、特別にその後を語られることもなく、物語はめでたしめでたしで幕を閉じる。
 蒼牙の淡く愛らしい初恋を拾い上げ、正しく導いて正しく終わらせたのは瑠那だった。学級で恥知らずに雪路を貶める担任教師の鼻を挫いて折って倍返しの恥を晒したのは瑠那だった。産まれたばかりの蒼牙に戸惑うあきらに姉としての役目を教えたのは瑠那だった。互いの天邪鬼さを理解しながら萌と酒を酌み交わしていたのは瑠那だった。長い髪が邪魔なら切ろうと言う華音を見つけたのは瑠那だった。蓮に彼女の髪飾りを選ぶよう言い付けたのは瑠那だった。道化を演じ続けて姉の香羅の立場と恋心を守り続けたのは瑠那だった。
 与えられた家族の温もりに当惑する龍彦へ目印の灯りを手渡したのは瑠那だった。
 敷かれた道筋に反抗し続けていた円と共に叱られ、怒られ、一緒に居残っていたのは瑠那だった。
 魔女は誰に知られることなく、こっそりと舞台を降りるものだと、大人ぶった口で語った少女は、最期に本当に心配さえさせてくれずに、あんな寂しい土地を選んでひっそり消えてしまった。
 彼女が魔女である以上、彼女が魔女である限り。この物語はめでたしめでたしで終わるのだ。めでたしめでたしであるべきで、大体、おおよそ、お姫様と王子様が結ばれて、魔女のその後の人生など蚊帳の外に置き、幸福なまま終わって然るべきなのだ。
 ――めでたしめでたしだよ。みんな、幸せそうだよ。幸せに暮らしてるよ。でもな。
 やっぱりここはお伽話の中なんかじゃなくて、ふとした弾みでみんなは魔女を思い出す。そしてつきり、つきり、と寄る辺の無い胸の痛みを時間や盃に託して過ごす。少なくとも円はそうであったし、これからもそうなのだろうと思う。
 痛みは時間と共に和らいでいくだろう。
 記憶は呑んだ盃の分だけ褪せていくだろう。
 けれど、無になる日はきっと訪れないと思うのだ。
 結婚をしても、彼女の天邪鬼で意地っ張りな悲観主義は治らなかった。あきらのように地に足をつけて落ち着いて伴侶を頼ることもなかったし、華音のようにたった一人を想って自分を着飾ることもなかったし、萌のように真っ直ぐに向けられる愛情を幸福として享受するようにもならなかった。それでも喧嘩というじゃれ合いを繰り返す彼女らはお似合いに見えたし、花を貰えば満更でもなさそうで、服を貰えれば文句を言いながらも身に着けて、自他ともに認める整い過ぎた顔を近づけられれば顔を赤らめさせていた。
 急に変わらなくともいい。未だ長い先を、ゆっくりと老いていけば、彼女もいつかはお姫様の幸福を知るときが来るだろう。そう気を長くしていた、矢先だった。そんな、矢先であったのに。
 つん、と熱くなった目の奥を誤魔化しながら、円は歩く。もう大分、日も傾いてしまった。思い出に浸ってばかりでは、本当にあのお節介焼きは枕辺まで小言を言いに訪れるかもしれない。
 そうして屋敷への道を急ごうとした、そのときだった。
「みにゃあぁーご、みぎゃっ」
「いでっ!?」
 後頭部に跳んで来た妙に柔らかでぐにゃりとした物体に、円はつんのめった。頭を急襲して来た物体は、ずるりと背中を落ちていくが、獲物を逃がすまいと爪を立てているのか、ぴりぴりした痛みを円の背中に残しながらずり落ちる。びりびりという衣服の可哀想な悲鳴も聞こえて、慌てて背中に貼り付く物体を捕まえてみれば。
「……猫?」
「みゃぁーぎゃっ!」
「いだっ!」
 襟首を摘ままれた真っ黒な、まだ仔猫と言っていいほどの大きさの猫は、離せとばかりに前足で円の頬を打ち据えた。肉球は痛くないが、研がれた爪はちゃんと痛い。
 円の手から逃れた猫は、宙でくるりと一回転してみせると、綺麗に着地した。今度はてしてし、と円の踝を攻撃すると、尻尾を立てながらほてほて歩いて立ち止まる。振り返って、綺麗な緑青色の瞳で凝視してくる。首輪は無い。
「……ついて来い、って言ってるのか?」
「みゃぎゃ!」
 まるでこちらの言葉を理解しているかのように、猫は円の独り言に反応した。そしててふてふと、人間にも通れる広さの道を、何度か円を振り返りながら歩いて行く。段々と狭い路地裏に向かう道に不信を抱いて歩みが遅くなると、猫は前足や尻尾で急かしてきた。
 そうして辿り着いた路地のどん詰まりで、猫は突然、俊敏になってそこに蹲っていた白い塊に駆け寄った。白い塊の反応は極鈍く、近づいた黒猫に気がついても、緩く尻尾を上げるだけだった。
 円は草むらに隠された白い塊を覗き込んで、目を張った。横たわった白猫。左側の前足は千切られて、すぐ側に転がっていたその足の残骸は紫色に化膿して朽ちかけていた。千切られた前足は膿まない代わりに新しい血を垂れ流していて、その傷口を懸命に黒い猫が舐めている。
 ――馬車か、牛車か……轢かれたのか? それで膿んで、まさか。
 気だるげに横たわる白猫の口周りは赤黒く汚れている。まさか、膿んでいた足を自ら噛み千切ったのだろうか。唖然とする円に焦れたように、黒猫が不満の声を上げる。べしっ、と尻尾が足を叩く。お前が治せることは知っているんだぞ、と言わんばかりに猫目で睨む。
 その強かにも優しい目は、まさに。
 去来したつまらない妄想を肯定してくれるように、力無く開かれた白猫の瞳は、夕焼けより鮮やかな朱い色をしていた。


 遅い、と口にしかけた龍彦の視線は、円の腕に収まって転がる白い猫と、肩口に爪を立ててぶら下がる黒猫で止まった。白猫は瀕死に喘いでいたとは思えないほどのふてぶてしさで、円の腕で寛いでいるし、黒猫は白猫が無事だと解ると移り気激しくきょろきょろと円の潜った庵の中を見回している。
 龍彦はいつまで経っても治らない眉間の皺をさらに深くして、二匹の猫と睨みつけた。いや、ただよくよく観察したいだけで本人に睨みつけているつもりはないのかもしれない。
 黒い猫はそんな視線に晒されながらも、猫特有の図々しさで無視を決め込んだ。円の肩から身を乗り出すと、ふんふん、と鼻を鳴らし、とん、とん、と円の肩から龍彦の肩に飛び移り、またすぐに敷居の向こうへ降り立った。真新しい畳に足跡がつくのも構わず囲炉裏端に近づく。龍彦が軽く酌をしていたのだろう、酒の肴の炙ったママカリに目をつけた。てしてし、と皿の上から引き寄せると、無遠慮に鼻をひくつかせながら幸せそうに食み始める。
「おいこら、うわっ?」
 その黒猫の行動が気に障ったのか、何なのか、今まで大人しく円に運ばれていた白猫が、のそりと起き上がるとその手から跳び出した。三本足だというのに妙に器用に着地すると、のそのそとやはり気だるげに、そして面倒臭げに、黒猫の傍らで座布団の上に丸くなる。そして黒猫が食んで柔らかくなったママカリの残りを勝手に拝借して、くちゃくちゃと噛み始めた。
 まるで我が家であるかのように勝手に上がり込んで、勝手に寛ぎ始める二匹を見て、円は隣の幼馴染の顔を窺う。龍彦は特に機嫌を害することも無く、それでも活発な性格らしい黒猫が徳利に目をつけたことに気がつくと、その首根っこを摘まみ上げた。黒猫はもちろん、不満げにみぎゃあ、と抗議の声を上げるが、龍彦が袖口から取り出した煮干しを口に突っ込まれると機嫌を直したらしい。かりかりと八重歯を見せながら食み始める。白猫はいつのまにか皿の上のママカリをすべて片付けていた。座布団の上が気に入ったらしく、くぁ、と欠伸をして寝そべっている。
「……何をしている、昼行燈」
「は?」
「猫を連れてくるなら、きちんと首輪も買って来い。その歳になって遣いも十分に出来ないのか」
「え、ちょ、今からっ!?」
「無論だ」
 しなやかな毛並みがお気に召したのか、龍彦は黒猫を膝に乗せたまま、別の座布団を引き寄せて腰を下ろす。その膝の上で自由気ままにごろごろ転がり始める黒猫と、ひたすらにマイペースに寝息を立て始める白猫と。
 円は突きつけられた理不尽なお遣いに溜め息を吐きながら、しかし、泣き笑いのような表情でくしゃりと髪を掻き上げる。
「ホント、人の気も知らないで、勝手だよ。お前たち」

 だから、この物語はめでたしめでたしで終わるのです。
 
 
                                     -了-

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危険行為、ダメ、ゼッタイwww

私としては、シリウスはかなりの男前ですよ! 惚れ直しました(・∀・)

二連と猫さんが締め……。涙腺爆発しちゃいました……。
ところで村主さんってどちらさまでしたっけ? 記憶力弱くてすみませぬ(´・ω・`)

がーちゃsideのるなちん死ネタをちょろちょろ書いたので、家に着いたらのせますねー。あと、ゆっきーのじじさまと雪音っちのお話も出来上がったので良ければ是非是非。
安全安心健康がモットーですwww

男前というか男前に教育されたんだと思われますw
初恋がアルテミスで、幼馴染に繭たんがいて、教練指導(という名のサンドバッグ)に零音がいたら…どうしようもねぇ(逃げ場ゼロの意味で)

まどやんはこの為に出張って頂きました。
エマさんが来たときに瑠那ちんが最初に教授したのが沙羅風の三行半の突き付け方で、
まどやん「要らんことするなよ!」
たつやん&瑠那ちん「大事なこと(だ)!」
まどやん「( ゚Д゚)」
っていうネタを挟められなかったのだけが残念です…(←)
村主とはスグリ(植物)のことです。つまりカシスの実を指します^^

今週もおかえりなさい(*´∀`*)
楽しみに待ってますよー!
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