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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。
汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。
証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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本当に莫迦な鷹の長であった。 それが幾つのときの話であったか。蓮は正確には覚えていなかった。 夕刻を過ぎて、珍しく一人で酒を煽っていた父が突然、何を思ったのか寝床から幼い蓮を引き剥がして馬に跨った。半纏をかけてくれたのは覚えているが、そのまま物凄い勢いで走り出した馬の背で感じる風はひどく冷たかったように思う。父の腕にすっぽり収まってしまうほど小さかった蓮には、そのときどこをどう駆けて、どこまで離れた土地に連れて行かれたのかわからなかった。唯一の手がかりと言えば、病気より怪我の方が多かった健康優良児の蓮が、後日、見事に熱を出して母と恭二郎が父を叱りつけていたから、まあ、ともかくそれ程に遠くだ。 山を登っていたのだ、と気がついたのは山頂に着いた頃。既に明朝を迎え、東の空が僅かに白んでいた。漸く馬を降りた父は、蓮を抱えたままどっかりと山頂の石の上に腰を下ろした。 普段から突拍子もなく、どことなく粗暴さの目立つ振る舞いをしていた父ではあったが、さすがにそんなことは初めてのことで。戸惑いながら見上げた父の顔は、何故かとても寂しそうに見えた。母であったなら、何かを悟れたかもしれない。しかし、常に自信に溢れる微笑を湛えていた父の初めて見る顔に、蓮は首を傾げることしか出来なかった。 父はかなりの間、黙り続けた。黙っている間に、東の空は徐々に明るくなっていく。 朝が来る。何も告げずに出て来てしまったから、母や恭二郎が人攫いかと案じているのではないか、と場違いに心配になった。今になって冷静に考えてみれば、犯人が父親だったというだけであれは立派な人攫いだったな、と思う。よくよく記憶を手繰り寄せれば、父は色んな人に大目玉を喰らっていた。 「なぁ、蓮」 何も言わずに温かい寝床から引き摺り出して、黙りこくっていたくせに、不意に父は口を開いた。また馬鹿なことをしているのに、何でこの人は泣きそうなのだろうと思った記憶がある。覚えていないが、それ程、そのときの父は情けない面を晒していたのだろう。 そんな顔で何を言い出すのかと思っていれば、 「お前、今、幸せか?」 である。聡く、賢いと言葉を頂戴していても、幼い子どもに何の哲学を聞いているのだろうか。何と答えたかはよく覚えていないが、意味合いは「何言ってんだ、この莫迦」というとても素直な感想であったはずだ。 至極真っ当な返答をした息子を抱き締めて、今度はうーうーとそれこそ童のように唸り出す。母はよくこの人と添い遂げようとしたものだと酷い事を――いや、日常的に思っていたことをつらつらを考え出した。 幼馴染のあきらなどは一将軍として軍を率いる父の姿が格好良い、と懐いていたが、蓮から言わせれば深酒はする、すぐに調子づく、調子っぱずれでろくなことを言い出さない、時折ではあるが癇癪は起こす、ガキ大将がそのまま大人になったような人だった。父がそれでも将として在れたのは、恭二郎を始めとする鷹爪軍の要人たちのおかげだと早々に気付いていた。だから「皆さまにいつも感謝して接しなければね」という母の言葉に同調したし、そう努めてきたと思う。 「お前さぁ……もっと欲張んないの」 「なんだよ。どうぎやはかまは仕立てたばっかりだし、おとしだまとかこづかいだってもらってるだろ」 「そうじゃねぇよ。そんなじゃなくてさぁ」 「じゃあ、何だよ。はっきりしねー親父なんて、ただの“やどろく”じゃねーか」 「どこでンな言葉覚えて来たんだよ。俺はちゃんとお前と蘭の為に日々稼いでる、つーの」 そんな無駄話をしている間に夜は明けていく。家は大丈夫だろうか。ただでさえ恭二郎などは心配性を拗らせているのに。焦れる蓮とは対照的に父はぎゅ、と眉間に皺を寄せてようやく深く溜め息を吐いた。 「ばあちゃんやじいちゃんが欲しいとか、思わねーの」 「はぁ?」 「従兄弟とか兄弟とか、叔父さんとか叔母さんとか。もっと可愛がって欲しいって思ったことねーの」 今ならあの傍若無人で滅茶苦茶だった父の真意が、理解出来る気がする。 蓮が回想するにあのとき、あの莫迦はようよう父親になったのだという自覚をしたのではないだろうか。傍目からすれば遅すぎる。長子が腹にいる間に自覚しろ、と言うところだが、父の経歴を振り返るに致し方ないことだったかもしれない。 両方の親に恵まれず、兄を押し退けて武鎧の家督を襲名した父に向けられる親類縁者の目は冷たいものだった。武家屋敷の建ち並ぶ通りから紀不袮付近に邸を遷したのも、彼らの報復を鑑みてのことだったのだろう。 父はその頃には既に親類に見切りをつけていたし、親類たちも過激に立ち回った父がいつ自分たちを斬り殺すか怯えていた。だが、これは推測でしかないけれど、家督を握ったその直後からであれば父が器用に立ち回りさえすれば埋められる亀裂だったのではないだろうか。 だが、力を手にして突き進んでいた父は彼らを顧みようとはしなかったし、親類たちもまた徐々に自身を庇護してくれる勢力へと遠ざかっていった。蓮が生まれる頃には、最早、取り返しのつかない溝が出来上がってしまっていたのである。 あのとき、あの夜まで、父はそれでもいいと信じて疑っていなかったのだろう。けれど、きっとふと何かの拍子に気がついてしまったのだ。 蓮には厳しく躾けながらも甘やかしてくれるような祖父母はいない。自慢になるような従兄弟や乳母兄弟もいなければ、可愛がってくれるような叔父や叔母もいない。蓮からしてみれば本物のうつけになる心算だったのかと呆れるところだが、まあ要するに、あの莫迦な父親は他家の子と蓮とを比べ見てしまったのだろう。 祖父母が居れば、従兄弟が居れば、叔父や叔母が居れば幸せ、なんてことはないだろうに。本当に莫迦で考え無しで多方面に迷惑で失礼な父である。 蓮には莫迦なくせにやたら大きな手をした父と、厳しく優しい母と、心配性が過ぎる世話役と、肩車をしてくれて、学問を教えてくれて、家事仕事を教えてくれる大人たちと。あに、と呼んでもいいと言ってくれる人がいた。悪戯を叱りながらも受け入れてくれる人がいた。寂しいなどと思う暇もないほど賑やかな幼馴染がいた。性別問わず、毎日喧嘩をして遊び回る友人たちがいた。 理解出来た今、逆に問いてみたい。そんな毎日を忙しく過ごしていた自分が、お前の目にはそんなに不幸に映っていたのかと。 けれども父の真意にまで辿り着けなかった幼い子どもは、こう言ったはずだ。そんな風に思うくらいヒマなら、俺に言うようにもっと強く立派になれ。いつまでもガキのまんまで母さんや恭二郎を困らせてるんじゃねぇよ。そんな、知った風な口を叩いたはずだ。 幼く、左程深くも考えずに叩いた口は、しかし、父の芯の部分には届いたらしい。痛い程に抱き締められて、驚いて暴れていると、ぱたぱたと温かい雨が背中に降って来た。「何でお前はそうなんだよ。俺の息子のくせに、何でそうなんだ」なんてわけのわからない言葉付きで。 顔は見えなかったし、当時は本当に雨が降って来たのかと思っていた。顔こそ見えなかったが、あの父が蓮の前で泣いたのは、それが最初で、最後だった。 「なぁ、蓮。俺はお前に何も遺してやれねぇよ。俺は俺の生き方しか出来ねぇから、きっとこのままお前には何も遺していってやれねぇ」 なにも期待なんかしてねーよ。そう言い返そうとしたところで、父は腕を解いた。そうして振り返った先に、それはあったのだ。 「俺はこんなもんしか、お前に遺してやれねぇよ」 夜明けを迎えた東の空には、東雲が美しく輝いていた。空を映す遥か水平線には、暗い群青から塗り替えられていく碧海があった。眩い光の影には、小高い山々が静かに暁光の恩恵を賜っていた。とてもとても美しく、そしてとてもとても広かった。 「なぁ、蓮。お前には何が見える?」 めちゃくちゃひろい。めちゃくちゃでかいよ。なあ、あの向こうには何があるんだ? 「あの向こうな。母さんが居た国がある。綺麗な国だったぜ。沙羅とはちっと文化が違うけどな。それだけじゃねぇ。大陸も島も未開の地もずーっと広がってる」 すげぇひろい。すげぇ遠い。なあ、その国にも空や海はあるんだろ。 「そうさ、空も海もどこまでも繋がってる。んでもって、それを知ってる人間がたくさん住んでる。まあ、勿論、沙羅と一緒で戦争だってあるんだけどな」 でもおなじ人間なんだろ。空や海だっていっしょのものを見てるんだろ。なあ、親父。たくさんいくさのれきしをべんきょうしたけど、終わらないいくさはなかったよ。きっと誰かが気づくんだよ。誰だってケガしたら痛いし、誰だってハラが減るんだよ。そうだろ。 「ああ、そうさ。いつか誰かがこんなもんはくだらない、って気付く。一人じゃどうしようもねぇかもしれねぇ。でも一人が二人になって、二人が三人になって、まあ、どんどん増えていけば、どうにもならねぇことだってどうにかなるだろうよ」 なあ、親父。そうしたら、みんなが、せかいの人がいくさをやめたら、そのときは――。
『願はくは 鷹のもとにて 我死なむ 見つけられたる 至上にあれば』 そうきっぱりと断言出来る臣を持った人間は、この世にどれだけ存在するのだろう。唖然とする場で、鷹爪は満足げに声を出して笑って言ったのだ。 PR | カレンダー
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目次
鷹羽全章
鷹羽全章:初章【武鎧聖】 《若鷹、美高の地にて敗戦を知る》 《鷹爪暗殺》 鷹羽全章:初章【天良舞】 鷹羽全章:本章【天武蓮】 壱 弐 参 終 《鷹雛、後宮の催事にて歌を紡ぐ》 前 中 後 花 鷹羽全章:後章【天武紫音】 Ren × Kanon きみのこえ。 たりないのはひとつだけ。 決断のentrance(習作) 華歌残照 1 2 3 4 花 武神の姫の恨み唄 壱 弐 Sellria × Karla an evening calm The HAWK Soldiers Restoration_~沈黙の空~ 1 咎を抱えた鷹の雛。 鷹羽Au revoir →解釈付き 華にもなれない、鳥にもなれない The Moon of the Witch 孤独な生きもの prologue 1 2 3 4 5 6 zero 年貢は硝子の棺のその中に 前 中 後 漫画 たとえばこんなきょうだいげんか 蓮と華に纏わる唄・序 らくがき らくがき。壱 らくがき。弐 らくがき。参 【デザイン】紅鷹 外伝 人よりは悪魔に近く、悪魔よりは人に近く 花籠の庭に鷹は囀る 最新コメント
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聖パパがイケメンすぎて涙腺やばいです。名言遺しすぎる。
あ、たつやんの通り名なんですけど、「青龍の少将」に直そうかとおもちょります。
「『碧』だとがーちゃ参内話のタイトルにかぶんじゃねーかちょっと兄上ステイ」と昨日気付いたので(笑)
あと蓮雪の初顔合わせがこの10月で、一気に距離が縮まって(←)11月頃二番隊の具体案を考える感じになるんですかね(゚∀゚)
兄上ステイwww修正させて頂きましたw 来年までに作らないとね。10月の間に放課後にコイバナティータイムしておきましょうwww