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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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孤独な生きもの-zero

※人はみんな 寂しい時 優しくなれる そんな生きもの

BGM:http://www.youtube.com/watch?v=D-4irpAB3vw

 
 ――本日は晴天なり。
 その言葉が何より似合う、その日はそんな日和だった。澄み渡った早朝の風。雲ひとつもない空。ああ、今日は死ぬにはいい日だ。馬上ではなかったけれど、フードを取り上げて、緩く結っていた髪を解く。結び紐はそのまま風に流した。どこかで拾われて、どこかで誰かの糧になるだろう。
 潔く死ぬためには、潔く生きなければならない。
 未だ人通りの少ない、沙羅の大路の真ん中で、瑠那は殆ど生まれて初めて素顔を晒しながら堂々と歩いた。大路を選んだ理由は特にない。強いて言うなら、都を後にする為の門が一番近いからだ。
 時期は完璧だった。
 今朝はあきらが後宮を後にする日だ。そのおかげで後宮内のや御所関係の人間はすべからく、忙しく動いているだろう。それは軍部も一緒のこと。未だ、蒼牙と桜は典薬寮から出られない状態であるし、蓮と華音も同じことだ。身の回りの整理もだが、皆が皆、心の整理に尽力している。
 誰かがひっそりと消えたところで、誰も気づかない。
 感傷、喜び、奮起。内訳は様々だが、今、この都は溢れるほどの感情で埋め尽くされている。消えるのなら、混乱の中で誰の目に留まることもないように。見送られ、別れを惜しむなんて生き方は、潔くない。
 それでも20年余り、暮らして来た街中で、そこそこに顔は知られていて。朝が早い豆腐屋のおばさんや、朝帰りの夜勤の隊士や酔っ払いには気安く声をかけられる。「今日は寄って行かないのかい?」「今度、呑みを一緒にしないか?」「誰々によろしく」。澱みなく、当たり障りなく、嘘ではないが真でもない答えを撒き散らしながら歩く。彼等は知らない。今朝、この澄み切った綺麗な日に、瑠那はこの場所から消えるのだ。すれ違うすべての人の想いを裏切って、魔女は歩く。
 人の好意も悪意も何度だって裏切って生きて来た。これはこれで、相応しい門出なのかもしれない。
 荷物は驚く程、少なく済んだ。道中に必要な賃金と、持ち出しても問題にならない金になる貴金属、太股にはいつものブラックイーグルが2丁。いつもと変わったところと言えば、大陸へ渡るための馬鹿高い船の渡り賃が忍ばせてあることくらいだろうか。
 深呼吸をすると冷たい空気が身体の中へと入り込んでくる。うん、清々しい。この清々しい気分のまま、都を出てしまおう。それでおしまい。
 そうだったはず、なのだが――。
「……」
 大手を振って歩いていた瑠那は、前方から朝日の逆光を浴びてゆったりと歩いてくる影に、眉を顰めた。「朝っぱらから何してんの?」「また朝帰り? どっちの用事でもいいけど程々にね」「妹が帰ってくる日くらい、朝からふらふらすんのやめたら?」幾つかの軽口は容易く頭に並んだ。それはこの十余年、変わらずに続いて来た儀式のようなものだ。
 深くは詮索せず、けして本音では語られない言葉で。瑠那は軽く毬を蹴り、相手はあっさり受け止めるか軽く弾いてそのまま消えてしまう。針にも重りにもならない言葉の羅列。どうしたって彼の言葉は瑠那の心臓には突き刺さらないし、逆に瑠那が彼の言葉を有難く享受することもなかった。
 たぶん、知らないはずはないだろうと思う。瑠那が書状を送った相手は、彼にとって叔父に、影に当たる人物である。その願いが実行されているなら当然、彼のあの虫の標本やどこで拾って来たかも知れない石や、飼っている犬の手形が大切に保存されている蔵は解放されたはずだ。
 だから、瑠那が何の為にこんな大路を歩いているのか、予測なんて簡単につく。気付かない程、鈍い人間でもない。
 苦虫を噛んでいると、少し俯かせていた端整な面が上がった。6歳の頃、初めて睨まれたのと同じ、一向に良くならなかった目つきの鋭い眼と目が合った。
 幾つかのかけられる言葉――おそらくは皮肉であったり、叱咤であったり、決別であったり――を覚悟して、幾つかの回答を頭の中で用意して、
 
 すっ、と視線が逸らされた。
 
 ――あ。
 袖口が当たることもなく、逆光にあった影は瑠那の脇を素通りして、視界から消えた。
 
「謝っても、もう許してくれないよ」
 
 あの明晰夢で、自分が言った言葉を思い出す。東から白む陽光に目を細めて、ゆっくりと瑠那の唇は孤を描く。ほらね、私の言った通りだったでしょう? 聞こえる筈がない心の声を、もう友人としては顔を合わせるかも分からない友人へ、投げて置いた。
 これでいい。
 それでいい。
 これこそが、望んだ関係だったのだから。今までが、ただ優しく温すぎただけ。
 歩く速度は落ちなかった。そのまま門に向って真っ直ぐに、歩を進めて、
「……?」
 歩く瑠那の視界の片隅に、何か光るものが映った。大路を逸れた小さな路地の傍らに、今はもう誰も拝みもしなくなった古びた祠がある。この今にも崩れそうな小さな祠が活躍するのなんて、沙羅が大きな祭りになったとき、逸れたときの目印になる程度だ。
 神力なんて欠片も感じられない祠の前に、何かが備えてあった。
 切子細工のなかなか高級そうな水差しに、一輪だけ、咲き始めのほたるぶくろが差さっている。ふっくらと膨れた薄紫の花。昔は光や名前の通りに蛍を灯して幼子に持たせ、迷子にならないよう目印にしたりした。花言葉は正義、貞節、愛らしさ、忠実。そんなどうでもいい情報が頭を巡ってしまうのは、もう職業病だろう。
 切子細工の水差しなんて、この辺りの庶民がこんなところに持ち出すわけはないから、何となく誰がやったことなのかは察しがついた。
 ――けれど、
「何で?」
 考えてみようとして、やめる。
 昔からあの人の考えていることなど、何一つ理解出来たことがなかった。それに何かの意味を孕んでいたとしても、もう深く考える必要もなくなってしまった。
 無駄なことは考えない。ひたすらに、新しいものから必要なものを選んで考える。これも職業病だろう。これから役に立つ病なのか、そうでないのかは、都を出れば自ずと解る。
 ――さあ、行こうか。
 誰にとも、何にとも、つかない呼びかけを心の中でして、また歩き出す。髪を薙いだ激しい春風が、祝福なのか、激励なのか。瑠那にはまだ解らなかった。
 
 
 
 
 
 
 
                   ・
                   ・
                   ・
 沙羅の風鈴祭は夏の朔月の日に行われる。
 職人たちが風鈴の舌として好んで使う月鳴石(つきなりのいし)が、もっとも輝く夜が朔月だからだ。
 降り注いだ月光を取り込んだ月鳴石が、夜闇を照らす月の代わりを担うかのように。
「……」
 ちりん、と耳に心地よい協和音が市井に響いている。その音が響く度に、露店の並ぶ大通りは月鳴石と提灯の明かりで煌びやかに輝いて見えた。些か眩し過ぎる。そんなことを思ってしまう程に。
 市井に広がる彩り鮮やかな祭りの光を、海神龍彦は離れた路地の片隅から眺めていた。足元には、誰も龍彦の膝までしかない古びた小さな祠。こんな祭りの最中でもなければ、見向きもされない。その見向きさえ、崇め、拝むのではなく、ただの目印として使われるだけだ。
「ごめんなさい、待った?」
 今も目の前で口元に紅を塗った女と脇差を指した男が、声を掛け合い、去っていく。祠は待ち合わせの場所に使われただけで、あっさりと背を向けられた。
 誰もが素通りする祠の側は、とても静かだった。まるでその側だけが、提灯と月鳴石に煌めく街から、切り離されてしまっているようだ。
 静か。何もない。落ち着く。何も考えなくていい。何も取り繕わなくていい。……何も、感じなくていい。それはとても楽なことだった。それでも、それは許されないことだと知っていた。
 ――戻ろう。
 そう決めて、ひとつ深呼吸をした。そのときだ。
「おにいちゃん、まいご?」
 草鞋の足を踏み出そうとして、同じ路地に小さな隣人がいたことに気が付いた。
 祠と同じくらいの背くらいしかない隣人は、舌足らずな、それでも同い年の子供より割合しっかりした言葉で話しかけて来た。怪訝に思って、一瞬、周囲を見回してしまったが、寂しげに佇む祠の前には龍彦の他には誰もいない。
「……俺のことか?」
 幼い少女が頷くと同時に、丁寧に結い上げた髪を飾る金の簪がしゃなり、と鳴った。結い方が丁寧なら、手入れの方も丁寧にされているらしい栗色の髪は、つやつやと月鳴石の光に天使の輪を描いている。薄っすらと化粧を施された顔は、あどけないながら愛らしいという形容がぴったりだった。猫のようにくるくると動く緑青の双眸にあるのは、好奇でも奇異でもなかった。
 元来、目つきの良い方ではないと自覚していたし、近寄り難い雰囲気を纏っていると良く言われていた。見ず知らずの2,3歳の少女が話しかけてくるなんて、思ってもみない。
「おにいちゃん、まいご?」
 それでもその少女はこくん、と小首を傾げたまま同じ問いを口にした。
 白地に三つ葉折竜胆が描かれた浴衣の袖が、ふらふらと揺れる。その家紋に龍彦は少女がどこの家の姫なのかを知る。皇室に程なく近い、かなり大きな家の家紋だった。こんな場所を一人でうろついていたら、誘拐にあってもおかしくない。
「父君や母君はいかがした?」
「とーさま、じじさま、おしごと。かーさま、ねーさまさがしにいった」
 だから、ここでまってるの。と少女は口にして、右手に持った蛍袋の花をふりふりと振って見せた。6つの花をつけた立派な蛍袋の花には、灯りが灯されている。迷子にならないようにと、親が子に持たせる目印だ。
「おにいちゃん、まいご?」
 三度、少女は同じ問いかけをする。龍彦は嘆息して首を振った。
「俺は迷子じゃない。今、父君や母君のところへ戻ろうとしていたところだ。お前の方こそ、迷子じゃないのか?」
「まいごじゃないもん。まいごなのはねーさまだもん」
 つん、と形の良い鼻と唇を尖らせて、少女はむくれて見せる。警吏に届けて置いた方が安全かもしれない、と龍彦が思案していると、くるりと振り向いた少女が言った。
「おにいちゃんのほうが、まいごみたいなめ、してるよ」
 邪気のない大きな緑青色の目が、恐れもせずに龍彦の目を覗き込んでいた。迷子のような目とは、どんな目だ。そんなことを考えていた所為で、反応するのが一拍遅れた。
「……面妖なことを言うな」
「めんよう?」
 利発そうな子供だったが、さすがにその単語の意味は拾えなかったらしい。けれども、自分の言ったことに対して、反発されているのだということだけは理解したようだ。むくれたまま、何か難しげに眉を寄せている。と、思ったら今度は何かを思いついたらしく、ぱっと閃いたような笑顔を見せた。
「これ、おにいちゃんにあげる!」
「……は?」
 名案だ、とばかりに勢い良く差し出されたのは、少女が右手に握っていた蛍袋の花だった。
「かーさまが言ってた。これもっていれば、ちゃんとおうちにかえれるから、あんしんなのよ、って」
 少女は困惑する龍彦の手に、半ば無理矢理花を握らせると、自分はひょいと祠の脇から飛び出した。おい、と声をかけようとするが、彼女は聞く気もないようで、振り返ってばいばいと手を振って来る。
「わたし、かーさまたちさがしにいくね。おにいちゃんも、ちゃんとかえらなきゃだめだよ!」
 ばいばい。
 そう言うだけ言って、少女は光に溢れる市井の喧騒へと消えていった。龍彦は反論と共に手を伸ばしたが、そのときにはもう、少女の背中は人の波に揉まれて見えなくなっていた。
 残されたのは龍彦と手の中で瞬く蛍袋だけだった。
「……どうしろと」
 少々、途方に暮れた溜め息を吐いた、そのときだった。
「……にうえ、あにうえーっ!」
 火のついたような子供の泣き声が聞こえた。聞き覚えのあるその声に振り返ると、人波の合間を縫って、幼馴染の男子に手を引かれた義妹がよたよたと駆け寄ってくるところだった。乳母たちが見目麗しく仕立てていた顔を真っ赤にして、目元を擦りながらしがみ付いてくる。
「あにうえー、あにうえみつかったぁぁあ、しんぱいしたよぉお……ふえぇっ」
 そのまま袴を濡らして離さない義妹に戸惑っていると、義妹の手を引いていた弟分の少年がほっと息を吐いた。
「ごめんなさい。あきらが兄上が帰って来ない、兄上が迷子になっちゃった、って、それで……」
 探していたのだ、と少年は言う。咄嗟に思い出してしまったのは、先程、喧騒に消えた少女の言葉だった。
 
『おにいちゃんのほうが、まいごみたいなめ、してるよ』
 
「……」
 手の中に残された蛍袋の花に視線を落とし、仄かに笑う。
「少し、人混みに酔ってしまったんだ。黙って離れて悪かった」
「……あにうえ、ちゃんとかえる?」
 しゃっくりを繰り返しながら、不安げに訊いてくる義妹の頭を、出来るだけ優しく撫でた。
「ああ、帰ろうか」
 かえろ、かえろ、と手を引いて来る義妹に抗わずに祠を離れる。その彼女と逆隣りに並んだ少年が、見上げた先にあった蛍袋を見つけて首を傾げた。
「義兄上、それは?」
「ああ、これか……」
 無理矢理に握らせて消えていった少女の、よく動く瞳を思い出す。気紛れに人に近づいて、気紛れにやりたいことをして、気紛れに帯の尻尾を振りながら去っていった。それは形容するなら。
「……仔猫に、貰った」
「こねこ?」
「ねこさん?」
 疑問符を浮かべて顔を見合わせる義弟妹の間で、龍彦は顔を上げる。提灯の灯り。月鳴石の音。浮かれ喧騒に包まれた人波。その大きな街の流れの中に、小さな背中はもう、消えてどこにも見えなくなってしまっていた。
 
 祭りの夜は毎年訪れる。けれど、同じ祭りの夜を迎えても、二度とあの仔猫に会うことはなかった。


※蛍袋【花言葉】……正義、貞節、愛らしさ、忠実


 
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HN
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イケメン(二次元)とイケショタ(三次元)に投資する社会人

に、私はなりたい……。

はじめ思ったことが、「なにその虫食い起こりそうな蔵マジ遠慮したい」でしたwww
たつやんの不器用さ加減が……! 自動翻訳機かほんやくこんにゃくがあれば起こらなかったすれ違いが……! とても……胸熱です……。

よその子を書く難しさというのはよく存じております故に、香月さんの書く「余所の子」のクオリティの高さは並大抵ではないと思います。
あと書くスピードも素晴らしいですね! でも香月さんちゃんと寝てるか心配です!(笑)
忍者の妨害

にあって下半分が消えてるます。
ジーザス!! スマホ使いにくい(゚Д゚)

琉那ちゃんが向こうのお国で元気に幸せに暮らすことを願っています……。もちろんたつやんも。

あ、下半分きえたのたつやん照れたせいか?(笑)
かわいい女の子も忘れずに

投資出来る人間になりたい。

「虫食い実際に起こってそう」って思いましたwwwきっと隔離制度が完璧な蔵に仕上がってるんだと思いますw

まーにーさーん(どらえもーんの発音で)!(´・ω・`) けれど実際、ほんやくこんにゃくがあってもたつやんにどう食べさせるか考えないといけないな、と真面目に考えた人です。

今回、大分、お借りして掘り下げて書かせて頂いたのでそう言って頂けて安心しました!
睡眠は指導の下、7時間以上も以下も取るなとお達し頂いてます…もっと寝たい日だってあるのに(泣)

幸せにかどうかは分かりませんが、とりあえず溜め息吐く暇もない日々を過ごしています。たつやんも束縛は程々にするのよ!(笑)
たゆんでふわんな

おにゃのこマイジャスティス。

そうだ……こんにゃくだから(゚Д゚)!
龍彦はとことん翻訳機能を受け付けない体質のようです。

たつやんの束縛と、カシスの飴と鞭どっちがやばいかな……と考えようとしましたがやめました。
ふたりとも……腰お大事に……つ湿布
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