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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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【親愛なる僕を殺した昨日の君へ】

※原作もちょっと混じった転生れーくんより。




「旅に出たい」
 ぼそりと隣で呟かれた一言を、悲しいことに僕の耳は正確に拾い上げてしまった。
 世間様は夏休み真っ只中。ベッドに寝そべり、手元にはバイトの求人雑誌。アイスキャンディーを咥えながら、タンクトップにハーフパンツ。実家に置き去りにしてきた専属執事が見たら、真っ青な顔でお小言のマシンガンだろうけど、ここは冷房の効いた寮の一室だ。シャツ一枚とハーフパンツオンリーで過ごす夏がこんなに快適だなんて知らなかった。全寮制万歳。
 じゃなくて。
 雑誌から顔を上げた先には、黙々とトランクに荷物を詰めるルームメイトの姿があった。
 着替え一式、財布通帳一式、タオル一式、レポート用のノートPC、洗面用具、etc。
 旅行の準備をしながら「旅に出たい」とはこれ如何に。
「え、どうしたの。口より先に手が出るタイプを極めちゃったの?」
「何の話だ」
「いや、明らかに旅行の準備しながら“旅に出たい”っておかしくない?」
「旅じゃねぇ、帰省だ」
 おおう、口調が崩れた。不機嫌ゲージがMAXだ。
 なんとなくクッションをお腹に抱えてガードしながら、ベッドの上に起き上がる。
「いいじゃん帰省。親孝行は出来るうちにして置いた方がいいよ?」
 僕みたいにお盆だろうが、正月だろうが、帰るところがない人間だっているわけだし。という言葉は寸でのところで呑み込んだ。でも、聡い彼は気がついたみたいだ。小さく息を吐いただけで言及して来ようとはしなかった。その代わりに不自然にならないような話題を振ってくれた。そんなところは前世と変わらずで、僕は何度助けられたのだろう。
「こっちとしても色々とデリケートな問題があってな。面倒事も多いんだ」
「ふーん。養子故の気苦労ってヤツ?」
「それもまったく無いわけではない。が、ぶっちゃけて出会いを求めて旅に出たい」
「何その出会い系サイトのチェーンメッセージ」
 夏休み。その蠱惑的な長期休暇の名称に、山だ、海だ、彼女作りだ、と盛り上がっていたクラスメイトたちを思い出す。あのときは若いな、微笑ましいな、なんて目で見ていたけれど、彼らの若い情熱と彼を一緒くたにしてはいけない。
 第一にして単純に恋人を作るだけなら、彼は1ミリだって苦労しなくていい。高身長、成績優秀、クォーター故に少々日本人離れしたクール系美男子。さらには1年にして陸上部のレギュラーを掻っ攫ったおまけつきだ。黙って突っ立っているだけで女の子は恋に落ちる。それはもう年越しカウントダウン時の電波回線くらい、軽くすとんと落ちる。現実として春先に彼が陸上部へ入部した直後、開いていたマネージャー席に女の子たちは殺到した。殺到しすぎてパンクした顧問の先生が僕に泣きついてきたから、噂などではない事実である。女子高生の行動力って怖い。
 悲しいかな、乙女心。他にやらせるのが面倒、という青春もへったくれもない理由でさくさく生徒会の仕事なり勉強なりを片付けていく姿は、彼女たちのフィルターにかかれば寡黙で頼り甲斐があって格好良い、に変換されてしまう。恐ろしいものである。現に夏休み前の呼び出し回数は凄かった。途中から面倒になって数えるのやめたけど。
 大分、話が逸れた。兎にも角にも、そんな彼が何故そんなまるで普通の男子高校生であるかのような発言をかましているかと考えるとだ。心当たりは一つしかない。
「蓮、君、本気で“彼女”のことを探す気でいるの?」
 うわ、何当たり前のこと言ってんだこの馬鹿って目で見られた。本気と書いてマジの目だ。マジか。
 まぁね、気持ちはわからなくもない。蓮には言っていないけれど、僕には彼と共通した前世の記憶以外にもおぼろげな複数世界の記憶が残っていたりする。この辺は人間やめすぎた前世が原因なのかもしれないし、そうでないかもしれない。要は実際よくわからないのだ。よくわからないけれど、その数多の記憶の中で蓮は必ずと言っていいほどある1人の女性と人生を共にしていた。その関係は旅の相棒であったり、恋人であったり、夫婦であったり。かゆい言葉をあえて使えば、“絆”という言葉は彼らのような人たちのためにあるんだろうな、と思う。たぶん、彼の生き甲斐と言っても過言じゃない存在なのだろう。
 かつては運命なんてものを呪いに呪って生きてきた僕だけど、そこまで見せつけられちゃあね。そんな言葉を幻と一刀両断するわけにもいかなくなるじゃあないか。最近になってリメイクされたどこぞの美少女戦士ではないけれども。導かれているのは月の光ではないと思うけれども。
 ふと改まって考えてみると、蓮が“彼女”に出会わず先に僕と邂逅しているというのは、限りなくイレギュラーだ。感情が出辛い鉄面皮は相変わらずだけれど、彼は彼で焦っている部分もあるのかもしれない。だけれど、これだけは言っておかねばならないだろう。
「言う必要はないと思ってたから言わなかったけど。蓮、僕らに記憶があるからって、“彼女”にもある保障はないんだよ……?」
 もしもの話、この瞬間にも僕らのまったく知らない場所で赤の他人と永遠の愛を誓っていたり、膨れたお腹にママでちゅよー、なんて話しかけている可能性だって全否定できないわけで。うっかり口にしたら正拳突きが飛んでくるから言わないけど。
 意外なことに自覚はあったのか、やっぱり不機嫌度はMAXなまま、トランクを閉めた蓮が胡乱な視線を向けて来る。
「そんなことは分かっている。だがな、俺に記憶が残っている以上、あいつを探さない選択肢はないんだよ」
「蓮……」
「それに覚えている以上、俺自身、あいつ以外で真面にイケる気がしない」
「そっちのカミングアウトは心底いらなかった!!」
 危ない。一瞬でも感動しかけた僕が馬鹿だった。いや、健康優良児の健全な男子高校生にとっては切実な事例なのかもしれないけれど! 思わずクッションを投げつけたら、案の定、あえなく空中で拳に沈められる。
「そうは言うけどな。こっちはあいつ不足で死にそうな毎日だっていうのに、本家当主を継ぐ義兄の許嫁として決定している義妹を寝取るんじゃないかとか、勘違い甚だしい理由で監視役という名目の世話係を付けられての中学生活だったんだぞ。鬱憤晴らしに監視役を心ゆくまでぶん殴っても仕方がないだろう」
「どこら辺がどう仕方なかったのかわからないよ!? ただのとばっちりの八つ当たりにしか聞こえませんでしたけど!?」
「ああ、後で弁解するのが大変だった」
「当たり前だよっていうか逆によく納得して貰えたよね!?」
「日頃の行いと外面はいいからな」
「自分で外面って言った!?」
 神様だか創造主だか大宇宙の意志だか知らないけれど、何でこの子の方に記憶残しちゃったんだよ。おかげで僕の友人は両極端に不健全だよ。何の為にまあまあとか、中ほどとか、ほどほどとか便利な言葉がある国生まれてきたんだよ。活用しろよ!
「心配するな。剣術と柔術と合気道の修練に紛れて殺ったからな。むしろ、修練の点については誉められた」
「字がおかしい! ホント、質悪い外面だな!? って、蓮、剣道とか柔道とかやってたの?」
「やっているが?」
 どこか不自然さを感じて首を捻る。頭の中で剣道着姿の彼を思い描いてみた。怖いくらいしっくりくる。クォーターのくせに。
「え? じゃあなんで部活は陸上部なの?」
 別に元々やっていたからって、その部活に入らなければいけない決まりはないのだけれど。前世でも刀一本で強敵をバッサバッサと薙ぎ払っていた姿の記憶がある僕としては、ユニフォームを着てトラックを俊足で駆ける彼よりも剣道着姿の彼の方がしっくりくる。
 蓮の方にも僕が言わんとしていることが伝わったのか、彼は小さく肩を竦め、
「11までは近所の剣道クラブにも入っていたんだがな。記憶が戻ってから身体感覚まで戻ってしまったらしく、つい、相手の急所を狙うようになって」
「怖っ!?」
「公式ルールで競技出来なくなってから、相手を怪我させないスポーツを模索して陸上に落ち着いた。弓道はどうかと手を出したんだが、的よりも動くものを射る癖があってな……そこら辺の通行人に当てるのもしのびなくて」
「しのびなくて、のレベルじゃないと思うけど!?」
 確かにトラックを走ったり、跳ぶ距離を競ったりするスポーツなら相手を怪我させる心配はないのだろうけれど、記憶の有無にそんな弊害があったとは。生まれ変わってから槍なんて握る機会もなかったから(当たり前だけど)、あまり意識したことはなかったけれど、僕自身、護身術の類は教えられなくとも知っていたっけ。でも。
「それ、悔しいとか何かなかったの? せっかくやってたのに」
「別に公式戦に出られないだけで、続けるのは自由だったしな。それに陸上の方が都合の良いこともあったし」
「都合の良いこと?」
「世界大会の参加国数が、剣道大会だと40ヶ国しかない」
「って、既に世界規模で探す気満々なの!?」
「だから気長に探す気だと言っただろう?」
 唖然である。彼がオリンピックで金メダルを取って、テレビの向こうでインタビューを受けている様を見ても祝福出来ないんだろうな、って予測できる程度には。僕は床に落ちたクッションを拾い上げて苦笑した。
 現在、世界人口72億。それでも彼はたぶん、見つけてしまうのだろう。
 不可能を可能にする力を備えている彼が羨ましくないか、と言われたら嘘になる。僕と彼の違いをあげるとするのなら、そこなのだろうと僕は思う。彼は何度だって理想に辿り着ける。対して僕が掲げるものといえば、いつだって逃避ばっかりだった。安らかなる永遠の死を追いかけて、未来なんて見ようともしなかった。
 贔屓目、という言葉が適当なのだろうか。彼らと初めて関わりを持った最初の僕。僕は彼を殺し、彼は僕を殺した。君に殺されたあの僕を、未だに悔いていない幸福だと言ったら、君はきっと呆れて笑うのだろう。
 結局、僕は僕のまま。どれだけ振り回されても、仕方ないなぁ、で君を許してしまうのだ。だってそうだろう。さよならできない前世の僕は、君と彼女に希望という言葉を押し付けて、自らが生み出した絶望と心中した。君らみたいだから光に憧れて、君らみたいだから光に目を瞑ったんだ。
 願わくは、太陽の幸福を。聖人染みた妄想だと嘲笑されても、僕は愚直に祈り続けるだろう。
「……見つかるといいね」
 だから素直にそう言った。彼は少しだけ驚いた風に僕を見る。失礼な。僕だって人並みには、他人の幸福を祈ったっていいだろう。
 電車の時間が迫っていた。「ゆっくりして来なよ」とアイスの棒を咥えながら送り出す。同い年に生まれたというのに、頭一つ分は大きな背中を押した。いってらっしゃい、と声をかけようとして、やめた。
 帰る人にいってらっしゃい、はないだろう。
「あーあ、暇だからカシスの部屋にでも行って来ようかなー」
 行っておいで。いつかどこかの僕の希望。幾世を紡ごうと僕は君の幸福を願う。


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