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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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きみのこえ。

※沙羅動乱の後、華音訃報から生還・再会まで、蓮視点独白。軽く鬱ってる注意。
2011/08/24 決断のentranceに繋げる為にちょっと加筆修正。

 朦朧とする意識と視界。頭のどこかが、麻痺をして動かない身体の鈍痛を訴える。目に入るのは白い天井。いつだか、いや、いつも見ていたような気がする。曖昧になる記憶の壺を探ろうとして、答えは割とすぐに見つかった。
 典薬寮の天井だ。
 血を失った思考が叩き出した答えは、そのまま生の実感と共に全身に広がった。急激に覚醒する意識。その瞬間に気を失う寸前の光景が頭の中で瞬いた。
 光の無い碧い瞳。自らの身体に受けた刀。最後に聞こえた声。
「――っ!」
 一気に起き上がろうとして、全身――とりわけ腹に走った激痛に、堪らず身体を折った。痛みには耐性がある身体に鍛えた筈なのに、もどかしい。
「――旦那っ!?」
 聞き慣れた声が飛び、病室の戸からセルリアが走り寄ってくる。彼は慌てて、上体を引っ張り上げた蓮の身体を抑えつけ、珍しく眉を吊り上げた。
「旦那、あんた、ようやく傷塞がったところなんスよ!? 今、動いたら……」
「……あいつは」
 激痛を堪えながら、吐き出す。声を出したそれだけで鳩尾に痛みが走る。だが、構いはしなかった。
 セルリアは苦い表情を浮かべながら、肩を抑えつける手は緩めない。
「今は眠ってます。手術の方も、上手くいきました。まだ、目が覚めないだけで、」
「……瑠那は?」
「……」
 気にかかっていた幼馴染の名前を出すと、セルリアは口を噤んだ。煮え切らない表情で頷く。彼女と自分とが生きているということは、万一のことは無いはずだ。ということはつまり、自分の想像通りなのだろう。
 ――すまない。有難う。
 胸の内で頭を下げながら、蓮はさらに身体を起こし、立ち上がろうと足に力を籠めた。
「旦那っ!」
「悪い、セルリア。行かせてくれ」
「あんた、馬鹿かっ!? 骨だけじゃねぇ、脾臓に傷ついてんだぞっ!? そんな状態で、」
「頼む。セルリア」
「……」
 冷静さを欠いていることなど知っている。だが、二度と立ち上がれなくなっても構わない。彼女が無事だと言うのなら、一刻でも早く、自分の目で確かめたかった。傷など、その後で何とでもなる。構わないから、とにかく自分の耳で、目で、確かめなくてはいつまでも心臓が静まらないだけだ。
 懇願するように吐き出すと、懐刀は一層、苦い目で蓮を見た。そして、その後に、深い深い溜め息を一つ吐いたのである。



『蓮』
 
 振り返っても。
 
『蓮』
 
 振り返っても。
 
『蓮』
 
 例えどこを探したところで。その声は幻に過ぎなくて。幼さの残る、信頼の溶けた高い声は、もう二度と聞こえないはずのもので。
 どこで耳にしたものにしろ、振り返ってもその姿が笑うことはもうなくて。反射的に名前を呼んで、返そうとする自分の声を、ただひたすらに呑み込んだ。
 口にしてしまえば、返事のない絶望感に苛まれることを知っていたからだ。
 喉が潰れるまで叫んで、彼女が返ってくるというなら、いくらでもそうしたことだろう。二度とものを語れなくなくなる口になったとしても、そんなもの一つで命が一つ返ってくるのなら、それ程安いものはない。
 けれど、現実はそんなに優しいものではなくて。
 一日、一日。例えば目が覚めて最初に視界に入る天井の染み一つにさえも、つまらないことで交わした言葉の一つ一つが克明に浮かび上がる。そうして名前を口にしようとして、言い知れない喪失感と絶望が胸を焼く。どこか別の場所に行けばと思えば、そこにもまた“彼女”はいて。こちらの名は呼ぶくせに、名前を返すことは許さずに、振り返れば容赦なく消えてしまう。
 掌が空っぽであったなら、すぐにでも心臓を裂いてそちらに逝って構わなかったのに。
 三途の川の手前で手招きをするのが本当に彼女なのか。彼女の形をしたただの悪霊なのか。いや、彼女は自分を招くようなことはしない。ぐっと堪えた目で明日を生きる言葉を自分に叩きつけるに違いない。一人は嫌だと泣きながら。それが最も重く、自分の命を繋ぎ止めると知らないまま。
 ああ、それでも。
 どれだけ責め立てられたとしても。どれだけの罪を犯したとしても。悪霊の誘いにすべてを投げ出してしまいたい己を無視出来なかった。
 ゆるゆると、記憶の真綿で首を絞められて殺される。
 自分の生み出す幻覚に殺される。
 その死に方は果たして本望なのだろうか。それさえも判別がつかなくなっていく。
 
「――っ」
 
 口にしかけた名前は、今日も唇に留まって消える。口にしてしまえば最後、目の前で眠る少女の身体が、幻覚となって消えてしまいそうで。
 しかし、若干細く痩せ、青白いその顔は、記憶の中の彼女のものとは少々違った。白い褥に広がる金の糸は、生気なく艶を失くしている。
 頭では、理解しているのだ。
 いけ好かない元・同僚の医者は言った。回復良好、心臓も問題なく動いてる。立派な生きた人間だ、と。奴は人間的には相容れない存在であっても、その口が異常なほどに嘘を語らないことは十二分に承知している。
 ろくに動かない指先を伸ばして頬に触れても、その体温は温かい。か細いが、耳には寝息が聞こえてくる。薄い掛け布の下の胸は、規則正しく上下している。
 それでも、それでもだ。
 蒼穹と同じ色の鮮やかな双眸はまだ見ていない。信頼の溶けた、あの小さな花火の爆ぜるような軽やかな声は、鼓膜を震わせてくれていない。
 何よりも、まだ、
 
「……」
 
「っ!」
 微かに。長い睫毛が震えた。ひゅ、と息を呑んで身を乗り出すと、今度は2,3度、瞬いた。
「っぁ……」
 名前を呼び掛けて、しかし、からからに乾いた喉と心では声も出せなかった。焦る指で彼女の頬を温めるように、覆うと、気が付いたのか包帯だらけの細い手が場所を求めて空を彷徨った。細くなった白い指が、低い体温で手の甲に触れる。
 それから再度、震えた睫毛がゆっくりと持ち上がった。
 彼女は気だるげに、重そうに瞼を持ち上げた。向こうに見えたのは、疲労の色を濃く残しながらも、澄み切った鮮烈な碧。咄嗟に言葉を出せないでいる間に、彷徨った瞳はこちらの顔に焦点を宛がった。
 色を失くし、乾き切った唇が、ゆっくりと、自分の言葉を確かめるように動く。掠れた微かな声が、僅かに上下して、
「よか……った」
「……?」
「いなく、なる……ゆめ、みた、から……め、さめて……ちゃんと、いて、よかっ、た……」
「……れん」
 ひくり、と指先が震えるのが分かった。恐怖にだ。このまま、手の中の感触が、体温が、すべてが幻と消える1秒後を知っている。だが、紫色の彼女の唇は、変わらぬ笑みを浮かべながら、こう言った。
「なまえ……よんで」
 きしり。きしりきしり、張り裂けていた心臓が、悲鳴を上げた。額を合わせる。体温は消えない。感触も消えない。鼓動も聞こえる。息も感じる。彼女は確かにそこにいた。零れた雫が、彼女の瞳に降り注いで、もうどちらのものかもわからない。
「……ただいま、れん」
「ああ……おかえり、華音」
 きっと彼女を知る多くの人間が、この声を聞きたがる。彼女の夏の向日葵の光を浴びに来る。
 ただ今だけは、ほんの少し。
 その声に、自分だけを、呼んでいて欲しい。ただそれだけ。

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涙がとまんない

 蓮くんの慟哭というか、絶望にふれたのは、おそらく三年前以来だと思います。
 あのころはキャラ同士仲良くなる前でしたので、蓮がどれほど華音を大事に想い、その存在こそが彼を形成するにあたって不可欠であることを知りませんでした。そして今、戦のあと、カルミノ編まで蓮が抱えていた気持ちの一部分に触れて、涙がこぼれるほど切なくなりました。本当に華音ちゃんが帰ってきてよかったです。
そうですね…

カノンが死んだ後に生き延び続けていたのも、レアシスの命令に従ってみようと思ったのも、ゆっきーやがーちゃという重しが彼の中にあった所以だと思います。カノン以外の重しを持たなかった原作だったら、もっと呆気なくなってしまったかもしれない。
ゆっきー、がーちゃ、情けない親友と師匠をどうか宜しくね。
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