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汝、鷹の爪を継がんとせし人ならば、真に刻んだ志を示せ。 汝、鷹の羽を宿さんとせし人ならば、誠に猛る理想を示せ。 証明せよ。汝、雛鳥に非ず。頂上たる蒼穹を翔べ。
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【習作一部】雛鳥、賭して鷹の目の極意を得たり

海神家師匠決定戦の雛鳥VS青玻さん前哨戦。
青龍軍の若衆たちとのちょっと立ち回りです。
 
 
 



「始!」
 一歩離れた青玻が気を吐いた。その瞬間、蓮を囲んだ若衆たちが一斉に鞘を抜く。構えは一瞬。
 ――刺突!
 剣閃には大まかに分けて九つの構えがある。上段からの構えが三つ。下段からの構えが三つ。左右からの二つ構えで八つ。そして、もっとも避けやすいが受け流しにくい直線の構えが、刺突。
 予め、統率を整えられていたのだろう。若衆九名全員が、同じ構えを取って地を蹴った。刀の切っ先が真っ直ぐに蓮の急所を狙いながら迫る。ただ、立っているだけならそのまま蜂の巣だ。どこかの誰かが、客席の合間で息を呑んだ。
 蓮は一拍だけ遅れて、同じように地を蹴った。右斜め、もっとも身長が高く、自身との背丈幅が大きい若衆に向かい、身を屈めながら奔る。若衆の詰った息が聞こえた。相手の背が高いが故に、刺突の軌道から外れやすく、また剣閃の修正が遅くなる。
 若衆が刀の構えを変えるより早く、蓮はその若衆の足元に当て身を加えた。若衆の身体がよろけた勢いに乗って、そのまま自身の位置と若衆との位置とを入れ替える。
「――っ!」
 誰かが息を詰まらせた。若衆たちの刺突の剣閃が止まる。今、彼等の刀の先にいるのは蓮ではなく、仲間である若衆の1人だ。誰もが躊躇い、刀を持ち変える選択をする。
 蓮が欲しかったのは、その一瞬の躊躇いだった。
「ぃひっ!」
 悲鳴のような若衆の声が上がった。身体の重心をずらされた若衆を、蓮は体当たりで他の若衆たちの前へと押し出した。動揺したのは3名。仲間の身体を傷付けぬよう、刀を引いたのは2名。4名は蓮の動きを予見していたのか、放り出された若衆の身体を跳び越えて、頭上から蓮を斬りつけようとする。
 蓮はすり足で後ろへと下がりながら、木刀を握る手とは逆の左手を振った。
「ぅわっ!?」
 もっとも前に出ていた2名が、声を上げて失速した。同時に跳んでいた2人は、その声に狼狽えて一瞬、刀を止める。失速した2人は片手で目を抑えて片膝をついた。それを見逃すような愚鈍ではない。
 木刀の峯を叩きつけられた2人が、胃液を吐いて倒れ込む。狼狽した2人も気が付いたときには、刀を握る手を抑えて蹲っていた。
 ――4人。
 頭の中が澄み渡る。木刀に手首を叩かれた2人は、しばらく刀を握れないかもしれないが、斬れる刀と斬れぬ木刀という差だ。許してもらわなければ致し方ない。
 最初の身を屈めた特攻のとき、蓮は左手に一杯の砂を拾い上げていた。跳びかかってきた2人に投げつけたのはそれだ。空中という躱し切れない場所で、礫代わりに撒かれた砂は見事に2人の若衆の目を潰してくれた。
 目の前で、何が行われたのか、即座に理解出来なかった若衆たちの手が止まる。愚か。年端も行かぬ若造一人と侮ったか。それとも単に捨て駒として、新兵が宛がわれただけか。
 蓮は砂を握っていた手を解いて、先の2人が取り落した刀を拾う。剥き出しのぎらつく刀を躊躇いなく、残った5人の目の前へと放り投げる。残った5人が慌てて引いた刀で、2本の刀を払い落とした時には、既に遅い。
 どんっ!
 横薙ぎに振られた木刀が、その場に棒立ちになっていた5名を纏めて穿っていた。腹を突かれた5名が、その予想外の重たさに胃液を吐き散らす。
 客席がどよめいた。およそ数瞬のうちに、その場に立っているのは、蓮一人になっていた。
 しかし、一人になっても彼は動きを止めなかった。蹲る9名を横目に、今度は小さな石を3つ拾い上げ、放つ。歓声とも叫喚ともつかぬ声が上がる“客席”へ向かって。
「な――っ!?」
 男たちの残した声はそれだけだった。古木が割れるような音が響いて、客席の波が割れる。その先には、額に、こめかみに、まともに石礫を受けて蹲る男が3人。全員が高貴色の公家の若者が着るような衣装を纏っていた。ただし、その手から滑り落ちたのは暗器と刀。
 ざわつく客席を尻目に、蓮はその場に動けずにいた5名から刀を取り上げる。わざと妙な力を掛けて、適当な地面や石を叩いてみると、あっさり折れた。
「……何故」
 修練場の囲いには入らずに静観していた青玻が、初めて進み出た。正眼に齢十の少年を見据えながら問いかける。
「何故、分かった?」
 蓮は嘆息してちらりと、未だ動揺している客席を見る。公家の男子のような格好をしてはいるが、いずれも立派な青龍門下。それもおそらくは、転がる9名よりも遥かに腕の立つ門下生だったのだろう。真面に相手をしたわけではないから、実力の程は知れないが。
 青玻は腕を一振りして、たむろする若衆を引かせた。口惜しげに去っていく背中を、目だけで追いながら、
「特に。……半端だったものですから」
「半端?」
「人数も、腕も。人を揃えるなら9という人数をわざわざ用意するかと思いまして。腕の方も半端なものでしたし。義兄上や青玻さまのような合理的な考えをなさる方です。たぶんですが、最初の9名はおそらく新兵訓練の一環だったのでしょう?」
 およそ100の人を穿った木刀を担ぎつつ、客席の方に指を向ける。
「けれど、それでは海神家師範の試験にはならない。新兵ごときに負けるならそれまで。小手調べが終わったら本題の3名から不意打ち。木の葉を隠すなら森の中。ならば、人を隠すには人の中」
「……何故、彼らが“そう”だと?」
「至って簡単。9名全員を倒したとき、彼らだけ“こちらを見ずに、互いを見ていたから”、です」
 9名を叩き伏せたその瞬間。当然のように観衆の目は、修練場の中心にいる蓮へと向けられていた。だが、3つだけ、そうではない視線があったのだ。
 修練場ではなく、まちまちの方角に、しかし確かに誰かへと向けられた視線。その視線がかち合っていたのなら、答えは一つしかない。彼らは視線で互いに問いかけていたのである。即ち、『どう動く?』と。
 勿論――言うほど簡単なことではない。
 たとえ新兵であれ、自身より上背のある真剣を携えた9名を相手取りながら、尚、周囲に警戒を抱き、目に見える最後の一人を倒した瞬間にも気を抜くことは許されない。勝利を確信した、その慢心の時がもっとも人を討ち易いのだから。
 青玻は笑った。意図した笑いではなかった。いやが応にも猛らされた、武人としての血が、身体中を戦慄かせて漏れた笑いだった。
「安心したよ」
「……?」
「このくらいの腕があるなら、俺が相手になってもどこからも文句は来なさそうだ」
 じゃり、と音がした。蓮は青玻の袖に目を落とす。未だ目には見えないが、幅広の袖口に常に凶器が隠されていることを、蓮は知っている。青玻は、先程の若衆を指して第一波と呼んだ。なら、次に来るのは何か。
 推察するのに一秒とかからなかった。
「さあ、始めようか」


 武器を携えて海神青玻の前に立った者は、大抵、何通りかの表情を浮かべる。
 同等、もしくは上位の腕を持つ者、あるいは今代の斎宮の守役にして高名な海神家の武人である彼と一度なりとも手合せをと願う者は、期待や歓喜の表情を。
 敵役として立った者は、畏怖と恐怖か、あるいは名も知らずに前に立った愚か者は嘲りの表情を。
 身の丈を弁えた――例えば通い慣れている置屋で寝泊まりする赤い猫のように、不敵に笑いながらもどう逃れるか、視線を周囲に張り巡らす者もいた。
 そしてたった今、一振りの刃もない木刀を片手に佇む少年が浮かべた表情といえば、
 ――何も、ない?
 敵と見なすのは簡単であったはず。試験を取り仕切っているのが青玻ならば、最後に立ちはだかるのは本人。彼ほど聡明な子供であるなら、そんなことは直ぐに推察できるはず。
 それで尚、少年が青玻を見つめる瞳には、何もなかった。すいっ、と細められた双眸は、ただただ透明な湖面のように静かで揺るがない。
 ――……怯えて動揺したり、身の程も弁えないで得意になられても困るけど。
 何しろ、可愛い甥が師として選んだ男である。そんな愚かは困るが、この奇妙な視線が意味するところは何なのだろうか。
 かつん、と少年の木刀が乾いた地面を叩いた。合図はそれだけで良かった。
 少年の足は地を蹴って、青玻との間合いを詰めようと向かい来る。構えは捌きやすい中段。青玻は木刀が届く範囲に少年が跳び込んで来るよりも早く、袖口から鏢を伸ばし、放つ。
 鏢の一端は、易々と振り上げた少年の木刀を絡め取ってしまう。青玻は胸中で落胆した。鏢使い相手に、得物を前に差し出す等、愚かもいいところである。修学院や市井の道場で讃えられてはいても、所詮は十の青二才か。一度でも彼を異才と評価した自分は、勘違いであったのか。
 なら、容赦することはない。さっさと捕縛してしまおうと、鏢を手繰る手に力をかけた、その時だった。
「――っ!」
 彼の身体を巻き取ろうと鏢を引くその瞬間。そのたった一瞬とまったく同じ機会で、彼は跳躍した。
 鏢から逃れるわけでも、抵抗して身を固くするのでもなく、他ならぬ“鏢を引く青玻の方へ向かって”。絡め取られた木刀はそのままに、彼は青玻の“頭”を狙って膝を構える。その刹那、迎い来る少年の透明な瞳と目が合った。
「く――っ!」
 青玻は引いていた鏢を手放して、後方へと退いた。鏢の力点を失って、失速した彼は受け身を取りながら着地する。
 正直に言おう。確実に、今、死の匂いが漂った。
 鏢を投げられ、捕縛された人間の行動は大まかに3つほどある。腕がない者なら捕えられたことに混乱し、何とか解こうと無駄な努力をする。足腰に自信がある者なら、意のままにさせないよう踏み留まる為に引き寄せる力に抗う。判断力のある術者なら、鏢の片方を持つ所持者自身を攻撃する道具にする――つまり、雷や氷結のような縄や鎖が媒介となるような術を唱える。
 だが、武鎧蓮が取った行動は、その3つのどれでもなかった。
 その意図に気が付いたとき、同時に悟る。絡め取られたのではなく、彼は“絡め取らせた”のだ。
 鏢と木刀。打撃力は当然、木刀にあるだろうが、決定的に致命傷と成り得るのは攻撃範囲[リーチ]の長さ。蓮が青玻に一打を食らわせるためには、一気に懐まで間合いを詰めなければならない。だが、正面切って青玻との間合いを詰め、さらに一撃で伏せられるかどうか。
 自慢ではないが、今の彼ではまだまだ無理な芸当だろう。
 だからこそ、それを可能にするために、蓮は逆に青玻との間合いを“詰めさせた”のである。さらに言うなら急所である青玻の頭、それも視力も骨も脆い眉間を狙った蹴りを狙って。
 ただの跳び蹴りと侮るなら、それは愚の骨頂である。何しろ、その蹴りには細身長身でありながらしっかり筋力のついた少年の全体重と、跳躍力による勢い、そして何より鏢を手繰り寄せた“青玻自身の腕力”が乗せられている一撃なのである。もし、鏢を手放さず、真面に喰らっていたなら――脳震盪で済めば豪運、だった。
 要するに彼は、自身の力量を弁えた上で、青玻を倒すため、青玻自身の力を利用したのである。
 戦に置いて、最も恐ろしいのは正面から突っ込んでくるだけの力ではない。状況、力量、環境、条件。すべてを的確に把握し、如何に相手の不意を突くか。それが最も恐ろしい。そして、目の前の少年は既にその能力を身に着けている。
 青玻は悟る。彼の目に宿っている透明な“もの”の正体に。
 鷹は肉食獣である。
 その肉食獣が、獲物を狩るとき――そこには何があるだろうか。
 恐怖や嘲りは問題外。そこには敵意や殺意さえない。何しろ、彼等は獲物を食らうために全神経を研ぎ澄ませて獲物を捕食する。ただそれだけの行為なのだから。
 だから、これは、あの少年に宿る奇妙な目は。敵意や殺意などというものではなく、獲物を前にした“本能”そのもの――。
 
『あいつは産まれながらの“鷹”だよ。俺なんぞより、余程、末恐ろしいぜ』
 
 酒の席の戯れで、ふと、一族の中から父と兄とを引き摺り下ろし、十臣将の一将まで上り詰めた少年の父親が吐いた言葉を思い出す。将となる家の人間は、それぞれに例えられる獣の性を持つという。青龍や黄竜ならば天に上る昇竜の如く。朱雀ならば燃え滾る不死の鳥の如く。風雅ならば暗闇に舞うような蝶の如く。
 そして、鷹ならば、冷厳に獲物を狩り喰らう凶鳥の如く。


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お、おおお……

かっこよす……! 青ちゃんの危険な色気と蓮君の冷静な観察眼にどきゅんときました……!
師匠戦さるべいじ

しばらく戦闘を書いていなかったのでリハビリにサルベージしてみましたw 格好良く青ちゃんを書くのが目標です!
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