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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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鷹羽全章:後章【天武紫音】

鷹羽全章…一代にして冷泉帝護廷十臣将『飛鷹』の礎を築いた天武家初代当主・天武蓮(享年86歳、改名以前の名は武鎧蓮)に纏わる逸話を後世にて収めたもの。祖となった武鎧家先代『鷹爪』の失脚という逆境より、一代にして名を挙げた功績から、沙羅では鷹を不死鳥と語ることもある。沙羅の変動の時代を生き残り、新しき名を今に残した武人を讃える書として、今代の武家の子の教書となっている。
 
 エセ教本の中から死後、三代目天武紫音の章。最後に極短い小話をひとつ。
 (※この頃の青牙くんの一人称に迷いましたが、仮に”私”としております。突っ込みお待ちしておりますー)



天武紫音(てんむ しおん)
 

 三代目飛鷹将軍および二代目華室。幼名は津奈木。父は二代目飛鷹将軍天武璃音、母は莉花御前(初代蒼鸞将軍津鬼緋翠と逢春門院櫻花内親王(大斎院)の中の君)。兄弟はおらず、三代目飛鷹将軍と二代目華室の座を一身に負うこととなった。一人娘ではあったが、両親とは不仲であったとの説が多い。
 祖父や父が情深い英傑として描かれる一方、歴代天武当主の中で最も残忍で非道な人物であったとされる。

 生まれながらの虹彩異色症(オッドアイ)であったとされ、生涯、人前で右眼の眼帯を外したことはなかったという。父譲りの碧い眼とは逆の眼を隠していたことから、右眼は母譲りであったと言われる。
 しかし、幼少期にこれを原因として奇妙と言われた際、自ら右眼を小刀で抉り取ってしまった。抉り出した右の眼は、自身の手で灰になるまで燃やし尽くしたという。
 二尺八寸を超える斬首刀を常に提げていたとされ、参内、行軍等の際には片眼の容貌と相まって周りの者から恐れられた。

 大斎院の孫に当たる大姫であり、父・璃音は若い時節に神宮衛士を務めた傑物であったが、紫音本人は信仰には一切の興味を示さなかった。同時に貪欲な権力主義者でもあったと言われており、父が外交のために伽羅領土の倶利伽羅院に渡ると、すぐに天武本家の実権を握った。
 しばらくして母が病床に就くと、静養の名目で伯母の嫁ぎ先であり母方の親類でもある東国へ母を追いやったとされる。莉花御前はそのまま再び上洛することも叶わず、夫と一目会うことも許されず、東国に渡った直後に逝去した。
 紫音はこれをすぐには父に報せず、また自身が喪主となることもせず、二代目蒼鸞将軍津鬼秘翠(莉花御前の実弟)が葬儀を取り仕切ったという。結局、夫である璃音が上洛したとき、莉花御前は社へ手厚く葬られた後であった。母譲りの片眼を抉り出したこと等から、不仲であった母の遺体を天武に連なる墓に入れさせない為だったと言われている。

 父が病死すると父の遺体、飛翔刀を除く遺品を神遺物として神宮省にすべて明け渡し、天武の家督を相続した。予てから神遺物を捧げることを大事に掲げていた神宮省は、白翼武姫神の加護を受け、神宮衛士を務めていた璃音の遺物を重宝した。さらに紫音は大斎院に所縁ある己の片眼を燃やした灰を献上し、自身の評判を上げた。手元に遺した祖父の代からの家宝である飛翔刀も紫音の代からは使われることなく、何処かへ封じられたという。
 一方、父・璃音の遺品の献上に異を唱えた家臣・鐡登羅英一(初代天武蓮の副将・鐡登羅光陽の次郎君)とその子の首を自ら見せしめとして刎ね、同じく反対した家臣・天海秀二(生年・出自不明。現代の東鬼家に仕える天ヶ瀬家の前身)にその首を東国の海神本家へ運ばせた。天海一族は二度と上洛を許されず、鐡登羅、天海は絶縁を言い渡された形となった。皇族府の率いる軍を牛耳っていた鐡登羅一族を絶やしたことで皇族府軍は事実上、紫音の配下となり、皇族府にも足場を築くことに成功した。

 父・璃音は病死と伝えられているが、死の直前まで公務を執行していたこと、主治医の名、病名が不鮮明であることなどから、一連の騒動は天武の家督と都の権力を握るための紫音の陰謀であったとも疑われている。
 現代大和の一部地域では親に花を贈る際、音の被る紫苑の花を避ける風習がある。

 



 

【追憶】

「津鬼家の青牙殿がいらっしゃいました」
 発せられた声に面を上げると、眉根を下げた側付が戸惑い気味に唇を噛んでいた。紫音――津奈木の前では、集めた落ち葉がぱちぱちと細く煙を上げ始めたところだった。ゆらゆらと揺れる火の元は、まだやや頼りない。
 もう少し早く火を焚き始めるのだった。ぱらり、と淡い色合いの半紙を火にくべてから返事をする。
「通しなさい」
「……はい」
 側付の柳はどこか気落ちした表情で踵を返した。何か言いたげにしていたが、言いたいことは何となく解る。解るのであえて促したりはしない。
 火の粉はじわじわと半紙を呑み込み、ぽろぽろと灰に零れて散っていく。僅かな罪悪を殺しながら、一枚、また一枚と丁寧に焚火へ半紙を落とす。徐々に勢いを増していく火を眺めていると、廊下を急くように近づいてくる摺り足が耳に届いた。
「津奈木」
「津奈木はやめてください。紫音です」
 挨拶もなしに唇を真一文字に引き結んだ青牙が、厳しい目で紫音を捕えた。精悍な整った美丈夫の顔が、些かもったいなく歪んでいる。責めるような、叱るような、それでいてやるせないような。
 また一枚くべるとぱちん、と火の粉が綺麗に弾けた。程良く赤い焔を上げ始めた焚火を見て、紫音は傍らの小さな籠を引き寄せた。
「青牙さまも焼きますか? 安納芋」
「津奈木」
 否定を無視された形になった紫音は、憮然として息を吐いた。くゆらせていた青竹の煙管の吸い口を齧る。
 沈黙を保っていると、青牙は縁側を下りて紫音に近づいた。紫音は片眼を巡らせて、しゃがみ込んだまま彼を見上げる。元々の身長差がある上に座り込んだ状態から見上げるのは難儀だな、と他人事のように考えた。
「何をしたんだ、津奈木」
「強いて言うのなら、何もしていないをしております」
「誤魔化すな。市井の噂が後宮にまで届いている。何もないわけがないだろう。姉上――沙緒姉上はどちらにいらっしゃる」
「相も変わらず後宮の者たちは噂話がお好きなようで。呆れたことですね」
「津奈木」
 諌めるような声が飛んで来て、紫音は小さく肩を竦めた。焚火を見遣ると、紙片は大方が灰になっていて、芋を焼くにちょうど良い火種になっている。
「その噂通り、もうここにはいらっしゃいません。今頃は山の峠に差し掛かった頃合でしょうか。何事もなく東国に着くと良いですね」
「そうじゃない。私が訊きたいことはわかっているだろう、津奈木。私が聞きたいのは何故、皆の間でお前が姉上を都から追いやったなどという根も葉もない噂が上っているかだ!」
 石を焼いて蒸し焼こうか、それとも半紙に包んでそのまま火に放ろうか。頭の片隅で悩みながら、青牙の怒鳴り声を受け止める。怒りを覚えてもらえるほどには、気にかけて頂いているようだった。それが申し訳なくも喜ばしくも思う。
 紫音は眼帯を巻いた右の眼に触れる。布地越しのそこには何もなく、無理に焼いて止血した爛れた痕が残っているだけだ。
「根や葉がないわけではありませんよ。この通り、私は母を忌み嫌って母譲りの目を捨てたそうですから」
「お前がどうしてそんなことをしたのか、璃音義兄上も姉上も、私も勿論解っている。今回のことだって……」
 紫音の肩越しに焚火を見咎めた青牙が眉を顰めた。立ち上る煙。肩を掴まれ、振り向かされる。
「津奈木、何を燃やしている」
「お母さまから私とお父さまに宛てられた文ですが」
 ぱしゃり、と不意の水音がして熾した火が鎮まってしまう。ああ、せっかく芋を焼くに良い具合だったのに。
「もう無駄です。読めませんよ」
「……何と書かれてあったのだ。答えなさい、津奈木」
「答えても構いませんが。このことを倶利伽羅のお父さまには伝聞しないとお約束してくだされば」
「何故だ」
 肩に触れた青牙の手は小刻みに震えていた。怒りだろうか。呆れだろうか。それとも他の何かだろうか。紫音は小首を傾げながら、胸中の答えを選び取る。
「お母さまは病を患っておりました。篠田さまから診断も頂戴しております。もう長くはないでしょう」
「……」
「東国の蒼太叔父さまが倒れられたと届いたのが三日前のこと。お父さまがお帰りになり、お母さまが文で希望した通りにここで病死したということにしてしまったなら、ご遺体は天武で埋葬しなければならなくなります」
「それは……」
「葬儀は青牙さまが取り仕切ってください。私は一切口を挟みませんので。お父さまのことでしたらご心配なく。理解を示さない父ではありません」
「そうじゃない」
 ふっ、と青牙は哀憐に満ちた息を吐いた。落ち窪んだ眼に触れた手は、何故かとても優しく、壊れ物を扱うかのようだった。
「津奈木。どうしてだ。どうしてお前はそこまでするんだ」
「……そうですね。強いて言うのであれば」
 虚空を眺めて目を閉じる。浮かんでくるのは、未だ短いながら幸福な想い出の欠片ばかりだった。
 両親と手を繋ぎ風鈴市に行った。母と揃いで繕って戴いた浴衣が綺麗だった。生まれ故郷を懐かしむ紫音にと、大陸で造られたという硝子細工を買って頂いた。右の眼を抉り取ったとき、父は本気で怒り、母は泣いて紫音を抱き締めてくれた。風邪を引けば寝る間も惜しみ、手ずから氷嚢を取り換え、葛湯を用意して頂いた。ひとつ、歳を重ねるごとに必ず贈り物を戴いた。こちらの国では誕生日などというものは、未だ大して浸透していないというのに。
 そのひとつひとつをとても嬉しく感じた。そう、強いて言うなら、
「お母さまが、私を愛して育ててくださったからです」
 血も繋がらず、同じ瞳も宿していない娘を愛することは、けして易いことではなかっただろうに。紫音はその続きをそっと呑み込んだ。
 どこか遠くで鵯が甲高く鳴いていた。

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