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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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孤独な生きもの-3

※月は自分で輝くことさえ出来やしない。
別の光に照らされて、くるくるとその表情を変えるだけ。
月の魔女に実態なんてものは、最初から存在しなかった。


 
 それからの瑠那の成長は目覚ましかった。人によっては嘆くかもしれないが、本人は成長であると自負している。
 最低限に傷だらけの路地裏を這い出した瑠那は、まず真っ先に人通りとは逆の方向へ向かった。
 夜に人が集まるといえば、花街だろう。だから朝帰りをする人々の逆を辿れば、地図を知らなくてもそこに行き着く。そう考えた瑠那の考えは当たっていたようで、やがて細々とした店が立ち並ぶ、提灯がぶら下がった静かな街に着いた。夜に活気づくその街は、朝は静まり返っていて、破れた帯でうろつく瑠那を奇異の目で見る人間はいなかった。
 その足で出来るだけ薄暗い場所を目指して歩き、見つけた呉服屋で衣類すべてを売り払った。店を閉めようとしていた如何にも胡散臭げな店主は、滑り込みでやって来た瑠那に、不審な目を向けた。だが、彼女が高価そうな簪や破れて濡れてはいたが、上物の布地の帯を差し出すとあっさり中に入れてくれた。身体に纏った着物も売り物になるか、と聞いたら『汚れてる分、本来の値より大分、落ちるけど』との答えが返って来た。迷わず売ることにした。店主は瑠那の身体に残る、明らかに妙な傷の数々には何もいわなかった。きっとこの街では珍しくもないのだろう。
 思ったよりも高く売れたのは、切り落とした髪の毛で、興味本位で何に使うのかと聞いてみた。人形の頭や鬘の原料になるのだという。世の中は何が金になるか分からないな、と思った。
 後に金銭感覚を身に着けた頭で考えると、あのときのやり取りは大分、足元を見られていた。子供相手に大人気ない店め。それでも当面の足場作りになる金を工面出来たので、恨みはないが。
 その金の一部を使って、店で一番安い麻の服を買うことにした。ごわごわとした肌触りは慣れなかったが、数日もすればそれが普通になった。
 小銭で街角の饅頭を買って、とりあえずの空腹を満たすと、耳を欹てながら街の中を歩き回った。
 瑠那が最初にした仕事は、土産物屋の店番だった。駄菓子屋並の小さな店で、腰の悪い老婆が一人いるだけの店。その老婆が歳のせいで時間のかかる厠に行こうかどうか、迷っているところに声をかけてみた。老婆は最初、疑わしげな目で(要は泥棒のつもりではないかと疑われたのだろう)瑠那を見ていたが、少しの間だと高を括ったのか、瑠那の申し出を受け入れた。
 座り心地の悪い座布団に腰掛けていると、店先に並べられた木の細工物に興味を示したらしい親子連れが立ち止まった。瑠那は頭を悩ませる母親を目にして、座布団を降りた。
 瑠那がその仕事を選んだのは、街中を歩いていれば自然と目と耳に入ってくる物売りの舌先三寸が、自分でも出来るものなのか試したかったからだ。売れ行きが良さそうな店の近くをふらふらとうろつく振りで、売り込み文句、客の反応、駆け引きと金銭感覚、様々なことを頭に叩き込んだ。鏡はなかったが、街角の水溜りに向かって人好きのする笑顔の作り方も練習した。
 習得すれば、あとは実践あるのみである。結果として瑠那は、老婆が厠に籠っているうちに、木の箱細工を3つ、そこそこの高値で売り捌いた。老婆は最初こそ驚いていたが、やがて気を良くして茶菓子と煎茶を出してくれた。午後からさらに高値の土産物を公家の子供に売りつけることに成功した瑠那に、彼女は一日分の飯と寝床を提供してくれた。
 翌朝、老婆は朝食も用意してくれていて、ここで働かないか、と持ちかけてくれたが断った。公家の子供が通り過ぎるような場所に、いつまでもいるのは危険だと判断したからだ。瑠那は少し色をつけてくれたらしい、人生初のお給金を手にして土産物屋を後にした。
 
 
 そうして日銭を稼ぎながら、次に瑠那が始めたことは、逃走経路を把握することだった。
 運良く逃げ果せた最初と違って、今度はどこで、誰に、いつ襲われるか分からない。街の地図を買おうかと思って、無駄な出費だと切り捨てた。
 祖父と父には隠していたが、瑠那は間違いなく秀才と名乗れる程の頭脳は持っていた。方向さえ把握してしまえば、一度通った道は忘れなかった。それに地図には子供しか通れないような路地や家の軒先、身を隠せるような物影が載っているわけではない。
 一日中、街中を歩き回る日々が続いた所為か、華奢でふにゃふにゃだった腕と足にはだんだんと筋肉がついてきた。ある日、思い付きでそれなりの高さのゴミ箱から、低い長屋の屋根に飛んでみると、屋根のへりに掴まることが出来た。2日後には、難なく跳び上がることが出来た。
 元々、才能があったのだろうか。1週間後には投げた小刀を目標に的中させることが出来るようになっていたし、頭の中に組み込んだ地図を元に路地を、屋根の上を、街中を好き勝手に駆け抜けることが出来た。半月ほどの間に3度ほど、生家の差し金と思われる連中と遭遇したが、そうなった瑠那にとって、街中でただの賊程度を煙に巻くことなど容易かった。
 余談だが、後に披露してみせたところ、篠田綾人が「驚いたな、パルクールか」と感心された。どうやら外国で言う走る、跳ぶ、登るといった動作でどんな地形であっても自由に動き回れる高度な運動技術らしい。聞いてからなるほど、確かにそんな技術だなと納得した。同時に、そんな高等技術を生きのびる為に駆使しなければならなかった我が身を嘆いてみたりもした。
 そうやって生きる術を磨いていくうちに、瑠那は情報屋の真似事までも熟すようになっていった。無法が渦巻くこの街では、聴覚を研ぎ澄ませて練り歩いているだけで、色々な情報が手に入る。初めは生家の追手や敵がどの辺りをうろついているのかを探る自衛の手段だったが、それが商売になると気が付いたのは何日目だったか。
 大きなものなら国の動向、注目を集めている人物、横行している危なげな薬や人身売買の噂、それぞれの組織の勢力図。小さなものなら美味しい甘味を出す隠れた店、賭博屋の賽の目の仕掛け、どこどこの店の若旦那が夢中になっている美人の名前、その美人が好んで受け取る贈り物。
 情報というものを集めるのは、方法さえ会得してしまえば案外、簡単だった。人好きのする笑顔の作り方と、警戒されないような子供の容姿と見合った、少し舌足らずな猫撫で声。何も分かっていない迷子の振りで、例えば昼間から酒を呑んで愚痴っているような輩を狙って近づくと、彼等は勝手に口を滑らせていった。
 彼等からしてみれば、何も分かっていない子供相手に、仕事の愚痴を漏らしているだけだ。酔って愚痴を漏らすなら、相手はそこら辺の柱でも提灯でも何でもいい。ただそれよりは同じ人間で、害がなさそうな人物が良いというだけで。
 虚言と誇張で上塗りされた人々の言葉から、真実を嗅ぎ分けることが出来るまでには、さすがに時間を有した。大きな噂にはあえて耳を塞いだ。瑠那個人に敵がいるのに、それらに首を突っ込んでまで荒稼ぎするのは自殺行為だ。だから、ちょっとした良心で片づけられる情報を売り始めた。飼い猫探し、気になるあの娘の好きな物、恋人が喜ぶ隠れ処的な店の紹介。
 それでも極たまに、その線引きを誤って狙われることもあった。その頃には既にその街が庭のようなものだったから、逃走には不自由しなかったが、万一ということがある。
 生家を出て久しく学んでいなかった異国の――瑠那の生来の血と肉に見合った――技術、“魔道”と呼ばれるそれを再び研究し始めたのはその頃だ。本来なら嫌悪する力かもしれない。だが、生きのびる為になら何だって利用しようと心に決めていた。それに実際のところ、未知の理論に触れることは、学校の教科書を読むよりも余程、瑠那の好奇心を満たしてくれた。そうして習得したいくつかの“魔道”は、彼女にとっての敵を追い払うのにとても役に立った。未知の力を見せつけることで、小心者の追手であれば、それだけで手出しはして来なくなった。
 いつのまにやら瑠那は、その区画の花街でなら、『困ったことがあるなら赤い仔猫に聞け』と言われるまでになっていた。赤い仔猫、というのは粗末な麻の服から、大陸からの輸入品だという真っ赤なローブに着替えていたからが故の呼称だろう。
 瑠那が何故、この赤を選んだか。大した理由はない。ただ、淡い色が流行る沙羅の風潮に埋もれることが、同時に生家の風潮にも流されている気がして、淡い色の着物に反発した。それから赤い装束であれば、あのときのように血を浴びたところで目立たないからだった。
 
 
 そうやって偽りの笑顔と、偽りの人格と、偽りの口調を増やしていった。
 生家にいた頃は感情を抑え込み、街に出てからはそんな日々を確立していった。その彼女が、本来どんな顔で笑い、どんな人格を持った子供であったか。本物の鐡登羅瑠那が、誰であったか。当人ですら、その片鱗さえ忘れ去っていることに気が付いたのは、大人になってから大分、後のことだった。


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