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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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咎を抱えた鷹の雛。

咎を抱えた鷹の雛。

※青龍二番隊、伍長時代SS。チャットネタより派生。
 


 只、未熟なだけの焦燥だと解っている。
 積み重ねた鍛錬と、振るった刀の数は嘘を吐かない。どれ程の才を持ってしても、それらが満たなければ何ら意味がない。歳月と研鑚はけして人を裏切らない。
 良い意味でも、悪い意味でも、だ。


「答えよ、二番隊伍長」
 無暗な逆光が先刻から目を焼いていた。それ程、背に後光を据えるのが好みなのだろうか。当人は、その背にあるのが自らが発する後光などではなく、只の親代々が照らす七光りだと気づいているのかいないのか。
 否。
 ――それを論じたところで、何が変わるわけでもない、か。
 御名の重みは気が付けばそこにあるものだ。要はそれを我が責と捉えるか、我が幸いと捉えるか。それだけの違いである。振り翳す権威を志の道具と捉えるか、漫然と腰掛ける座卓と捉えるか。
 丁度、飾り立てられた白毛馬の上から、自分を見下ろすこの男のように。
 金糸で編まれた鞍と、高貴な色であるはずの紫の冠に、どうにも高潔を感じ得ないのは何故なのだろうか。子供染みた暴言が頭を掠める。言の葉というものが、これ程呑み辛いものだったとは思わなかった。
「二番隊隊長と副隊長の両名は何処へ参った?」
「今朝方より安瀬の方面へ出張に出向いて居られます。都内には居られません」
「御所への一報は無いそうだが」
「有事の際、火急を要する件である場合、報よりも先に隊士が動く事が有るのはお解りかと」
 細面の覇気のない顔が、一瞬、忌々しげに舌打ちをしたのを蓮は見逃さなかった。恐らくは相手取るのがただの小童と見下しての事。小童で結構。要は口先がどれだけ回せるかだ。
「何故、隊の頭両名が一度に出払った」
「判断を下されるのは隊長、許可を与えられるのは大将。己が身の丈に沿った役目が与えられるのみ。私は只、与えられた警務を全うするのみに御座います」
「ほう。貴様のような小童一人に、一個隊が指揮できると申すか」
「ンだと、て……っ!?」
「……失礼を申しました。どうか御寛大にお流しください」
 一歩後ろで暴言を上げかけた同僚――アルティオ=カムイ=バーガックスの腹を殴って黙らせる。身体を九の字に折りながら、上げた面はまだ何かを言いたげだったが、目線で今一度黙れと返す。
 ――重ねた年月も、研鑚も嘘は吐かない。悲しい程、悔しい程、例え虚勢を張り続けた処で、其れまで。
「恐れながら、私も二番隊伍長として推されました身。御二方の不在の際なれば、指揮させて頂く事も御座います」
「ならば我の護衛の者と一戦、交えてみるか? 青龍の小童がどれ程のものか、試してくれようではないか」
 ――罠、か。
 白毛馬の後に控える数名の護衛隊に目を向けて、蓮は歯噛みした。嘲ったような目の護衛隊は、蓮の頭の先から爪の先までを観察してくる。吐き出した溜め息が小さく消えた。
 腕に覚えならある。こんな下方貴族の護衛隊に負かされる程、柔に鍛えられた記憶はない。だが、問題は勝ち負けではないのだ。首を縦に振れば、御所付の護衛隊と警務中に刃を交えたことになる。皇族府ならば、さらに噂にひれが付く。理由なく御所付の護衛隊と斬り合った、等と噂されれば最悪だ。
 ――意地でも隊内に波を立てる気か。
 舌打ちを抑えながら、蓮は静かに頭を垂れた。
「斯様な処で刀を交えれば、市井、また隊への不審を招きましょう。僭越ながら、御辞退申し上げたい」
「蓮! お前なぁ……!」
「蓮?」
 肩を抑え、下がらせたアルティオの口にした名前に、男が小さく眉を動かす。
「そうか。どこの小童かと思えば、貴様、あの武鎧の雛鳥か」
「……」
「成程。息子共々、馬鹿な男よ。大人しく鳴かずに居れば、あのような死に方をせずとも済んだであろうに」
「……何ですって?」
 全身の温度が急速に下がっていった。胸の核がざらついて、どす黒いものが肺の中へと逆流して廻る。内臓が抉られたように苦痛と嫌な熱を持ち始める。腹の中が逆転しそうに熱かった。
 込み上げる吐き気を堪えて口にした低い一言に、しかし、男は増々、小馬鹿にしたように笑う。
「御所内の鷹の名は高名ぞ。鷹匠の言葉と笛に従わず、猟師の罠如きに失墜し、谷底に落ちた駄鳥としてな。二爪を語りながら、爪はろくな得物を捕えなんだ」
 ぎりっ――。
 奥歯を噛み締めた音が、耳の奥で響く。戯言は聞き流せ。確かに頭はそう警鐘を訴えていると言うのに、煮え繰り返った腸が全身に怖気を走らせる。抜いてしまえと囁き呻く。
「小童如きが吠える場所ではない。まして――」

「一人のみ、巣に残った禍の雛鳥等、既に飛び立てはしまい」

 目の前が暗くなる。何も見えない、聞こえない。声も音も、総てが虚ろへと帰る。目が、頭が、熱くて重い。震えた手だけが勝手に動いていた。言う事の利かない右腕は、警鐘を退けて、左腰の刀の柄を握り締めた。そして、
「っ!」
「……」
 柄を握った手を、別の白い手が抑えつけた。己の手よりも遥かに華奢で温度の高い手。抜かせまいと力を籠めて手を握る。
 振り払えなかった。振り払えるはずもなかった。
 暗く落ちた景色が戻って来る。目が、耳が利くようになる。細く、長く息を吐く。小刻みに震える細い指の先を辿ると、さらりと金の糸が揺れた。何かを訴えるように潤んだ蒼穹の2つの瞳が、こちらを見据えている。桜色の唇を引き締めながら、彼女はふるふると首を横に振った。
「……華音」
「……」
 自らも怒りに肩を震わせながら、それでも彼女は首を振る。激情に駆り立てられた心臓が、漸く冷えていく。
 柄を握り締めていた指を解くと、少女の顔に安堵が広がった。
「いやいや、これは榮城大公殿。うちの警務処に何か御用ですかな」
「大将!」
 横合いからかかった声に、アルティオが唇を噛んで下げていた面を上げた。気が付くと、馬に跨った壮年の男が片手を挙げてこちらに駆けてくるところだった。
 馬を降りると、彼は割り入るようにして大公の男の白い顔を見上げる。
「どうか致したかな、大公殿」
「青龍大将。警務処の門前を護するのが、斯様な小童とは、少々不安を覚えないのですか?」
「何の何の。御心配せずとも、我が隊は然様な柔な鍛え方はして居りませんでな」
 後ろ手にとんとん、と背を叩かれた。澱みかけた頭と胸が、些か晴れる。
「私が到着するまでの僅かばかりの間。任せたところで不届き者は通れませぬよ。どうぞ、安心して興行をお続け下され」
「……」
 男とて、さすがに青龍隊の長たる彼ち正面を切って当たる気にはなれないようだった。小さく舌を打つと、手綱を引いて逃げるように馬を走らせる。続くように、護衛隊も次々と砂埃だけを残して去っていった。
 通りの向こうまで、その足音が遠のくのを待ってから、アルティオが大仰な息を吐く。
「大将! 遅いっすよ!」
「悪い悪い。こっちも足止めを食らってな。面倒かけたな、蓮。良く護って……蓮?」
 霞がかる視界に、ずきずきと痛む頭を抑えていると、撫でるように頭を軽く叩かれた。ざらざらと五月蝿い虫が腹の中で騒いでいた。喚くな。こんなどす黒いものは、志でも、義でもない。只、行き場を失くした癇癪が疼いているだけだ。
 全く持って情けない。けれどもこの体は、既にこの澱んだ息を、涙と昇華する術さえ忘れてしまった。
「……蓮、休むか?」
「……大丈夫です」
 静かに袖を握られる。不安げな目をして、華音の碧い眼がこちらを見上げていた。重い身体を叱咤して、漸く片手を持ち上げて、肩の位置にある頭を緩やかに撫でる。
 冬の風が乾く。首筋を撫ぜる冷えた息は、指先の感覚を奪っていく。何もかもを奪い去った焔と同じ色の己の髪と真逆の白い雪が、さらりと視界を掠めていった。
 忘れるな。忘れるな。あの悪夢をけして忘れるな。自らが胸に刻んだ責が、未だじりじりと痛い。
 虚ろを抱いたまま、鳶色の瞳に曇る空を映して、蓮は小さく答えを吐いた。
「少し、疲れただけです――」

 咎を抱えた鷹の雛。
 何時何時飛べる。
 何時何時舞える。
 何度、巣の中鳴こうとも、応える親の声は無し。
 何時何時飛べる。何時何時舞える。何時何時――


 

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