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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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孤独な生きもの-4

※人生を賽の目に例えるならば、あの目は丁だったのか、半だったのか。


 
 6歳という年齢には見合わない情報網と、身体能力を成長させているうちに、ひと月余りが過ぎた。
 日々の寝床と生活費の確保に走り回っていたから、瑠那の中から既に日付の感覚は失せていた。ひと月という時間に気が付いたのは、自分に纏わる噂を耳にしたからだ。曰く、『皇族府の大家の娘がひと月の間、消息不明のまま死んだらしい』と。出所を探ってみると、修学院で囁かれている噂のようだった。
 特に感想はなかった。一応、今まで体裁を繕って出席していたのが、ひと月も顔を出さないとなるとそうなるだろうな、くらいで。祖父や父はどう思うだろうか。恥の上塗りをしたとして、憤慨しているだろうか。いや、元々、『アレは本家の子供などではない』と公言して憚らなかった人たちだから、好機と見て噂を真実に変えようとするかもしれない。
 ――しばらく派手な動きは止そう。
 情報は仕入れるだけに留めて、細々とした雑用で生活費を稼いだ。これはこれで体力を鍛えられるのでいいのだが、街中を動き回らなければいけない分、常に警戒を解くことが出来ない。本当は籠城が一番良いのかもしれないが、その場所を確保するだけの資金はまだない。
 周囲に神経を張り巡らせながら、提灯の灯りが降り注ぐ街を歩く。その日の仕事は、煙管の灰を指定された飲食店まで運ぶ仕事だった。食器の洗剤代わりになるらしい。世の中というものは無駄なくよく回っているものだ。感心しながら歩いていると、不意に肩を叩かれた。
 一日中、働きづめだったせいで勘が鈍っていたのかもしれない。普通なら、ここまで背中に他人を近寄らせたりはしないのに。
 すぐに振り向きはせずに、殺気の有無と人通りを確認する。幸い、ほどほどに広い大通りだ。すぐ脇にはそこそこ出入りのある湯屋と待合茶屋がある。いきなり引き摺り込まれそうな路地はない。よし、この位置からなら何があっても逃げられる。
 そう算段をつけてから振り返って、繕った笑顔が若干、引き攣った。
「君が瑠那ちゃん?」
 あくまでにこやかに、子供に向ける穏やかな口調で尋ねられた。だが、瑠那は肩に手を置いて名前を問う青年――おそらくは十を出る頃――と、すぐ後ろに控えていたもう1人の青年の顔に、苦笑いを浮かべるのがやっとだった。
 知り合いにぶち当たったわけではない。一方的に知っているだけだ。すっかり鍛えられた脳みその演算能力が、さらさらと目の前の2人に関する情報を引き摺り出す。
 友好的な笑顔と言葉を向けて来た方が篠田円。蜜柑色の髪と歳の割に高い身長が特徴で、修学院内では学術、身体能力共に第二位を誇る。護廷十臣将内五臣将、黄龍軍大将の嫡男だが、親子間の仲は主に就職に関する問題で微妙。余計な情報だが、女遊びと喧嘩の実績はあんまり誉められたものじゃあない。
 そして彼の背中に控えたもう1人――何故、般若の形相で睨みつけられている意味が分からないが――は海神龍彦。眉目秀麗、才色兼備、修学院に入学してからの成績は学術、身体能力共に常に第一位。護廷十臣将内五臣将、青龍軍大将嫡男。この青龍軍というのが、またややこしい血統にあって、今現在は分家の人間が当主を務めているが、直系であるのは彼の方で、ゆくゆくは当主に収まるだろう器と能力の持ち主で、史上最年少で十臣将の軍隊試験を合格したやら何やら。とりあえず情報を集めるだけ集めた結果、瑠那の中で『何だそのチート』と認識されていた人物、のはずである。第一印象が、噂の壮大さと比べてやや背丈は低いんだな、と……まあ、今、口に漏らせば確実に拳骨を喰らうようなことを考えた。
 ――いやいや、問題はそんなところじゃあなくて。
 要は2人とも、俗に言う良家の御子息であるわけで、遊里に通うとしてもこんな場末の街ではなく、もっと上級の……それこそ良家のご令嬢が芸事を習いに行くような嶋原辺りの常連である、はず、だ。
 ――それが何でこんなところに? それも自分に何の用だ?
 篠田円は自分のことを名指しで呼んだ。ということは、身ばれはしているわけである。ざわり。頭の中の勘が、嫌な感覚を伝えてくる。いつ動く? それとも下手に動かずに煙に巻く? 駄目だ、判断がつかない。
 そのまま答えずにいると、篠田円の方が瑠那の全身を眺めるように見てから、嘆くような息を吐いた。
「まだすげーちっさい子じゃねぇか。何考えてんだよ、あのおっさんたちはよ……」
「そんなことはどうでもいい。早く確保してこの場を離れるぞ」
 ざわり。また全身の毛が粟立った。高速で回転していく頭が、どこかで漏れ聞いた噂の一片を呼び起こす。曰く――海神家の嫡流は皇族に対して絶大な信頼を誇っている、秘密裏に何らかの重要任務を与えられている、と。
 情報屋の物真似を始めて誓ったことがある。真偽の判然としない噂は、聞くに留めて下手に吹聴しないこと。ただし、その噂が自身に振りかかってくるものであれば――
「鐡登羅瑠那、で間違いないな? 悪いが、一緒に来て貰おうか」
 ――最悪の事態を想定して動くこと。
「うわっ!?」
 かちり、と思考を完成させた瑠那は目の前に立つ篠田円に、灰の詰ったゴミ箱を投げつけた。突然の反撃に肩から手を離した彼に背を向けて走り出す。勿論、こんなもので撃退できるはずもない。反射的に払われたのだろう、灰のゴミ箱は派手な音を立てて地面に転がると、盛大に中身をぶち撒けた。
 背を向けて走っていた瑠那はそのゴミ箱の音を聞きながら、振り返る。目の前には地面に積もった灰。その向こうにはこちらに向かって手を伸ばす件の2人組。
「ちょっと待て、俺たちは……っ!」
「我望む、駆けるは無垢なる虞風の旋律、吹けヴァイオレントゲイル!」
 早口で唱えたのは、ただの無害な強風を巻き起こす魔道だった。赫霊術四大要素、風の中で最も単純にして簡単な呪詛。だが、瑠那の巻き起こした虞風は彼女の立ち位置から大量の灰を巻き上げて、煙幕さながらに慌てた様子の2人組を襲撃する。
 若干、巻き込まれた周囲に心の中で謝罪しながら、瑠那は湯屋の軒先の花壇を跳び越えて、屋根の上へと上がる。ただ逃げるだけでは駄目だ。今までのただの賊とは格が違う。中途半端では逃げ切れない。現に、
「――留まれ、若水」
 煙たい空気を震わせて届いた声に呼応して、周囲の温度が低下した気がした。雨のようにばら撒かれた水は、舞い上がった灰の煙幕をいとも容易く抑えつけてしまう。
 瑠那は屋根の上から背後を振り返った。眉目秀麗とはよく言ったもので、触れただけで斬られそうな視線と目が合った。水は彼を中心にしてばら撒かれている。濡れた地面の真ん中に、2人組は立っていた。
「げっほ、ごほっ、おい龍彦! いきなり断りなく使うな! 俺の服までびちゃびちゃに……!」
「我望む、落つるは鮮美なる雷光の煌き、落ちよライティング・ホーン!」
 その渦中へ向けて、瑠那は容赦なく唱えていた雷光の呪詛を振り落とした。これも下級呪文だ。ただ一条の雷を生み出すだけの呪詛である。だが、濡れそぼった周囲と雷の性質が呼応したなら、その威力は倍になる。
 斬るような目で瑠那を睨んでいた男が、それを悟ったのか、ふらりと動いた。傍らにいたもう1人の男の背中を蹴り出すようにして、その反動を利用し、自分は水陣の外へと転がる。
 ――な……っ!
 ばりんっ、と硬質の陶器が割れるような音がして雷が落ちる。屋根の下の惨状を見て、瑠那はじっとりとした汗を拭った。
「……片割れを犠牲にして生き残るって……何て味な真似を」
「この程度でアレは死なん。無駄にでかい身長が避雷針になって丁度良かったな」
 まずい。
 瞬時に悟る。
 自分とアレは同種だ。
 目的の完遂の為なら、多少の犠牲は惜しんでくれない。
 呪を使われたなら、こちらもとばかりに男の指が印を描く。瑠那も出来得る限りの男の情報を反芻しながら、対抗出来そうな呪詛を編んだ。
「霜ッ霊よ、集いて嘆け、憂い哭け。眠り誘い、冬花(とうか)咲きけり。――凍れ、氷華篭結!」
「我呼ぶ、穿つは呪われし永遠の灯火、尽きよ、フレアバインド!」
 互いに紡ぐ言葉は違うが、詠唱が終わったのはほぼ同時だった。正面から叩きつけられる膨大な冷気に、振り下ろしたのは、威力はそこそこだが広範囲を包んでくれる火炎膨張の呪詛である。真っ向から激突した2つの呪詛は、絡み合って暴発し、大量の水蒸気を撒き散らした。たちまち周囲に深い霧が立ち込めて、各所から短い悲鳴が上がる。
 しかし、それに構っている余裕などない。真面に術を喰らうのは避けられたが、漂う大量の水蒸気は海神――つまり水氷の術を扱う相手の独壇場になる。
 瑠那は舌打ちをして、跳躍の為、足に力を込めながら早口で詠唱を終えた。
「我望む、求めるは無垢なる風の加護、舞えフロウフロート!」
 ふわり、と一定の重力が瑠那の身体から消える。同時に足に、腕に、熱量が集まって神経が全方向に広がる感覚が身体を包み込んだ。そのまま跳ぶと、瑠那は離れた隣の屋根に易々と乗り上げた。
 ――本当は使いたくないんだけど……!
 己の身体にかかる重力を軽減させ、一時的に身体能力を飛躍させる簡易術。欠点はしっぺ返しとして、明日は一日筋肉痛で動けなくなるだろうことか。使いたくはない手だったが、この際致し方が無い。
 水蒸気の区画を抜け出すように、屋根から屋根へと跳び移る。その間も思考は止めずに、ローブの中に仕込んだ小刀の数を数え始める。しかし、彼等に瑠那の我流の小刀投げが通用するのか。答えは否だ。
 ――とりあえず、魔力切れが起きる前に逃走しきる!
 そして今宵一晩はどこかに籠城を決め込むしかないだろう。駄賃は貰えなくなったが、この際、仕方がない。経験上、相手が取り逃がした獲物を一度で諦めてくれる可能性は低い。一晩で体力を戻して河岸を変える必要がある。
 低い屋根から高い屋根へ、長屋造りの空を跳び逃れながら算段する。その耳に、びきり、と不吉な音が届いたのは水蒸気の闇からやっと抜け出したときだった。
「!」
 肩越しに振り返って、瑠那は戦慄する。瑠那の走る経路、つまり屋根と壁を伝って、びきびきと硬質の音を奏でながら氷の蔦が這いずっている。それは紛れも無く、瑠那を捕えようと迫り来る氷の縄も同然で、周囲の空気を凍てつかせながら迫っていた。
 慌てて次の屋根に飛び移って、今度は前方のやたらと明るい輝きに気が付いた。提灯の灯りが届かない屋根の上、月明かりだけが暗く照らす夜空に、複数の狐のような、鼬のような真っ白い獣の姿が浮かび上がる。その細い目は明らかに獲物を狙う目で、瑠那に向けられている。
 ――式神……!
 挟み撃たれた、と瑠那が気が付くと同時に、紙の狐はこちらの足を絡め取ろうと疾走し始める。
 考える時間は1秒。後方に退くか。前方を突破するか。元が紙である式神の弱点は水か炎、背後の蔦は火力と小刀であしらえるか否か。なら突破に賭けるか。
 ――否!
 瑠那は氷の蔦から逃れて、一段低い周囲の屋根より少々煤けた長屋の屋根に飛び移る。そのまましゃがみ込んで、湿った木造の屋根に両手をついた。
「我滅す、触れたるは不可視なる混濁の道標……」
 背後には蔦、前方には狐。ぎりぎりの線まで引きつけて、両手に集まる熱を放射する。
「砕けブラスティ・ストライク!」
 指先から掛けられた不可視の圧力に、崩れかけた屋根があっさりと瓦解する。崩れた足元に逆らわずに瑠那はその場から垂直に落下した。長屋の中へ落ちる刹那、ぽっかりと空いた屋根から見えたのは、互いに激突し合ってもがく氷の蔦と白い狐の姿だった。
 
 
「いたか?」
「うんにゃ、台所の窯ん中まで見たけどいねぇ。空き家だろ、ここ。あと探すとこなんかねぇぞ」
「ちっ。まったく、誰かが余計なことをしてくれたおかげで二度手間か」
「あーっ! お前、うちの可愛い狐たちを氷漬けにして置いて良く言ういって!?」
「……狐たちには詫びを言う。まだ遠くには行っていないはずだ。探すぞ」
 くぐもった会話が途切れた。ざくざくという灰と瓦礫が転がる空き家の床を踏み鳴らす音が遠のいていく。やがて戸口から出て行ったのか、声も足音も消えて、聞こえるのはひどく遠い喧騒だけになった。
 瑠那は狭い隙間に身を縮ませつつ、長い息を吐き出す。
 彼等が随分と長い間、家の中を探し回ったのは、わずかな気配がここに残っていたからだろう。ずっと息を潜めていたから、正確な時間は解らないが。
 瑠那がいるのは彼等の足の下――屋根を突き破って着地した空き家の地面に、即席で造り上げた地下道である。鉱山都市で発達したらしい、ただ土を掘り起こすだけの低級呪文が、こんなところで役に立つとは思わなかった。子供1人分の穴だけを開拓し、身を滑り込ませると、同じように土で蓋をする。彼等が踏み込んで来たのはその直後だったから、まさに間一髪だった。
 もぞもぞと動いてうつ伏せになると、瑠那はまた同じ呪文を目の前の暗闇に向かって放つ。掌分の空洞が出来て、匍匐前進で進む。
 まるで脱獄犯になった気分だが、真っ正直に空き家の戸口から脱出するのは、まだ危険だろう。かといってさすがに地面の下は空気が薄い。このまま少しだけ掘り進めて、どこかで上向きに掘れば、どこか別の場所に出る。一先ず、魔力が尽きる前にこの界隈を離れなくては。
 それだけを考えると、ひたすらに同じ呪詛を唱え続けた。極軽い呪詛ではあるはずだが、先程の酷使が祟っている身体は次第に重くなっていく。
 ――また明日も同じように来られたら……まずいなぁ。
 正直、連夜続けて相手に出来る自信はない。顔を知られた分、見つけ出されるのも早いだろうし、幾つか手の内も知られてしまっている。自分より強い相手に対抗するには不意打ちが原則だが、相対を重ねれば重ねるほど、方法の範囲は狭まっていく。
 ――やっぱり、どこか籠城出来る場所を探そう。
 当面、資金不足に陥るかもしれないが背に腹は代えられない。そう心を決めて、穴の中で身体を反転させる。
「我求む、奪い去るは穢れなき大地、崩せアースダスト」
 ぼこりっ、と弾けるような音がして月の細い夜空が天上に現れた。既に疲労の激しい身体を引き摺って、穴の中から這い出た。
 その刹那。
「!」
 警戒だけは怠っていなかった、尖らせた神経に悪寒が走った。咄嗟にローブの袖に隠していた小刀を、空気が動いた方向へ投げ放つ。鈍い金属音を立て、小刀がひしゃげて地面へ落下した。
「ほう、これは驚いた」
「……」
 穴の繋がった先は、通りの裏側に位置する小さな林の中だった。枯れ枝の混じる腐葉土を踏む足音。感心とも嘲笑ともつかない声。その声は、先程、穴の中で聞いていた2つの声とはまったく別の人間の声だった。例えるなら、そう。通りは良いのにどこか生温い、あまり触れたくない真夏の澱んだ風のような。
 心臓が嫌な高鳴りを始める。今日は余程、運が悪いのか。それともこれまでの強運が過ぎたのか。
 既に息切れを起こし始めている体を隠しながら、瑠那は振り返った。
 提灯の灯りも、細い月の明かりも届かない、林の闇に紛れるように、その影は立っていた。深く、深く、周囲に融け込むような黒い装束を纏い、ただ佇む男。確かに視界に入っているのに、存在感は限りなく希薄で。異常な気配の希薄さに気付く。意図してここまで気配を消すことの出来る――手練れだと。
 今夜、2度目になる冷や汗が瑠那の背を伝う。ああ、厄日だ。それともこれが年貢の納め時というやつなのだろうか。
 ――冗談じゃない。
 石に齧りついても、みっともなく足掻いても、最期の最期まで生き抜いてやる。あの裏寂れた路地裏で、Lunaという名前を冠した魔女は産まれた。魔女はそんな往生際の良い生き物じゃあない。
 形だけの余裕の笑みを浮かべて、彼女は佇む影に声を返した。
「率直に聞くけど……あなた、あの人たちのお仲間さん?」
「そう見えるか」
「ないわね」
 自分で放ってひしゃげた小刀を視界の隅に留めて、瑠那は背筋を凍らせながら答える。そこには、曲がった小刀だけが転がっていた。そう、小刀だけ。
 ――ならば、小刀を壊したものはどこにある? あれだけの殺意を灯した一撃を、彼はこの距離からどんな方法で、“何”を放った?
 瑠那は他愛無くも思えるお喋りに乗る振りをしながら、必死に懐に入れられたままの男の手を観察する。男が腕を抜いたその瞬間、自分が息をしているかさえ、この状況では分からない。
「少なくとも……彼等は私を“捕獲”しようとしていたようだし? まあ、一応人通りのある通りだったからそうしただけかもしれないけど」
 けれど、この男は。
 はっきりと殺そうとして、初動を放った。もしかしたら、今夜の本番はこちらだっただろうか。今さら、限界寸前まで使い果たした魔力を嘆く。
「で、あなたはどこのどちらさまなのかしらね。これから殺す予定の子供にくらい、教えてくれても罰は当たらないんじゃない?」
「……口の減らない子供[ガキ]だ」
 駄目元の挑発は、あっさりと蹴り返された。舌打ちする。男は地面に落ちたままの小刀を睥睨し、「ふむ」と一呼吸置く。
「あの男を監視するついでに、良い金づるに遭遇した……と思ったが」
 ――あの男?
 低く呟かれる男の声を拾い、瑠那は眉を顰める。
「これ程までの力を使いこなすならば、少し気が変わった」
「……」
「娘。俺たちに手を貸す気はないか?」
 さすがに少しだけ目を見張った。黒い装束と覆面に覆われた男の表情は伺い知れないが、からかいでそんな申し出をしてくるような殺し屋は存在しないだろう。
「……どういう心算か、聞かせて欲しいわね」
「簡単なこと。お前の力は、あっさり殺してしまうには惜しい。殺してしまうよりは、引き込んで利用するだけの価値がある。そう判断した。それだけだ」
 どうせ行き場所もないのだろう、と妙に核心をついた言い方をする。
「それに、あの2人と遣り合った身体だ。もう既に限界なのではないか?」
「……」
「その歳でこの街でひと月も生きのびたんだ。利口な選択肢の選び方くらい――解るだろう?」
 ――なるほど。
 誘い文句は上等だ。見事なまでにこちらの痛いところを突いてくる辺り、けして素人ではないのだろう。男の言葉通り、瑠那は知っている。この街で、この国で生きのびる為の利口な選択肢。丁と半の選び方。
 薄ら笑いが口元に浮かぶ。気力で身体を持ち上げて、闇の中に佇む男の覆面の向こうを見据えた。
「お断り」
「……」
「お誘いは有難いけどね。所属する組織の紋も見せられない人間にのこのこついていく程、馬鹿じゃないのよ。利用された後に何をされるか解ったもんじゃあないわ。特に、私が“金づる”になるって理解してる人間なら尚更」
「……」
「それに、忍びか傭兵か知らないけど、あなたこの稼業向いてないわよ」
「……?」
「“あの男の監視ついで”、って言ったわね……。複数形じゃあない、ってことはわざわざ1人に狙いを絞ってたわけでしょ。私も伊達にこの街で情報屋として生きてないのよ。どっちがあなたみたいな厄介そうなのに監視されそうか、その規模やら裏側やらがどれくらい胡散臭いか、ってのは何となく解っちゃうのよね」
 篠田円の喧嘩の実績は誉められたものじゃあない。瑠那がそう評価したのは、その大半が、その場の勢いと怒りに任せた喧嘩が多いからだ。相手の身分や立場が何であれ、吠えていける勇敢さと馬鹿正直さは尊敬に値するが、けして利口ではない。それで逮捕沙汰になったことさえあると聞く。
 しかし、そんな表沙汰になるような人間を監視する意味はあまりない。同時に忍びが秘密裏に狙う必要もあまりなく、本気で厄介に思ったのなら喧嘩の余罪でどうとでも始末してしまえるだろう。
 ――となれば……。
 つい数刻前に反芻した情報を再び頭に思い浮かべる。
 海神家の嫡流は皇族に対して絶大な信頼を誇っている、秘密裏に何らかの重要任務を与えられている――。
「どんな喧嘩を吹っ掛ける気か知らないけど……そんな危なっかしい橋、例え金槌でぶん殴りながらでも渡るのは御免だわ」
「……そうか」
 男の手がゆるりと動く。懐から引き抜かれた、存外に細い手には、何も握られてはいなかった。走り抜ける悪寒と戦いながら、瑠那はありったけの小刀を両手に落とし、身を硬くする。殺れるか、殺られるか。覚悟は決まった。
「ならば、死ね」
 簡潔な言葉が響いた。同時にとんでもない風圧が、瑠那の髪を、装束を嬲る。
 ――来るッ!
 そう悟って小刀を煌めかせた、その刹那。
「!?」
 横合いから身体が攫われた。同時にだんっ、だんっ、と二撃の重たい音が聞こえる。阻まれた視界。それでも自分を抱き込んだ人物の向こう側、何か刃のような硬い物が食い込んだように抉られた空き家の壁が見えた。その痕に、ようやく悟る。
 ――鎌鼬[かまいたち]!
「おい、大丈夫かお嬢ちゃん!?」
 瑠那の頭が見えない“もの”の正体を叩き出している間に、彼女を庇った人物に焦った声色で問いかけられる。目の前に先程、見たばかりの篠田円の頭が見えた。問いには答えずに面を上げると、彼の肩越しに既に抜刀して構えを取る海神龍彦の姿があった。
「……理解が出来んな。その小娘一人、助けたところでお前に何の利がある」
「それはこちらが決めることだ」
 短く交わされた男と海神龍彦の会話に、はっきりとした敵対を知る。前門の鼬、後門の龍。どうやら賭ける賽の目は既に2択にまで減ったらしいことに気が付いた。


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