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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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孤独な生きもの-prologue

※永佳六年、春。
1人の魔女が沙羅国からひっそりと姿を消した。
これはけして史書には語られぬ、影に生き続けた少女の話。


 
「瑠那はたつ兄さんを怒らせる天才だね」
 いつかの日。今はもう遠い頂上へと登りつめていった友人の一人が、心配そうに言ったことを思い出していた。
 明晰夢。
 目の前で呆れたように、それでもやっぱり心配そうに、些細な怪我の手当を受けている自分を見る彼はあどけない少年だった。自分も彼も、今はもうそんな幼い歳じゃない。だから解る。これは、記憶の断片が引き摺り出した夢なんだと。
「お前さぁ、気持ちはわからなくもないけど、今回は全面的にお前が悪いぞ。後で謝って来いよ」
 呆れながらそう言って、喧嘩の手当をしてくれるのは、いつも同じ。喧嘩相手と一番喧嘩をしているはずの男だが、同時に一番、喧嘩相手のことを良く知っている人なのではないだろうか。
 そうして2人に挟まれて、説教のような言葉を聞いている間、自分は大抵何も喋らない。具体的に言うと、声は発する。でも、その大半が生返事で「はいはい」と返して「はいは一回」と怒られる。事実として、その後に、2人の言うように喧嘩相手に謝罪したことは一度もなかった。
 喧嘩の理由はいつも同じようなもので、しばらくすると相手の方が諦めて一方的に罰を与えてくる。
 自分はその書庫の整理だとか、反省文代わりの分厚い書本の解読だとか、一週間前後の出禁だとか、そんな可愛らしい罰を反省もせずに黙々とこなす。
 それで喧嘩は終わり。それが過ぎれば、いつも通り。付かず離れず、言いつけという名の仕事をよくこなす庇護下にある可愛い妹の1人に戻る。
 きっと互いに解っていたからだ。
 孤独な生きものは、そう簡単には変われない。あの人と自分は、似てないようでどこか似ていたから、解っていたのだろう。あの人自身が未だに変われていないのに、自分の方がそうそう変われるわけがない、と。
「ちゃんとたつ兄さんに謝らなきゃ駄目だよ、瑠那」
 めっ、とばかりにやたら可愛らしい動作で幼い友人が、指を突きつけてくる。
 自分は苦笑いを零しながら、はいはい、と生返事を返す――はずだった。少なくとも。いつも。いつも。これからもずっと、そのはずだった。
 けれど、出来なかった。代わりに告げようとした言葉は、夢の片鱗に砕けて消える。誰にも届かない。それでいい。もう何もかもが遅い。
 
「謝っても、もう許してくれないよ」
 
 だから、私は絶対に謝らない。
 
 
 孤独な生きもの-Loneliness-
 
 
 目を開けた。視線の先の梁が、上等な樫の木だったのを見て、そこがどこであったかを思い出す。笑おうとして喉の奥がひりついているのに気が付いた。ぐるりと眼球を動かして周囲を観察すると、枕辺に置かれた盆と水差しが目に入った。
 汗と、語りたくもないもので湿った褥を這うようにして身体を引き摺って、手を伸ばす。茶碗も置かれていたが、面倒臭くなって水差しから直接、冷水を喉へと流し込んだ。
 毛布がずれて、未だ湿っぽい下肢に絡みつく。一糸も纏わない細い肩が、早朝の沙羅の空気に触れて冷えたが、どうでも良かった。
 隣を見るともぬけの殻で、寝間着として与えられた上物の衣が畳みもせずに渦を巻いている。代わりに昨夜脱ぎ捨てていたローブ一式と、褥脇に置いていた錫杖は消えていた。肩にかかっていた毛布は、最低限の礼儀なのだろう。
 その事に別段、腹は立たなかった。相手も暇な身ではない。どうせ主の呼び出しがかかったか、彼の容態でも看に行ったのだろう。情事の後の甘さなんて共有したくもなかったし、1人でいなければこんなに冷静でいられなかったかもしれない。
 障子の向こうは、まだ薄暗くて朝靄が消えきっていないことを教えてくれる。
 開けに行く気も無ければ、その元気もなかった。昨夜から3回暴かれた足の間が引き攣って痛む。すぐに慣れるものだと高を括っていたが、3夜を経て尚、起床してすぐには立てない事態になっている。相手が下手なのではなく、相手のものに対して瑠那の方が小柄過ぎるのだろう。どことは言わないが。
 軽い咳で喉を整えて、彼女はもう一度、褥の上へ倒れ込んだ。毛布はそのままだが、引き上げるのも面倒臭かった。狂犬に噛み付かれた痣が至るところに残っていたが、誰に見られるわけでもないので放って置いた。そう、誰に見られるわけでもないから。
「……ふっ」
 喉が潤って漏れた笑いは、乾いていた。瑠那はこの笑いを知っている。哄笑に変わっていく嘲笑。嘲っているのは他でもない、自分自身だ。
「あはははっ」
 大した喪失感はなかった。何だ、こんなものだったらとうの昔に捨てて置いてしまえば良かった。何故、こんな歳になってまで後生大事に取って置いたのだろう。そう思いながら、昨夜の残滓を残し、濡れたままの下肢を嘲笑う。
 軽い。軽い軽い軽い。何て軽い重さ。羽根のように軽い。今なら呪詛なんて使わなくても飛べそうだった。鳥ではない。糸の切れた風船のように。
 ひとしきり笑った後に、目を閉じる。眠るのではない。ただ、思い出して置こうと思ったのだ。これから他人に奪われる未来が半分なら、これまでの半分を。大して大切でもない、くだらない自分の半分を。


 さぁ、思い出してみよう。
 きっとそれは些細な、扉の向こうに閉ざされて差支えないなんでもない話。


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