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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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華にもなれない、鳥にもなれない

※蓮と華に纏わる唄、外伝的なもの。チャット内で絵莉奈っちについて盛り上がったので、ちらっと彼女の身の上について。結納話のその後に。
 
 

「絵莉奈」
 厳しさと優しさを孕んだ声が、私の名前を呼ぶ。名前と言っても、それはとても朧なもので、未だ五つにも満たなかった私が唯一覚えていた実親との繋がりだ。幼い私に顔さえはっきりとは思い出せない両親が呼ぶ、“えりな”という発音だけを覚えていた。
 その酷く儚い名前に字を当ててくださったのが、私の髪を撫でる気品溢れた老婦人で。
 彼女は口減らしで都へ奉公に出された私等を、甚く深い懐で受け入れてくださった。
 あやふやな音だけの名前に、明らかな意味を与えてくださった。
 あの日。
 あの時。
 私が未だ幼かった時。
 長らく生家を留守にしていた若姫様は、一人の赤子を置いてこの家を去って行った。
 彼女が何を心に抱えていたのか、その時の私には到底、理解出来ることではなかった。
 ただ、お館様が一抹の寂寥と共に私の名前を口にして、ひどく軽い赤ん坊を私の腕へと託された時、初めて生命の重さを知った。
「この娘の世話を……お前に託したい」
 そう紡がれたお館様の声は、凛と背筋を伸ばされた常とは似ても似つかずに、とても戸惑ってしまった。
「絵莉奈。お前は聡い子だ。この閉塞された武家屋敷の中、お前だけは、私を裏切らずに居てくれると信頼を寄せている」
 その言葉を受けた瞬間に、心へ湧き上がった感情は歓喜だった。
 口減らしに過ぎず、ただこの女流武家の一兵としての生を受けて一人の名も残らない女として死んでゆく。それだけの生であった私の心が、その一言で救われた気がした。

「儂はな。この家の血統を、今代で没血させたいと思う」
「この娘は儂と、舞が遺した、最後の希望で宝じゃ」
「この娘にだけは、儂らが歩んだような路を進ませたくはない」
「この娘だけは、この娘だけは、どうか天良の姫ではなく、1人の女としての生きる道を――」

「絵莉奈」
 身体が歓びに震えていく中で、再度、呼ばれた名前に顔を上げる。
 皺の増えたどこか弱々しい老婦人は、細く細く、ほんの僅かに微笑んだ。
「――儂の一世一代の我儘を、手伝ってもらえるか?」
 そう言った老婦人の表情は、ひどくひどく、寂しげに映ったのだ。


 霧雨が降っている。
 音もなく降りしきる雨は、天良絵莉奈の白服の神子衣装をじわじわと蝕んでいった。
 まるで、その神に仕えんが為の衣装が、既に不要だとでも言うように。それでも彼女は天上に何もないその場から離れようとはしなかった。
 沙羅武家屋敷武姫神守天良家。そのけして高くはない位に見合わず、与えられた領地は広く。その所以は、武功を司る天神の血を継ぐ天良の姫の価値にある。
 天良の姫が孕む御子は、珠玉となる。
 位の高くはない姫。子を孕めば御子を宿す。高名な武人が妾とするには、それ以上ない程の神の恩恵であった。今となっては過去のことだが、複数の武人に囲われていた姫も存在するらしい。無論、そこにあるのは恋慕ではない。ただの仮腹としての行為、誇られる武人としての勲章。
 そうしていつか、天良の姫は恋情を抱かなくなった。
 とても哀れで哀しいその血族を、当代当主天良華林は、葬ろうとした。
 そして、それは遂に叶うこととなる。
 ただし――天良華林も、天良絵莉奈も、思っていなかった形となって。
「――……」
 現人神を奉る社の御前に立ち尽くしていた絵莉奈は、背後に浮かび上がった気配に気づく。振り返る事はしない。雄々しき本能と、気位の高い鋭角すぎる存在感。振り返らずとも、こんな恐ろしくも気高い“男”の気を振り撒く人間で、天良のもっとも神聖な場所に足を踏み入れられる人は、一人しかいない。
「義姉上様」
 涼やかに、しかし海底に眠る活火山のように熱を感じさせる声が、背筋に響く。
 耳を打ったその呼び名が、ずきり、と身体の芯を焼いていった。
「……お身体を壊します」
「構いません。何用ですか」
 何度と無く禊にて清めたはずの身体が、足元から見えない蔦に絡められていく。男の細い息が聞こえた。霧雨に身体は冷えていくのに、身体の中心が得体の知れない寂寥に燻った。
「先刻の件――本当に、宜しいのですね?」
「二言を持つような浅はかな口は持っておりません」
 先刻。
 天良に身を置く多くの姫兵が、けして立ち入れない当主の奥の間。
 姫兵筆頭と銘打たれた絵莉奈が、その襖を開くと、そこに鎮座していたのは祖母と母と仰ぐ現当主とこの男の姿だった。驚きはあったが、一方で、その意味を問おうとする嫌に冷静な自分がいた。
 天良の没血。そこまではあの時、いや、絵莉奈がこの家へと奉公に訪れるずっと以前から天良華林が決意していたことだった。その宣言は、絵莉奈にとっても既に知っていた未来だった。
 静かに耳を傾ける絵莉奈を動揺させたのは、継いで聞かされた天良華林の決断だった。
 曰く、天良の姫直系である妹・天良華音と結納を結んだこの男――現十臣将青龍軍二番隊隊長、そして、次の秋からは十臣将の一角『飛鷹軍』の大将として立軍する武鎧蓮に、天良の持つ全権を譲渡する、との決断だった。
 言葉を失くした絵莉奈の前で、祖母と仰いだその人は、初めて深く頭を下げた。
『儂の独り善がりな理想に最後まで付き合せて、すまなんだ。絵莉奈。許しておくれ』
 かつてない、深い後悔を滲ませる祖母の言葉に、どうして首を横に振ることが出来ただろう。
「誇りなさい、武鎧蓮。貴殿は、この因縁に塗れた天良の血を根底から変えた。直系たる姫も、妄執に囚われていたはすの当主も…・…二千の呪いを抱えていたはずの、現世に残る現人神さえも」
「……」
「貴殿は神にさえ抗った。二千の時、誰にも叶わなかった神に、勝利した。……誇りなさい」
 あの日から。
 この男が、妹と出逢ったあの日から、すべてが少しずつ変化していった。
 1人の女として、血とも家とも戦いとも無縁に生きるはずだった妹も。
 妹がこの家を去った後、静かに終わっていくはずだった祖母も。
 その傍らにひっそりと寄り添って、一生の時を費やす心算であった絵莉奈の人生は、この瞬間からすべて無に還った。
 愚かなまでに想い続けた、たった1人の清浄の花の名を冠する男が、この家のすべてを洗い落とした。
 喜ばしいことなのだと、解っている。
 幼子の頃に微笑みもしなかった妹は、彼と出逢って名前と同じような、華やかな笑顔を浮かべるようになった。
 彼らの結納を許した祖母は、彼を招いた酒宴で、まるで憑き物が落ちたかのような顔で杯を煽っていた。
 妹の中に巣食っていた呪いたる現人神は、ただ静かに奉納され、蝕む存在から祝福する存在へと回帰した。
 この家に、これ程の幸福が訪れた時節があっただろうか。
 それを齎したのは、幼い頃から当主の命に身を砕いた自分ではなく――
「義姉上様。本当に、宜しいのですね?」
 最早、雛ではなくなった鷹が再度、問う。
 その問いが先程のそれよりも深い意味を持つことを悟り、絵莉奈は自嘲めいた息を吐いた。
「私の処遇は、お館様と貴殿でお決めなさい。私は一向に構いません」
「……此度まで、天良の姫兵を総括して来たのは他でもない貴女の手腕。貴女の元で力を奮っていた姫兵たちに、異例の男子当主が求心を得るには今一度の時が必要となりましょう」
 淡々と語る鷹に少しだけ瞑目する。若姫の世話係である薊を始め、天良の姫兵の中に今や『鷹』の名を知らない者はいない。幼少の頃より鷹の爪と龍の牙に磨かれた雛は、紅き羽根を以て大成を成した。かつて一代で将軍の座に立った、彼の父と同じように。
 そしてその瞳が見据えるものは、父の背ではなくさらにその先だ。
 かつてない御家改名の時に、異論を唱える姫兵もいるかもしれない。しかし、元より反骨の雛として生き抜いてきた彼がその求心を得るのも時間の問題だろう。
「貴殿が必要となる時間は今一度。姫兵の中心である薊や霞とも縁のある御方。そう心配することでもないでしょう」
「俺は幼少の頃よりこの庭に出入りする事を許されておりました。貴女が館様や姫兵たちに、どれだけの信頼を得て、どれだけの鍛錬を積んで来られたか。露ほどには理解している心算です」
「……」
「次期当主としては、貴女にはこのまま、天良姫兵の指揮官として残って頂きたい。されど、」
「……貴殿も、お館様も、私の意志を一番に尊重したいと」
 肯定を示す沈黙に、絵莉奈はゆっくりと息を吐く。
「私の意志は申し上げた通り。お館様と、次期当主の命に従います」
「……分かりました。それでは、失礼します」
 端的に告げた後、小さく鎧の音が鳴る。余計な言葉一つ残さず遠ざかる気配。まったく以て彼らしい。
 ――立つ鳥跡を濁さず、か。
 見上げた社の柱には、咲き誇る蓮華の紋様が刻まれている。二千に渡る天良の血統が、神より祝福された証。けれどもう、この家紋もいずれ書き変わる。
「……ただ、潰れて風化しまうよりは、それで……」
 良い、と言い切る心算で口にした言葉は吐息に消えた。この紋も、社も。天良の家系が途絶えたその後は、無用の長物となり風化するはずだった。天良華林がその命を下し、妹がこの家を去った後、この命が尽きるまで、そっとその塵と化す栄華を見届ける。
 たったそれだけの夢だった。
 絵莉奈。そう天良華林が名前を呼んだその時から、老婦人は絵莉奈の祖母であり、母だった。幸福を望んだ義理の妹がこの家を去った後、彼女はひとり、この社を呪い続けるのだろうと思った。だから、自らの決意を語る老婦人のあの目が、絵莉奈には寂しく見えた。
 ――違う。
 母をひとりにはしたくない。そう行く末を共にと決めた。決めたはずだった。
 ――違う。
 妹の幸福を護る為と、心を鬼に、刃を抜いた。けれども違う。自分はただ、この居心地の良い場所を離したくはなかっただけ。自分が成し得なかった神に抗う所業をやってのけた、あの男に嫉妬と恐怖の矛先を向けただけ。
 あな、浅ましや。斯様な矢では、手負いの鷹さえ仕留められる筈が無い。
 ――違った。
 すべてが最初から逆だった。
「寂しかったのは、ひとりだったのは――」
 ――私の、方。


 霧雨の向こう。春を告げる雷が鳴る。
 曇天の天井は未だに割れぬまま。


 未だ、華にもなれない、鳥にもなれない。

 

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