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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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華歌残照 壱

※pixivにあがっている漫画、華歌のその後。義姉様にやられて3週間を余儀なくされた隊長がようやく退院をして、華音と恋仲になります。自分に自信がない華音ちゃん。


「……香が欲しいの?」
 もゆは心底、意外そうな声で聞き返した。滅多に柔和な表情を崩さない彼女にしては珍しく、きょとんとして目を瞬かせていた。それもそうだろう。いかんせん、こんなことを言い出すのは初めてのことだ。
 申し訳程度に、程々、体裁を整える程度には焚いていたが、今までその香を選り好みすることは殆どなかったからだ。大抵が他人から勧められた、当たり障りのないもので済ませていた。どうせ隊士の自分がそんなものに気を使っても仕方がないし、午後には汗で流れて終わりだ、と思っていたから。
 けれども、今回ばかりは少し勝手が違う。いや、違うというより、分からない、と言った方が正しいかもしれない。
「あの、えっと、その……」
 何となく、正面から顔を見られなくて、華音は小さな声で歯切れ悪く呟いた。相談事がある、小さな茶屋に呼び出したのは自分の方なのに、何とも情けない。そもそも同じ年頃の、いや、遥かに年下の少女たちでもこんなことでは迷わないだろうに。
 こんなことになるのなら、瑠那や詩亜のそういった会話を聞き流さずに居れば良かった。
 時間をかけて華音は言葉を探す。だが、こちらが切り出すより先に、華音の顔色を観察していたもゆが何かに気付いたように楽しげに笑った。
「そうか。蓮くんの退院、もうすぐなんだっけ? 良かったねぇ、かのちゃん」
「え……」
「さすがに今回は私の勘違いじゃないよね? お家に誘われたんじゃないの?」
「~~~っ!」
 一気に頭に血が上った。勿論、憤怒したわけではない。顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。感じたことのない羞恥が背中を駆け上る。
 目線等合わせられるはずもなくて、慌てて俯いた。茶屋の中が賑わっていて良かった。茶娘も客も、こちらの声など気に留めていない。
「ぅ、あ、の……その、それは……っ」
「あら、違った?」
「ちがっ……」
 反射的に否定が口をついて出る。が、顔を上げた先ににこにこと微笑むもゆを見て、言葉が止まる。
「……わないです、はい」
 言った瞬間に、もゆの目が輝いた。こういった目は何回か見たことがある。護廷の入隊試験に合格し、青龍一番隊に入隊が決まったとき、青龍二番隊の伍長として抜擢されたとき、修学院の友人に体を乗り出して言われた。『武鎧先輩と一緒!?』と。
 当時は、どこに興奮しているんだ、と思ったものだが、今なら何となく理解出来る。というよりも、あのとき特に何も考えず、矢継ぎ早の問いにぽんぽん答えていた自分を殴りたい。
「そうかそうか。なるほどね。それは迷っちゃうわよねぇ」
 もゆは満面の笑みで機嫌よく湯呑みを傾ける。頭も顔も上げられない。
「かのちゃん」
「……はい」
「おめでとう」
 穏やかな目で言われて、ありがとう、と返そうとした。けれども喉が詰まって上手く言葉が出て来ない。肩を縮めながら、熱い頬を冷まそうと冷茶の硝子切子に口をつける。もゆはくすくすと笑いながら華音の頭を軽く撫でた。
「良かったわぁ。また、ただ心配だから看病しに行く、とか言われたらどうしようかと思っちゃった」
「も、もゆっ! た、確かに、それもあるけど……!」
「ごめんごめん。でも、そうか。かのちゃんもようやく……」
 感慨深い目で見つめられて、また何も言えなくなる。頭を冷やそうと思っているのに、一向に冷めてくれない。ようやく。いや、一緒にいた年月を考えると確かにようやく、なのかもしれないが。
 ――恋仲になってからは、まだ一月経たないんだけどな。
 しかもそのうちの2週間以上は、相手は自分の実家と揉めた末に入院生活だった。それは暇を見つけて見舞ってはいたけれども。
「一応、最初に確認しておくけど……。かのちゃんはいいのね? 躊躇って悩んじゃってる、とかそういうことじゃあないのね?」
「え、あ、うん。それは大丈夫。そりゃ、ちょっとは怖いけど。いろいろ教えて貰ったし」
「うんうん。そっかそっか。“いろいろ”の部分は本人に聞いておくわね。それで、身だしなみをどうすればいいか悩んじゃった、と」
 妙に嬉しそうにもゆは腕を組んだ。噛み締めながら、ゆっくりと湯呑を傾ける。
「あの、もゆ? 何か凄く嬉しそうね……」
「嬉しいに決まっているじゃない。かのちゃんもようやく、そういうことを気にしてくれたのね……。瑠那さんも喜んだでしょ?」
「あ、あははは……」
 何故か『本当[マジ]にくたばれこのド天然野郎!』と怪我人相手に乱闘騒ぎになりかけた、なんてことは言えなかった。入院が長引くような事態にならなくて良かった。
「でも、前々から砂領さんの道場には良く行っていたんでしょう? 変に肩肘張ることないんじゃないかしら? 蓮くんだって気にしないでしょう?」
「う、うん、そうなんだけど、さ……。こ、この歳までそういうこと、殆ど知らなかったから、下手に頑張ったってぼろが出るだけだし……。でも、せめて香の一つくらいは、と思って……」
 尻すぼみの声で言うと、何故かもゆは深い溜め息を吐いて、湯呑を置いた。
「……本当に勿体無い」
「何が?」
「ううん、何でもないわ? そうねぇ、そういうときなら、今は白桃の香が流行っているけれど、それじゃあかのちゃんには甘すぎるかもね」
「?」
「かのちゃん、仄かな匂いの香しか焚かないでしょ? 普段、あれだけ一緒に居るんだから、変に甘ったるい香りは蓮くんにとっても不自然に感じるだけよ」
「う゛……っ」
「ふむ、そうね」
 もゆは改めて華音の全身を見渡した。その視線が、ひたりと頭の上で止まる。首を傾げる華音を余所に、小さくふむ、と頷くと、
「じゃあ、こんなのはどうかしら?」


 幸せでないとは口が裂けても言えない。
 とてつもなく、いや、際限なく自分は面倒臭い女だったろうと思う。人一倍と言わず、人の二倍、三倍は鈍感であった自覚はある上に、そういった知識さえ足りていなかった、というか蓄える気が最初からなかった。好きな女に言われたら、十中八九嫌になるだろう言葉を口にしたことも何度か、いや、数十数百、もしかしたら数千だったかもしれない。
 それでも、慕い続けてくれた男がいた。立場も、地位も、人望も持っている男だ。恋情の自覚さえなかったけれど、華音にとってとても、最も大切な幼馴染だった。
 だから、そんなことを口が裂けても言うつもりはないし、そんな理由もないのだが。
「……はぁ」
 祝儀前の女子は良く憂鬱になる、と噂には聞いていた。だが、当たり前の話だが、経験するのは初めてである。
 紐落で仮祝言を迎えることも少なくはない沙羅に置いて、齢二十を数えるまで、艶事とは無縁で居続けたのだ。
 重い。あまりにも長い。そしてこれは取り返しがつかない。
「詩亜の言うこと、大人しく聞いて置けば良かった……」
 紐と帯を落として立った姿見には、しっかりと年相応に育ってくれた女の肢体があった。昔は男の背丈や堅[がたい]に憧れすら抱いていた時節もある。そんな想いで鍛えた身体でも、女である以上、それ相応には育つものだ。胸元の膨らみなどは、はっきり言って晒しが巻きづらい。これも仮腹の女を排出する家として寵愛される天良の姫の血なのだろうか。
 だが、しかし。問題はそれではないのだ。
「……う゛」
 意を決して姿見を直視して目を近づけて、華音は小さく呻き声を漏らした。
 遠目からならまだ誤魔化しようがある。だが、近寄って見てしまえば、その身体に薄っすらと残る日焼けの跡。また何時付けられたかも解らない生傷の痕が無数にある。
 矢が腕を掠った痕。槍が脇腹を掠った痕。術符が足を捻らせた捻挫の痕。一つ、一つ、挙げていては切りがない。そしてその生傷たちはこれからもっと増えていくだろう傷である。
 付け加えるならば、少し腕を摘まんでみると筋張って、堅く鍛えられた筋肉。肝心の二つの膨らみさえ、触ってみれば羽毛のような柔らかさはない。
 鷹隊の伍長として、最も傷を背負う一番槍として、胸を張った日々に後悔などあるわけはない。それは華音自身への、そしてこの身体を抱こうという男への侮辱である。
 ではあるのだが、
「これは……ないよね」
 やれ閨にとなった時に、こんな些末なものを見せられるものだろうか。
 彼の男――武鎧蓮は、昨今では名立たる武人に数えられかけている一人。昔は鷹爪の子息として高名だった。いくら堅い性格といえど、経験がないとは言わないだろう。
 そもそも仲間内とて、彼の周りには美人の娘が多い。もゆや詩亜は煩い程肌の手入れに気を使い、瑠那も何だかんだで化粧や衣装には強く、あきらも素質ともゆの懸命な教育が幸いしてか、あれだけ暴れ回っていても、髪も肌も実に美しく整えられている。
 ――それに比べて。
 二度目の溜め息が零れて消える。どこか癖のある自分の金の髪を弄る。幸い、幼少の頃から世話使いの薊が手入れをしてくれていたが、それだけだ。
 要するに、華音の身体は天然十割、『黄金の戦姫』であることには素晴らしい身体となっていたが、一人の男に抱かれる身体には、なっていなかったのある。当然の事ながら、特別な知識は何一つない。
 そんな女を抱いたところで、
「……気持ちいいもんなのかしら」
 言葉にした途端、疑問がのしりと心臓に被さってきた。今更なのは承知している。でも納得がいかないものはいかない。
 ――何で、あたしだったんだろ……。
「そもそも、恋文もろくに貰ったことないものね、あたし」
 思えば、最初に聞いて置くことだった。何故、彼はわざわざ自分を選んだのだろうか。
 天良の姫の嫁ぎ先は、従来、家の当主によって決められる。当主――今で言うなら祖母だが、眼鏡に叶えば天良の方から嫁ぎに、と申し入り、大体の場合は側室に迎えられて来た。要するに概念としては当代輝く武家としての褒賞の証を傍らに飾って置くようなものである。褒賞の盾として望まれることはあっても、それ以上はないのだろう。
 自分より若い娘はいくらでもいる。祝儀を挙げたところで、彼は“何故、今頃わざわざ”と評価されるだけだろうに。
「それに……」
 胸に去来する一番の不安が、独り言さえも止めた。ふるふると首を振る。口に上りかけた言葉は、彼が最も嫌う言葉だ。これ以上は甘えられない。
「お嬢ー、まだ湯殿ですかー?」
 ひくり、と自然に肩が跳ねる。世話付の薊の声だった。
「鷹の武鎧様がお迎えに来ておりますよー、早く御仕度なさいませー?」
 一瞬、迷った後に「はーい」と言葉を返して置く。ぴしっ、と両頬を叩いて深呼吸をした。
 ――大丈夫、解ってくれてる。解って、くれてる、はず。
「うん……もー、なるようになれ!」
 用意していた小袖の裾に手を通し、いつも通りの紅い袴をはく。帯の巻き方は文庫を小さく、袴紐の結びは前に来るように。
 ――本当は、上物の小袖くらい用意するべきなんだろうけど……。
 夜以外はいつも通りに、道場でガキ共の相手をする。だからあまり気合の入った着物を誂えても、そこで汚れてしまうだろうし、何より華音自身が緊張に追い込まれてしまう。
 だから、せめて。
「……よし」
 袖に小さく鼻を寄せて、ふわりと微かに香った匂いに、背中を押される。巾着と、風呂敷に包んだ着替えを抱えて、華音は自分の部屋を出た。

 

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本当にもったいない(´言`)

かのちゃん、かわゆすですな。
しかも巫女服だと…蓮くん、おのれ…(°言°)<爆ゼロ
また一悶着あるのでしょうが、「(^p^)つ●REC」しながら見守っていますおwww
(´言`)www

顔文字に笑いましたwww
華音の標準装備は巫女服+ふりふりエプロンでござる(爆ぜればいいのに)。
もうちょっと見守っていてやってください^^
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